3 匂い
ブックマークありがとうございます。
1
「アーモンド、こっちに馬車を用意した。竜殺しは、王都でも有名だ。騒ぎにならないうちにここを去るぞ」
実際、アーモンドは国民の間では有名だ。
王族の最底辺であったためか、気軽に下町にも顔を出していた。
オヤツの調達に……
小さい頃から、丸々としたコブタのような少年がニコニコしながらお菓子を買いにくるのだ。
その愛らしい姿を知っている下町では、アーモンドは古来でいう【マスコットキャラ】のような人気があった。
その愛らしかったマスコットキャラが、竜殺しの物語の英雄となったのだ。
王都の住人達は、マナバーンのことなどそっちのけで盛り上がっている。
「兄上、ところでラギサキの入場なのですが」
「ああ、白帝殿にもご挨拶をしないとな。うっかりしていた。白帝殿、アーモンドの兄でピーナッツ国王陛下が嫡男ナッツ・グルドニアと申します。アーモンドが大変お世話になっております」
ナッツが王族の挨拶をする。
「クンクン、ご主人様のお兄様ですか。流石に、強者の匂いをしておられる。まあ、ご主人様には及びませんがな」
ラギサキがご主人様マウントを取る。
「獣国の白帝殿にそのように言われるとは、騎士の誉れですね。白帝殿の入場に関しては、獣王陛下とラザア・ウェンリーゼ卿より親書が届いております。ようこそ、グルドニア王都へ、王家は白帝殿を歓迎します」
ラギサキの入場は水面下で根回しがされていたようだ。
ちなみに、ラギサキは皮肉でマウントを取った訳ではない。
一般的な強さの基準であれば、魔獣一匹に対して騎士が三人で討伐可能な基準である。それに比較して、身体能力の高い獣人は単独での魔獣の討伐が可能である。純粋な種族適正による戦闘力であれば、人種が獣人には勝てないとされている。
中には例外もあるが、それはまた別の話だ。
力社会の獣国でも獣王の次に地位の高い十二人しか名乗ることを許されない『帝』の位を持つラギサキから、強者といわれることは武人としては純粋な名誉である。
「ラギサキ、お前、兄上に対して」
ちなみに、アーモンドは四年前の単独での猿王レイアート撃退の功績で例外的に獣国の国籍と『帝』の位を貰っている。
「あっ、の、申し訳ございません。お兄様」
「はっはっはっ、およし下さい。白帝殿、力社会の獣国の道理を本国にも持ち込む必要はありません。むしろ、私の格が上がりました。社交界で、白帝殿に強者といわれたと自慢できますよ」
ナッツはさわやかに笑った。
「兄上がそうおっしゃるのでしたら」
「それと、リーセルス達もいつまでも頭を下げなくてもいい。お前たちを責めるつもりはなかった。よく、アーモンドに尽くしてくれている大儀だ」
「勿体なきお言葉です」
リーセルスがゆっくりと頭を上げた。
「守備隊長、騒がせたな」
「いえ、滅相もございません」
「今日はアーモンドが凱旋しためでたい日だ。神々に感謝の恵みがある。ベイクド、兵士たちのいつもの酒場はなんと言ったかな」
「はっ、確かキャンディでしたかな。腸詰と馬鈴薯揚げが美味であったと記憶しております」
ナッツの後ろに控えていた従者のベイクドが応える。
「そうか、守備隊長、今日は兵士たちで好きに飲み食いするといい。なんなら、家族、恋人同伴でも構わん」
ベイクドがすかさず、守備隊長に金貨の入った包を渡す。
「へ、あっ、こんなに、あのその」
「ああ、そうだな。検問の列の後ろで商人達も待たせてしまっているな。今日は、皆も遠慮せずに好きな者を頼むように、遠慮したら不敬罪だ」
ナッツが悪戯をするように笑った。
ベイクドがすかさず、金貨を追加する。
案外、ベイクドも苦労人のようだ。
「やったぜ」
「さすが、ナッツ様だ」
「俺、ちょうど給料日前でカツカツだったんだよ」
「びっくりしましたな。グルドニアの王子様は気前がよい」
「ちょうど長旅で疲れてたんだ。浴びるほど飲むぜ」
検問所が盛り上がった。
「流石、兄上」
アーモンドが兄を誇らしくいう。
「……」
リーセルスが周りを見渡す。リーセルスは思考した。
恐ろしい御方だと。
ナッツは恐らく意識していないが一瞬にして、その場を収めてしまった。これは、アーモンドとはまた違ったカリスマである。
恐らく、ナッツはアーモンドの味方であるから脅威対象にはならないが、何が起こるか分からないのが、王都だ。今日の友が明日の敵になってるなど日常茶飯事である。
そして、間違いなく、ナッツにも濃いアートレイの血が流れていると……
「クンクン、ウーン」
「どうかしましたか、ラギサキさん」
リーセルスがラギサキに聞く。
「いやな、ナッツ王子は本当にアーモンド様のお兄様なんだよな」
「ええ、お母上は違いますが間違くなくピーナッツ国王陛下です」
「なんかなあ、匂いがなぁ」
「匂いですか……」
「根本的な匂いは似てるんだけど、なんか、兄弟っていう近い匂いじゃないというか」
「そう……ですか……気のせいでしょう。王都では、香水も流行っていますから。王室特有の匂いではありませんか」
「そうだな。二人とも銀髪だしな。グルドニアは王族のやつらは銀髪なんだろう」
「どうした、リーセルス、ラギサキ、置いてくぞ」
アーモンドが馬車に乗りながら言う。
ラギサキが置いていかないで下さいと駆け寄る。
「……サンタ、クロウ、聞いたな。疲れていると悪いが仕事だ」
「「御意」」
「ナッツ様の出自と、その頃のピーナッツ陛下が冒険者時代の記録を洗え、どんな些細なこともだ。冒険者組合の記録は、貴族であろうと削除不可能だからな。確か、ナッツ様のお亡くなりになった母君はダイヤモンド公爵家だな。ピーナッツ陛下の兄上であるフィナンシェ様の記録も調べろ」
「「御意」」
声と共に、サンタとクロウの夕日に伸びた影が一瞬で消えた。
「リーセルス、本当に置いていくぞー! 」
アーモンドが腹が減ったと騒いでいる。
「急ぎ参ります」
リーセルスが楽しそうに馬車に乗り込んだ。
今日も読んで頂きありがとうございます。




