プロローグ5
1
「アーモンド様にカンパーイ! 」
「ウェンリーゼにカンパーイ! 」
「月の女神、ラザア・ウェンリーゼ様にカンパーイ! 」
もう何度目になるか分からない乾杯の発声がところかしこから響き渡る。
「旨い、旨い」
「こんなに旨い肉は始めて食べた」
「身体から力が漲ってくるようだ」
「フガ、フガ、フガ」
「あっ! 寝たきりのおじいちゃんが立った」
「うっ、うまい……」
「おばあちゃんが、肉が美味すぎて気絶した」
小地竜の肉は、領主を含むピルスナー領民に振る舞われた。
食料が不足し明日の生活もままならなかった領民は涙を流しながら小地竜の肉を食べた。
実際に小地竜の肉は驚くほどに美味であった。
竜の肉等は貴族でも滅多に食べることが出来ない貴重品である。
平民であれば尚更だ。
竜種は厄災と恐れられている。生涯で出会うことがあったら死を覚悟しなくてはならない。
その肉を口にする等、人生を何度やり直しても一般的には無理な話である。
実は解体には、アーモンドが手伝った。
竜の鱗が硬すぎて、アーモンド意外に傷をつけることが出来なかったのである。
きゃはは……
心なしか絶剣が嫌そうに笑っていた。
実際に体長十メートルで、推定体重が七~十トンはゆうにあるであろう。
ピルスナー領民は全人口で約三千人はいる。
単純に一人あたり二キロの肉が配給される計算であった。
実際には、そんなに食べれないので今日の分とは別に、後日、燻製したものを各世帯に二キロずつ配った。
ちなみに夕食に合わせて、王都から馬車で酒と調味料、馬鈴薯、小麦粉等を積んだ商隊がやってきた。
護衛をするのは、サンタにクロウであった。
ウェンリーゼを出発した際は、親衛隊として共に行動していたサンタ達であったが、ラギサキが無理やり合流したことで、リーセルスが旅の方針を変更した。
索敵として同行していたサンタ達は、先に王都に行かせた。
ラギサキが合流したために、道すがら各領地の迷宮を攻略する方針に変更したのだ。
ウェンリーゼから近いマーソ領地では、マーソ迷宮四十階層主の牛熊ガルパンを、次のエッグノッグ領地のエッグノッグ迷宮四十五階層では、八目カモシカ(神速のパンクレット)を倒し踏破した。
余談であるが二つの迷宮主も剥製となり、後に僻地であったピルスナー、エッグノッグ、マーソは観光の名所となり賑わいを見せる。
計画したのは勿論、リーセルスである。
元からそのように迷宮攻略を逆算して、サンタ達には貧窮しているピルスナー領に商隊を派遣するように手配していたのだ。
ピルスナー領の魔獣騒動はウェンリーゼの耳にも入っていた。
なので、魔獣討伐も実は商隊を派遣するために、駆除したに過ぎずリーセルスからしたら、棚からぼた餅であった。
実際にこんな無理な計画が可能だったのは、アーモンド達の戦闘力が騎士の基準から、並外れた強者であったからであるが。
夕食に合わせて、広場で肉が焼かれた。
リーセルスは、鉄板に溢れた肉汁に商隊のワインを煮詰め、スパイスと塩と胡椒でソースを作った。
広場で焼いた肉焼きにこのような、味付けがされた竜肉に領民の魂が昇天しかけるのも無理のない話である。
ピルスナー領民が皆、笑っている。
昨日まで、この半年間は魔獣と冬の寒さに怯えた明日も知れぬ日々を、死んだような目で生きていた人々からは、想像出来ない光景だ。
「見ろ! ラギサキ、パンを半分に切って、ピクルスと焼いた竜肉にチーズを挟み、トロトロになったところをかぶり付く! ……なんたることだ。背徳的な美味さだ」
アーモンドがまるで、私は天才だとでもいうようにドヤっている。
「さすがであります。ご主人様、私も真似させて頂きます」
「王子様、オイラも」
「駄目よ、王子様にご無礼でしょう」
どこかの親子も釣られてきた。
「よい、気にするな。サンタ、クロウ、まだパンは余っているだろう」
「はっ! パン屋の息子でございますから」
サンタとクロウが、積み荷からパンを出す。
「すっげー! こんな柔らかいパン始めてだ。これに、肉を挟んで」
「遠慮するな。二枚入れろ」
アーモンドが鉄板から焼かれた肉をさらに足す。
「母ちゃん、すっげぇ! アーモンド様はやっぱりただ者じなゃないよ! 本当の王子様だよ。……うっめぇ」
