4 西のズーイ伯爵家とレート・グルドニア
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アーモンドの母親であるレートは、ピーナッツの第三番目の妻であるが正妻である。
ピーナッツの子らは三人いるが、全て母親が違う。
長男ナッツの母は、神殿を司るダイヤモンド公爵家が出身であるが病弱であったためナッツを産んだあとに身体を壊して亡くなった。
次男のピスタチオは、食を司るエメラルド公爵家出身である。しかし、ピスタチオを産んで直ぐに他国へ亡命してしまった。
赤子のピスタチオを置いて……
そのような経緯から、ピーナッツの正妻は西のズーイ伯爵家出身のレートである。
王家でも実際には悩んだ。
王族の正妻は基本的に六大貴族を迎えるのが習わしであった。
何故なら、三代の国王ゼノールの時代に、六大貴族全てから妻を娶りゼノールには当時に三十人近い子がいた。
そして、王になれなかった子らはそのまま母の実家の当主となったのだ。
これは、六大貴族と王族との信頼を強めようとしたゼノール王の計画でもあった。
ゆえに六大貴族もアートレイの血を受け継いでいるのである。
高貴なる血には高貴なる血を。
故に、側室は別として王族の正妻は基本的に六大公爵家が担っていた。
しかし、ピーナッツはそのような事情から伯爵家のレートが正妻となってしまう。
だが、当時、王家もそれは問題なしとした。
何故ならピーナッツは王位継承権を放棄しており、王国歴代でも最高の悪童であったからだ。
何より当時は、デニッシュの長男である第一王子フィナンシェが既に王太子として正式に王位継承の有力であった。
また、フィナンシェは武力、知力、人柄ともに申し分ない人物であった。
次代の王はほぼ、フィナンシェと決まっていたのだ。
ならば間違っても第六王子であるピーナッツが王位につく確率など万に一つも無かったのだ。
ならば、ピーナッツの正妻問題などさしたるものでもなかった。
さらには、当時は飢饉で王都は食糧難であったが、グルドニア最大の穀物地帯である西のズーイ伯爵家が最大限に備蓄を放出したのだ。
ズーイ伯爵家は、基本的に婚姻は自身の家紋で行っていたため、第六王子といえど王室と繋がりを持てたことは、家紋が出来てからは最高の名誉であった。
そこで、王都にも適正価格で食糧を支援したのだ。
そのような経緯もあり、ズーイ伯爵家の令嬢をピーナッツの正妻として迎えるということは、王室はズーイ伯爵家を非常に大切に思っているというメッセージでもあった。
西の辺境の田舎者呼ばわりされていた、ズーイ伯爵は大層喜んだ。
ズーイ伯爵家は、かつて獣人戦争の最前線で戦った猛者達のいる武家である。また、グルドニアの食糧の生産の三割を担う農業地帯でもあった。
だが、雪国であるために他領地に比較して、貴族の嫁ぎ先としては人気が無かったのだ。
獣人戦争後は、その武功に対して王族の血をとの話もあったが勲章に落ち着きうやむやになってしまった。
そこに、ズーイ伯爵家令嬢レートがピーナッツとの間に子を成したのだ。
これにはズーイ伯爵家やズーイ領地は歓喜した。
四百年の時を経てアートレイの尊き血が混じりあったのだ。
もとより、ピーナッツのパーティー『賭け狂い』には、学園同期のレートと一つ上の兄のカゼインがいたのが幸いしたのだろう。
そこに来て正式に、ピーナッツの正妻としてレートが収まった。
王都の貴族家からしたら大したことではなかったが、西の辺境からすればついに、王家がズーイを上位貴族と認めたと解釈した。
ズーイ領地は三日三晩、お祭り騒ぎだった。
なので、アーモンドは西のズーイ領地からはちょっとした古来でいう【アイドル】のような存在である。
今となっては、運命神のイタズラか、一番王位に縁薄かったピーナッツは国王となり、その正妻はレート、更にはアーモンドは海王神シーランドを討伐した、五百年ぶりの竜殺しアートレイの再来と噂された英雄である。
現ズーイ伯爵家領主カゼイン『穴熊のズーイ』は、レートと兄でありピーナッツの元パーティーメンバー、アーモンドの伯父である。
ズーイ伯爵は現在で、ある意味では、六大公爵家より力を持っている稀有な存在なのである。
2
アーモンド王都入り 二日目
離宮 レートの庭園
「マム、ありがとう。今日はとっても気分がいいわ」
「お天気もよろしいようで何よりでございます」
レートが車椅子を押されながら王妃直属の従女、後宮長にいう。
後宮長は後宮を取り仕切る一番位の高い役職である。
