5 ピーナッツ・グルドニア 前編
ブックマークありがとうございます。
若い頃のピーナッツと雷獣ガーヒュのお話です。
1
二十一年前 『賭け狂い』迷宮攻略
グルドニア迷宮 百二十階層 主部屋
雷獣ガーヒュ
「ガヒュ、ガヒュ、クアァァァ」
雷獣ガーヒュが欠伸を噛み殺す。
ガーヒュは退屈そうに辺りを見る。
「はぁ、はぁ、はぁ、化け物め」
ピーナッツが傷を負いながらもガーヒュに向かって剣を向ける。
ピーナッツのパーティーメンバーであるバーゲン、カゼイン、レートは既に戦意が喪失している。
勝負は一瞬だった。
主部屋の扉を開けた一行に羊のような竜のような獣が、ガーヒュが嬉しそうに嗤った。
一行の身体に瞬時に警鐘が鳴り響く。
これは、人外の更に向こう側の存在であると……
2
ピーナッツのパーティー『賭け狂い』は、昨今勢いのある金級冒険者のパーティーである。以前は、中堅上位を行ったり来たりするパーティーであったが、リーダーのピーナッツがウェンリーゼでの武者修行から帰還してからは、何かを掴んだのか成長著しく。
大迷宮も既に二つ踏破しているグルドニア王国を代表する冒険者パーティーである。
グルドニア迷宮は王都にある迷宮で、地下百二十階にもなる大迷宮である。
かつては、賢き竜ライドレーが迷宮主として君臨していた。
しかし、アートレイがグルドニア迷宮を攻略してからは、迷宮主が再来しなかったのだ。
通常の迷宮は、迷宮主が討伐されれば、休眠期間を経て再び甦る。
研究者の間でも様々な見解があったが、それだけ賢き竜ライドレーは古来でいう【イベント戦】であり、神々も討伐できるとは思わなかったのだろうという結論に至った。
だが、最近になり迷宮内の魔獣が活性化しているという報告が上がっていた。
冒険者組合は、自身の手に追えないと迷宮管理を司るジルコニア公爵家に調査を依頼した。
ジルコニア公爵家は、迷宮主がいないとはいえ大迷宮の調査に、ジルコニア騎士団を派遣した。
ジルコニア騎士団は、十階層毎に転移陣がある迷宮で、十階層毎に報告に戻りながら調査をした。
ジルコニア騎士団は、猛者の集まりで少数精鋭であるが、個々の戦力は王直属の近衛騎士とも遜色ないといわれている。
さらに、ジルコニア公爵家は、神殿を司るダイヤモンド公爵家から高位の《回復》を使える神官を借り受けた。
迷宮探索には、《回復》の使い手がいるといないでは、攻略速度が異なるからだ。
探索は順調だった。
しかし、百十一階層以降、騎士団との連絡が途絶えてしまった。
冒険者組合とジルコニア公爵家は、グルドニア迷宮に新たなる主が出現したのだと予想した。
そこで、冒険者組合は金級パーティーに討伐ではなく、調査依頼を出した。
白羽の矢が立ったのは、ピーナッツのパーティー『賭け狂い』だった。この時、ピーナッツは素行の悪さから王家より、廃嫡の身となっていた。
そんなピーナッツの後ろ楯になっていたのが、ピーナッツの母の実家であるオリア伯爵家だった。
オリア伯爵家は、代々、王家への剣術指南役の家紋であり、ジルコニア公爵家の寄り子であった。
オリア伯爵家はジルコニア公爵家の懐刀のような存在でもある。
オリア伯爵家としては、迷宮管理にも携わっていたため、ピーナッツが冒険者として台頭してきた今が好機とみた。
今回の依頼は、寄り親であるジルコニア公爵家でも頭を抱えている依頼である。
調査依頼とはいえ、そのような難易度が高い依頼を達成出来れば、ジルコニア公爵家を通して、デニッシュ国王陛下にピーナッツの廃嫡を取り消すことが出来ないかと考えた。
心優しいデニッシュ国王陛下も、貴族の手前、ピーナッツを廃嫡としたが、歳をとってからの末息子が可愛くないはずがない。
何か理由や、功績があればピーナッツを再び王族として返り咲くことができる。
この依頼は、ピーナッツの母から息子に向けたプレゼントのようなものだったのだ。
3
「ガヒュ、ガヒュ、ガヒュュュュゥゥゥ」
ガーヒュが吠える。
ゾクッ
一同が威圧され動きが止まる。
「がぁぁぁぁぁぁあ」
刹那の時間で、ピーナッツが気合いを入れた。
「ガヒュ、ガヒュ」
「ああん! 」
ピーナッツは、ブチ切れた。
ガーヒュがまるでピーナッツのことを格下のように嗤ったからだ。
(ぶち殺す)
ピーナッツは、先ほどの刹那の恐怖などまるで忘れたかのように、ガーヒュに迫る。
「殿下! 」
バーゲンが遅れたとばかりにピーナッツに続く。
「がぁぁぁぁぁぁあ」
ピーナッツが溢れんばかりの殺意を剣に込めて振る。
出し惜しみはせずに、ピーナッツは一撃でガーヒュの首を狙った。
「ガヒュ、ガヒュュュュ」
ガーヒュが《雷撃》を発現した。
その雷はまるで、幾百の矢の如くピーナッツ達を襲う。
「《魔法障壁》」
レートが後方よりピーナッツの前に《魔法障壁》を発現する。
「がっ! 」
《雷撃》は《魔法障壁》を突き破り、ピーナッツとバーゲンを襲った。
後方で動けなかったカゼインは、盾を構えて自身とレートを守ったが、いまの《雷撃》で大楯は溶けてしまった。
「あっ、あっ、あああ……」
カゼインは既に恐怖で足がすくみもはや、戦闘不能であろう。
「がぁぁぁぁぁぁあ」
「はぁ、はぁ、ピーナッツ様……」
ピーナッツとバーゲンは、魔法耐性が高い装備のおかげで何とか生きてはいるようだ。
ピーナッツは戦意を保っているが、全身が火傷により動くこと叶わない。
「ガヒュ、ガヒュ、クアァァァ」
ガーヒュがつまらないと欠伸をする。
「ピーナッツ! バーゲン! 」
レートが二人に《回復》をかけようとする。
「ガヒュュュュ」
ガーヒュが目に見えない速さで、レートの目前まで移動してきた。
「あっ、あああ……《回……復》」
レートは恐怖により、うまく《回復》を発現することが出来ない。
「がぁぁぁぁぁぁあ! レート! 」
ピーナッツが叫ぶが奇跡が起こるはずもない。
カラン
「ガヒュ? 」
その時、ガーヒュの二本角のうち一本が落ちた。
ガーヒュが困惑した。
ピーナッツの先の一振は、ガーヒュの角を切り落としていたのだ。
ガーヒュも完全に躱したと思っていた。
「ガヒュ、ガヒュ、ガヒュ、ガヒュ」
ガーヒュが嗤った。
ガーヒュは嬉しかったのだ。
自身を傷つけることができる存在がいたことに、感謝した。
「あっ、あああ……ピーナッツ」
目の前のレートは震えている。
ガーヒュが倒れて動けないピーナッツを見たあとにレートを見た。
ニヘラァ
ガーヒュが名案だとでも言うように、二人を見て嗤った。
昔話なので、あと一話だけお付き合い下さい。