「……ええ、そうね。本当ね。アーモンド様ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
母親が涙ぐむ。
「いや、その、パンをあげただけなんだが、そなたも、食べると良い」
アーモンドが肉を挟んだパンを母親に差し出す。アーモンドに対する「ありがとう」は、パンに対するものではなく、ピルスナー領を救ってくれたことだ。
勿論、竜肉に対してもあるが。
「ありがとうございます。……ああ、本当に美味しい。これは、なんという料理なのですか? さぞ、気高き食べ物なのでしょう」
「なっ、えっと」
アーモンドは困った。これは、偶然にも古来の食べ物である『ハンバーガー』である。だが、アーモンドはそのことを知らない。
「パン……ドラ?」
「パン・ドラですか? 」
「ああ、そうだ! 竜とは準古代語で【ドラゴン】と訳すのだ。ドラゴン肉をパンに挟んだ。パン・ドラだ! 」
アーモンドは頑張った。
アーモンドは持てる力の全てを発揮した。
正直、小地竜討伐よりも頑張った。
「すっげー、カッコいい! みんな、これがアーモンド様から頂いた。高貴なる食べ物、パン・ドラだよー! スゲー、美味いよ」
少年が感激している。
母親は、アーモンドに跪拝した。
ラギサキはいつものように「さすがであります」と言っている。
このハンバーガー、通称、パン・ドラがちょっとした流行になるのはまた、別の話である。
アーモンドは心から「やってしまった」と叫んだ。
2
「不思議なお方でございますな」
「これは、ピルスナー男爵閣下」
リーセルスが、肉汁ソースを作りながら礼を取る。
「およしくだされ、リーセルス様、宰相閣下のご子息であり、オリア伯爵家の血を引く、あなた様は男爵風情の私より遥か上の存在です。海王神祭典の活躍で、少佐にご昇進と聞きました。正式に貴族の仲間入りですな」
ピルスナー男爵がリーセルスにいう。
「貴族になるつもりはありませんでしたが、あまり足踏みしていると置いていかれてしまいそうで」
リーセルスが、パン・ドラを頬張っているアーモンドを見る。アーモンドは器用に片腕で、二つのパン・ドラを持っていた。
「「パン・ドラ! 」」
「「いっき、いっき」」
「「竜殺し、竜殺し」」
いつの間にか広場は、アーモンドコールだ。ピルスナー男爵も無礼だぞと無粋なことは言わない。
「外見は若いときのピーナッツ陛下に、よく似てらっしゃる。陛下は、色男でしてな。若いときは、ヤンチャが過ぎましたが、それが何故かよくオモテになられた」
「肥っていた頃のアーモンド様とは、逆ですね」
「ただ、不思議と今のアーモンド様を見ていると、ボールマン・ウェンリーゼ卿を思い出します。なんというか、皆に好かれるような雰囲気とでもいうのでしょうかね。この男は、必ずや何かを成し遂げるといった不思議な魅力を感じるのです。ああ、これは失敬、既に大きな厄災を打ち払いましたな」
「いえ、男爵閣下の見る目は間違いではありませんよ。アーモンド様はきっと、これからも大事を成すでしょうね。本人は全くの無自覚なのですが……」
「御苦労されますな」
「変わりませんよ。私の主は昔からああなのですから、お立場が変わろうが本人は全く関係ない。ただ、自分がやりたいこと、やらなくてはならないことを、まるで学園の宿題のようになされる方です」
「アートレイですな」
「アートレイです」
「「ハッハッハ」」
「リーセルス様、王都での査問会は確か」
「今日を入れて九日後ですかね」
「査問会なんぞ、カビ臭いものをよくもまぁ、持ってきたものですな」
「王都には、狐やタヌキのような化かし合いが上手い魔獣がおりますから……鋭い牙を持った賢い魔獣が」
「私から見たら、リーセルス様も十分に鋭い牙を持っておいでですが」
「買い被り過ぎでございますよ」
「王都での査問会は、貴族であれば、傍聴人として立ち会いが可能です。今回は、国や大陸を超えての、査問会となるでしょう」
「……覚悟の上です。それに、聖なる騎士であるアーモンド様と、東の姫君であるラザア様の御披露目には持ってこいです」
「確かに絵になるでしょうな。男爵風情の私でありますが、是非とも傍聴させて頂いても」
