1 尊きお言葉
1
グルドニア王国王都は、元は小さな村であった。
村の近くには、グルドニア迷宮があり数十年に一度、迷宮からの魔獣大進行の恐怖に人々は怯えながら生きていた。
当時は、村の回りには野良魔獣がおり、村人だけでは他所へ移住等も出来なかった。
そんな時にふと、アートレイ達のパーティー『聖なる騎士』が、未踏破であったグルドニア迷宮を攻略し、賢き竜ライドレーの首を持ち帰ったのである。
ライドレーの頭蓋骨は、村の中心に飾られた。すると不思議なことに、村の近くには野良魔獣達が近寄らなくなった。
竜殺しのいる魔獣が近寄らない村は、当時の明日も分からなぬ命の人々からは、希望であった。
村には自然と人が集まり、町となり、都市となった。
今では、グルドニア王国は大国である。
王都も高さ十メートル近い城壁で強固に整備され、万が一の侵略にも返り討ちにできる。
かつて、他国が、グルドニア王国王都まで進行を許したことはないが……
魔獣にも、敵国からの侵略にも、安全な都市がグルドニア王都であり、アーモンドとリーセルス達の故郷である。
2
アーモンド達は、朝にはピルスナー領を立った。
朝早くだというのに、大勢のピルスナー領民がお見送りをしてくれた。
男達の大半は二日酔いで、目が死んでいたが……
昨夜は、宴会のような、まるで収穫祭のような竜の肉野外パーティーは、深夜まで続いた。
アーモンド達が温泉に行ったタイミングで、吟遊詩人達が歌い始めた。
唄は勿論、海王神祭典、ウェンリーゼの騎士達の唄である。
領民達は夜に溶け込むような悲しげなメロディーに涙し、戦いのリズムに心踊った。
第二部では、ピルスナー迷宮を攻略し領民を救った騎士の唄を唄う。
勿論、アーモンドのことである。
領民は歓喜した。
ピルスナー男爵とスタウトは吟遊詩人に、金貨を払い、何度も何度も唄を歌わせた。
酔っぱらい達は、踊り、叫び、泣いた。
それはまるで、冬の寒さから春の恵みを運んでくる豊穣の神フィールアと、ピルスナーに聖なる騎士を遣わされた運命神に感謝する儀式のようだった。
吟遊詩人も、素人ではない。
同じ唄を繰り返すが、音の強弱や、選曲、感情の起伏を上手く表現し、観客の反応を見ながら絶妙な間を作るのだ。
まさに、職人芸である。
ちなみに、吟遊詩人はリーセルスの仕込みである。
のちに、剥製となった小地竜の横に等身大アーモンド像が立つのはまた、別のお話である。
旅だった一行は今日中に王都を目指した。
ピルスナー領から王都は普通に歩けば二日はかかる距離である。それは、野良魔獣に警戒しながらの時間が多いせいもある。
しかし、アーモンド達はラギサキとサンタにクロウが先行して、脅威を排除するためあまり関係なかった。
「《水球》の訓練が出来ない」
アーモンドは嘆いていたが、リーセルスが迷宮から少し働きすぎですと諌めた。
このメンバーであれば馬は必要とせずに、走りながらの強行軍であったが、木人特製の『体力回復飴』が非常に役に立った。
この飴の良いところは、口の中で溶かす早さによって、体力の回復速度を調整できるところである。
早く舐めれば、素早く体力が回復し、ゆっくり舐めれば徐々に体力が回復する。
このような強行軍には持ってこいの餞別であった。
「着いたな。もう少しかかると思ったが」
「このメンツであればでしょう」
「流石は、ご主人様です。正直、獣人の速さについてくるとはお見それしました。リーセルスもな」
「なぁ、リーセルス今さらだが、ラギサキの入国許可は大丈夫なのか」
アーモンドが心配そうにリーセルスに聞く。
ラギサキはなんの事でしょうといった顔をしていた。
王都では実のところ、獣人もいるのでそう珍しくはない。しかし、入国には獣人国とグルドニア王国での保証人が必要なのである。
しかも、保証人のうちどちらかは貴族であることが条件だった。
「アーモンド様、それ、本気で仰ってますか」
「ああ、正直、ラギサキにグルドニアで知り合いの貴族はおらんだろう」
「ご主人様、私はここで留守番になるのでしょうか」
ラギサキの尻尾が分かりやすく垂れる。
「大丈夫だ! ラギサキ! きっとなんとかする! リーセルスが」
アーモンドが他力本願した。
「アーモンド様、あなた様はグルドニア王国でのお立場を御理解されてますか」
「王族の最底辺だろう」
「はぁー、良いですか! あなた様は今や、アートレイの再来といわれた聖なる騎士です。ピーナッツ陛下のご子息であり、グルドニア王国を代表とする要人です。グルドニア王都は混合政体を掲げておりますが、王族のましてや王太子候補最有力のアーモンドは、いまやブッチギリの序列一位です。あまり、権力を振りかざすのはお好きではないでしょうが、ラギサキさんの件など、どうにでもなります。この際だから、いいますが昔と違ってご自分のお立場をもっと御理解下さい」
リーセルスが呆れるようにいった。
少し怒っているかのようだ。
「リーセルス、何だか少し怒ってないか」
アーモンドが珍しくたじろぐ。
「アーモンド様、このグルドニアで最も尊きお言葉を御存じですか」
「……」
アーモンドがサンタとクロウに助けを求めたが、二人は視線を逸らした。
兄であるリーセルスは、弟である二人も怖い。
「すべてはアートレイの望むままに。良いですか、アーモンド様これは、王を表す言葉ではありますが、今となっては意味が変わってきました」
「なんだ、父上のピーナッツ陛下のことか」
「違います。この五百年アートレイ・グルドニア様は現れなかった」
「いやいや、歴代のご先祖様達もそうそうたる王だ」
「グルドニア王国を治める王陛下は、皆偉大なお方です。ですが、第二のアートレイが現れなかったのです。つまりは、竜殺しの聖なる騎士です。アーモンド様は、五百年振りに現れたアートレイを継ぐものなのです」
リーセルスが珍しくアーモンドに強くいう。
「王国八法の中でも五百年変わらない一文、すべてはアートレイの望むままに。本当の意味でこれに当てはまるのは、建国王アートレイを除いて、アーモンド様のみです。権力を振りかざすとは言いませんが、そのような些細なことに、お悩みになる必要はございません」
「おおー! 流石は、ご主人様でございます」
ラギサキはよく分かってないが感激している。我が主はやはり偉大な御方であったと。
「いや、そのだな、リーセルス。流石に、拡大解釈じゃないかなぁ。うん……」
「はぁー、サンタ、クロウ、計画は変更だ。王都にお忍びで入るのはやめだ。正面から堂々といく」
「「はっ! 」」
実は、王都の近くにサンタ達が前もって馬車を待機させていた。
査問会まで残り八日で、アーモンドが早めに王都入りをしたことを、貴族達に悟らせないためであった。
「えっ、いや、あれ、ちょっと、リーセルス」
「参りましょう」
リーセルスは、否応なしにアーモンドの手を掴み、一歩、一歩、王都城壁正面入口に向かった。
サンタとクロウは言われる前に速やかに、王都守備隊に先触れへと走った。
ちなみに、ラギサキの件は獣人国からは獣王の推薦が、貴族からはラザアが保証人になっていたので、全く問題なかった。
今日も読んで頂きありがとうございます。




