2 ナッツ・グルドニア
1
グルドニア王都 城壁 検問
「アーモンド様でありますか? 」
検問所の守備隊が訝しい顔でアーモンドを見る。
「お久しぶりですね。守備隊長、間違いなくアーモンド様です」
リーセルスが弁明する。
「はっ、はぁ」
守備隊長が改めてアーモンドを見る。
守備隊長は、四十過ぎで二十年近く検問所に勤めている。
無論、アーモンドのことも、リーセルスのことも小さい頃からよく知っている。
だがらだろう、丸々と太った愛らしいアーモンドが、体格の良い壮健な片腕の青年になっていて困惑するのも無理はない。
「守備隊、久しいな。今日も王都の警備をよくやってくれている」
「はっ! この声は、アーモンド様」
「一応だが、これを」
アーモンドが王家の紋章がはいった短剣を見せる。これは、王族以外が所持した場合は弁明の余地なく不敬罪で死刑にされてもおかしくない。
「これは失礼を致しました。山羊と羊の紋章、間違いなく王家の短剣でごさいます」
「守備隊長、ところでその……だな。獣人を一人通して欲しいのだが、可能か」
「獣人でありますか」
守備隊長がアーモンドの後ろにいた白猫獣人のラギサキを見る。
「なっ! もしや、白帝ラギサキではありませんか! 」
「ラギサキを知っているのか」
「そりゃあ、獣人国内では、次期獣王候補といわれた白帝殿の噂は……して、アーモンド様とはいったいどのような関係で? 」
「そりゃあ、どうって」
アーモンドは悩んだ。
ラギサキはリーセルス達と違い、アーモンドの従者ではない。
ラギサキはあくまでも、善意でアーモンドを助けてくれている。
実際、アーモンドとラギサキの間には給金が発生していない。
だが、ラギサキ本人は、完全に忠誠を誓っている。
「なっ……仲間だ」
「仲間でありますか」
「ああ、そうだ。白帝ラギサキは私の大事なパーティーメンバーだ。ラギサキの身元も私がアートレイに誓って保証しよう」
「ごっ……ご主人様」
ラギサキはアーモンドの仲間という言葉に震えた。
ラギサキは、かつての猫の郷で秒で負けている。さらには、小便も漏らした。
力社会の獣人国でラギサキは敗者であり、アーモンドの忠実なるしもべのようなだと自身を認識していた。
だが、アーモンドは自分のことを対等である仲間だといったのだ。
アーモンドは意図していないが、ラギサキの忠義がさらに爆上がりした。
「左様でございますか。流石はアーモンド様でございます」
守備隊長がいう。
「ちなみだが、ラギサキの入場に関しては問題ないな」
「はっ! 今、急いで確認を」
「騒がしいな。何かあったかな」
門の内側より、近衛騎士団を引き連れてやってきた男が声をかける。
その男は髪質は滑らかな銀髪をなびかせて、人形のような綺麗な顔立ちの青年である。服装も気品に満ちた王家の紋章がはいった羽織を着ていた。
男がアーモンドと目が合う。
「お久しぶりであります。ナッツ兄上」
アーモンドが、兄であるナッツに挨拶をした。
「久しいな。アーモンド」
美形が輝くような笑みを見せた。
2
アーモンドは四つ年の離れたナッツのことが好きだ。
アーモンドの知る限り、ナッツには出来ないことがない。いくつかはあるのだろうけど、すべてを卒なくこなせそうな本当の天才とは、この人のこというんだと思っている。
加えて、アーモンドにも優しいし、周りに気を使える。
子供の頃からロイヤルであり紳士である。
大まかにいえば、アーモンドは二つ上の次男ピスタチオも嫌いではない。
ピスタチオはいつも、アーモンドに意地悪をしにくるのだが、いつも裏目に出て自分に跳ね返ってくる。アーモンドはそれが、自分を喜ばせようとワザと行っていると思っていた。
ちなみに、ピスタチオにそのつもりは全くなく、兄が弟をイジメるただの意地悪なだけである。
「アーモンド、帰ってくるなら連絡をくれれば良かったのにな」
「すみません、兄上、道中で迷宮攻略をしてきたので正確な予定がつかなかったものですから」
アーモンドはそういうが、リーセルスがしっかりと日程調整をしていた。
「……左腕は残念だった。しかし、なんだ、痩せたらずいぶんな【イケメン】じゃないか。父上にそっくりだ」
「壮絶な戦いでしたから、兄上は私だとお分かりですか」
「兄が弟を間違えるわけないだろう。お帰り、アーモンド」
ナッツが当たり前だろうという。
「兄上。ナッツ・グルドニアが弟、アーモンドただいま帰りました」
アーモンドの笑顔が爆発した。
「リーセルスも久しいな」
「はっ! ナッツ様におかれましてもご機嫌麗しゅうございます」
リーセルスが跪き、サンタとクロウもそれに習う。
「ハッハッハ、私にそこまで畏まる必要はない。いつも、アーモンドが世話になっている」
「勿体無きお言葉でございます。主の御身をお守りできなかったこと、一生の不覚であります」
リーセルスが形式的な挨拶をすると、共に自身の不甲斐なさを恥じた。
端から見れば、アーモンドは隻腕となっているがリーセルスは、五体満足なのだ。従者とは何においても、主の生命を第一に考えなければならない。
実際のところ、リーセルス達は従者としては失格と卑下や罵声を浴びても何も言い返せない立場である。
「兄上、片腕を失ったことは私の弱さが招いた結果であります。リーセルス達に何も落ち度はありません。強いて言うなれば、私の心の弱さです」
ギュッ
その瞬間に、ナッツがアーモンドを抱き締めた。
「あっ……兄上」
アーモンドが戸惑いを見せる。
「良かったよ。アーモンド、本人に良かった。生きてただけで十分だ」
アーモンドは、ナッツの純粋な想いに緊張の糸が切れたのだろう。
アーモンドの瞳からは、自然と涙が流れた。
ゆっくりとゆっくりと滴が頬を伝う。
普通に考えれば、アーモンドとナッツは次期国王候補であり、貴族界隈では両者は対抗勢力である。
王室は残酷だ。
過去の歴史を紐解いても、いくら仲が良い兄弟といえど、重くのし掛かった立場が、アートレイの血が争いを生んだ。
しかし、ナッツからはそのような悪意は一切なく、ただただ、無鉄砲な弟を心配する兄の姿があった。
ラギサキは「流石は、ご主人様のお兄様ですね」といった。
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