ピルスナー男爵がリーセルスに、「ピルスナーは身命を懸けてウェンリーゼに尽くします」といった。
「ピルスナー家の勇気に敬意と祝福を」
「ウェンリーゼの献身に」
今、ここに両家の鉄の誓いは成った。
アーモンドの知らないところで、また勝手に物語が進んでいく。
「そういえば、昔、アーモンド様に言われたことがあります」
「ほう、それはいったいなんと」
「口だけだったら、意地悪な竜にでも勝てるんじゃないかと」
リーセルスがニコリとした。
ピルスナー男爵は、王都にいるであろう。化かし合いが得意だと思っている、狐やタヌキ達を心底、気の毒に思った。
「それと、先ほどアーモンド様がボールマン様に似てるといわれましたね」
「ええ、自分でも不思議ですが」
「アーモンド様にいってあげて下さい。きっと、最高の褒め言葉です」
「不敬罪になりませんかね」
「ボールマン様は生涯、領主ではなく。領主代行と名乗っていました。それは、ボールマン様が、奥方であったエミリア様の騎士であったからでしょう」
「ボールマン・ウェンリーゼ卿、本当に惜しい方を失くしました」
「アーモンド様にとって、ボールマン様達は憧れになってしまいました。だから、アーモンド様は、グルドニアではなく、アーモンド・ウェンリーゼを選びました。我が主は今や、ラザア様の聖なる騎士アーモンドです」
リーセルスが酔いに任せて喋りすぎましたと、中座した。
ピルスナー男爵は、主に対してイキイキと話をするリーセルスを羨ましいと思った。
3
リーセルスがアーモンド達のパン・ドラに肉汁ソースをかけた。
「うわぁぁぁ! さっきより、倍ぐらい美味くなった」
少年はキラキラした目をリーセルスに向ける。
「くっそうぅぅぅ! 美味い! 美味すぎる! 何をやっても私はリーセルスに勝てないのか」
アーモンドがパン・ドラをおかわりしながら敗北を認めた。
リーセルスは勝敗は至極どうでもよかった。
「リーセルス、お前は天才なのだから少しは遠慮しろ」
「……あまり、遠慮しすぎると、誰か様に直ぐに置いていかれそうで」
「お前は、嫌味か」
「滅相もございません。本心です」
「まぁ、いい。しかし、何故に皆は嬉しそうに敗けを認めて叫んでいるのだ」
「??? といいますと? 」
「先ほどから、酒を片手に完敗と叫んでいるのだ。一体このめでたき日に何に、完敗したのか不思議でならん。神々に対して何を【アピール】しているのだろうか」
「「「……」」」
リーセルスと、サンタにクロウが固まった。
アーモンドは王族として祝いの席での挨拶は「アートレイに! 」「グルドニア王国に! 」といった乾杯の発声が主だった。
純粋にカンパイの意味を知らなかったのである。
「ふっ、ハッハッハ」
リーセルスが心底笑った。
「どうした。リーセルス、一体何がおかしい」
「いや、いや、その、確かに、その通りです。私の完敗でございます」
「お前、その笑いは、また私を馬鹿にしているだろう」
「違います。アーモンド様はやはり、大事な事を成す方だと改めて再確認しただけです。本当にひとたらしですよね」
サンタとクロウが同意した。
「くっそうぅぅぅ。いつかお前も、完敗させてやるからな」
「もう既に完敗でございますよ」
「……まぁ、いい。肉もたらふく食べた。後は、温泉に入って寝るとしよう」
アーモンドは若干不服そうに温泉に向かった。
どこもかしこも、未だにカンパイは鳴り止まない。
「カンパーイ、カンパイ」
「アーモンド様にカンパーイ」
「ウェンリーゼにカンパーイ」
皆がアーモンドとウェンリーゼに完敗を叫んだ。
リーセルスは「カンパーイ」の喧騒に似たメロディーを心地好く聞いていた。
「何してる。リーセルス、サンタ、クロウ置いていくぞ」
アーモンドがリーセルス達にいった。
「今、参ります」
リーセルスの声が弾む。
「本当に、あなた様には完敗ですよ」
リーセルスが小さく呟いたのを、サンタにクロウと、神々が聞き逃さなかった。
査問会が終わったら、乾杯の意味を教えて差し上げようとリーセルスは思考した。
ちなみに、獣人であるラギサキは薄めたワイン一杯に敢えなく完敗した。
王都での、完敗できない化かし合いが、近付いている。
プロローグって何だかな。
やっと本編スタートします。