後宮は女の園であり、王とて容易にはてを出すことが出来ない聖域である。
また、後宮長の裏の顔は、暗部である王族の親衛隊の育成も担っている。
言うなれば、サンタとクロウも世話になった人物だ。
ただし、後宮長は普段、黒いベールに黒い衣服を使用しており、声すら特別な魔導具を使用しているためか、ひどく機械的に聞こえる。
後宮長という役職は、三代目の王ゼノールから設立された役職であり、大元の目的としては王妃の教育を担っていた。
それが、時代が経つに連れて今では、後宮と暗部、親衛隊を統括する役職となった。
皆は後宮長に敬意を表して『マム』と呼んでいる。
ただ、マムの素顔は誰も知らない。
わかっていることは一つ。
マムがグルドニアをまるで自身の子どものように愛していることだ。
「今日は、夢を見たのよ」
「どのような夢でございましょうか」
「アーモンドがラザア様と私に会いに来てくれる夢よ。ラザア様のお腹も大きくなっていてね。私がお腹を触ると、赤ん坊が蹴るのよ。まるで、おばあ様と挨拶してくれるみたいにね」
「それは良きことにございます」
「ねぇ、マム。私がおばあ様なんて笑っちゃうわね。ここまで、生きてこられて夢みたいよ」
「……王陛下もあらゆる手を尽くしております」
「ううん。なんだかツラいわ。私のせいでピーナッツの、陛下の人生を縛ってしまったわ」
「おかげで、悪童が真人間になりましたわ」
「ふふふ、それもそうね。私の病気も少しは世の中の役に立っているわね」
「ピーナッツ陛下が真人間になられたおかげで、グルドニア王国も危機を乗り切ることが出来ました」
「まったく、あの人が王になるなんて誰が予想したでしょうね。おかげで私は王妃なんて大層な立場になってしまったわ」
「アーモンド様は、海王神シーランドを討伐し、聖なる騎士になられました」
「夢を叶えたのね」
レートが悲しげな表情をした。
「嬉しくはないのですか」
「あの子は、昔から、意地悪な竜を退治する。聖なる騎士になるってそればかり、頑固なところはいったい誰に似たんだか」
「レート様ではありませんか。西の雪国の女性は頑固なまでに尽くす女性が多いと聞きます」
「まったく、無事ならばそれでいいのだけれど、心配だわ。ピーナッツ陛下みたいに期待に応えようと無理しないか」
「ピーナッツ陛下ですか……先ほども、政務をサボってお酒飲んでいらっしゃいましたけど」
マムがレートに告げ口する。
「お酒飲んでいるうちは、まだ余裕がある証拠よ。いざとなった時は、あの人、皆が思いつかない裏技みたいな、屁理屈みたいな、ハラハラするような爆弾ばっかり、それに付き合う方は堪ったもんじゃないわよ」
「バーゲン様は相当苦労されているようですね」
「バーゲンは、バーゲンで文句言いながらも楽しそうにしているからね。本当にあの人の周りには物好きばかり集まるわ」
「それだけ、ピーナッツ陛下が魅力的なのでしょう」
「ふふふ、そうね」
レートがニコリとした。
「そういえば、昨日アーモンド様達が王都入りしたそうです」
「本当、やっぱり正夢だったわね。ふふふ」
「また当たりましたね」
「いっそのこと、夢占い屋さんでも開きましょうかしら、ふふふ。はぁ、駄目ね。もう限界みたいだわ。瞼が重い……わ」
「ご安心して、お眠り下さい」
「アーモンド……が……来たら……ラザア……さ……」
「全ては、レート様のお心のままに」
レートは眠った。
マムが車椅子をゆっくりと慣れた手つきで、寝室まで押す。
「夢見の力、巫女の血が表に出てきたのかしらね」
マムが呟く。
レート・グルドニア
アーモンドの実母である彼女は、二十年前の迷宮探索で呪いを受けた。
『神の眼』といわれたピーナッツの片眼を手に入れるための代償として……
「最近、《睡眠》の時間が長い。アーモンドの《不運》が解呪されたか。一人で代償を払ってるせいか、もう、一日一時間しか起きていられないようね」
マムが呟く。
マムはこのような独り言が多い。
「アーモンドが王都に来たのも、運命神の御導きかしら」
「あまり、子ども達を苦しめないで欲しいわね。アートレイ」
マムがペンダントの姿絵を見ながらいった。
「分かっているわ。獣となった貴方を止めて欲しいこと」
「あの人と同じ竜殺し、聖なる騎士アーモンド、あの子ならあの人をアートレイを止めてくれるかもしれない」
「雷獣となってしまった、私の愛しい人を」
エミリアがベールの下から悲しそうに呟いた。
今日も読んで頂きありがとうございます。
次回は過去のピーナッツと雷獣ガーヒュとのお話予定です。




