プロローグ4
1
「アーモンド殿下にお願いしたき義がございます! 」
「ピルスナー男爵よ。頭をあげてくれ、私はいまや、殿下ではないウェンリーゼに婿入りした身だ。そこまで畏まる必要はない」
アーモンドがピルスナー男爵に頭を上げろといった。アーモンドがピルスナー男爵の肩に手を当てようとしたところをリーセルスが止めた。
「アーモンド様、察するにピルスナー男爵閣下は、領主として冒険者であるアーモンド様に依頼があるようです。猫のポーズまで、してくれたピルスナー男爵閣下に恥をかかせるわけには参りません。このまま、まずはお話を聞こうではありませんか」
「リーセルス殿……」
ピルスナー男爵は、リーセルスをとても慈悲深い人物と認識した。
アーモンドがやれやれといった顔をしている。
「ピルスナー男爵、そなたの礼節に報いよう。して、私に何を望む」
アーモンドがピルスナー男爵に聞く。
これはピルスナー男爵が正式に、アーモンドに直訴する形となる。
通常、王族であるアーモンドに直訴するということは、いくら貴族であっても無礼なことであった。王族がことをなすということは、基本的に政務であるからだ。
ましてや、ピルスナー男爵は、サファイア公爵家の寄り子である。本来であれば、頼るべきは寄り親であるサファイア公爵家だ。これは、寄り親をすっ飛ばして、いきなり王家に陳情するといった。サファイア公爵家に対する、ある意味裏切りに近い行為だ。
しかし、ピルスナー男爵は、恥を忍んだ。
街道にいる魔獣討伐の依頼を受けて欲しいと心より願った。
何故なら、サファイア公爵や王都には陳情書を出しているにも関わらず一向に音沙汰がない。
領民は、ピルスナー領は限界に近い。
仮に不敬罪で、自分自身の首ですむならいくらでも差し出そうと覚悟していた。
「アーモンド殿下、何卒、何卒お力をお貸しください。我が領地の街道に数十に渡る魔獣の群れのせいで昨年から、王都や他領から、交易が滞り、狩にも行けず、田畑は荒らされ、我が領地の民には冬も越せないものまでおりました。すべて、この無能な領主の責任であります。私がアーモンド殿下に差し出せるものは、この首くらいなもの。何卒、何卒、聖なる騎士様のお力をを! 魔獣討伐依頼をお受け下さい」
ピルスナー男爵は、泣きながら地面に頭を擦り付けた。
「あっ……兄上、アーモンド様、私からもどうか! どうか! 」
弟である冒険者組合長スタウトも並んで猫のポーズをする。
「いや、あの、魔獣、えーっと」
アーモンドが非常に渋い顔をした。
「「どうか! 何とぞ! 」」
ピルスナー男爵とスタウトの猫のポーズによる頭部からの地面への猛攻は止まらない。
頭皮には悪影響であろう。
「魔獣の群れって、もしかして、あれだな。ラギサキが見つけてくれた」
「はい! 三日前のピルスナー領地の街道に現れた群れだと思われます」
ラギサキが胸を張る。
「もう、遭遇しておりましたか。何とぞ、何とぞ、魔獣討伐にお力添えを! 」
ピルスナー男爵とスタウトはそれは話が早いと、ここぞとばかりにさらに頭皮を酷使する。
「力添えも何も……リーセルス」
「はっ! おそらくですが、その魔獣の群れは三日前にアーモンド様が《水球》で倒した群れと推測致します」
リーセルスがニコリとした。
「へっ? たっ……倒した」
ピルスナー男爵とスタウトが再び《混乱》した。
「ああ、だよなぁ。私が魔術のれんしゅ……」
「ゴホン! アーモンド様がピルスナー領の危機を聞き付けて、ウェンリーゼの当主でありますラザア様より命を受け、先陣を斬って、討伐なされた魔獣の群れでしたね」
「さすが、ご主人様と奥方様であります」
リーセルスがこれでもかと、盛りに盛り、ラギサキがいつものように主を讃える。
アーモンドのことになると意外と相性が良いようだ。
「ラザア様は憂いておいででした。ピルスナー領の話を偶然耳にし、お心を痛めておいででした。噂には聞いており、御存じでしょうが、我がウェンリーゼは前当主でありますボールマン様を失って間もない。しかし、ボールマン様も生前より、何としてもピルスナー領を! と心苦しく思っていましたが、いつ来るか分からない海王神シーランドに備えるため動くこと叶わなかったのです。ラザア様は幼き頃より、当主としての教育を受けておりました。父であるボールマン様の無念を晴らそうと、聖なる騎士であるアーモンド様をピルスナー領に遣わされたのです」
「なんと、寄り子でもないピルスナーのことを」
「東には現世に迷い込んだ月の女神がいるとは、本当のことだったのか」
ピルスナー男爵とスタウトは、涙目になっている。
アーモンドがリーセルスを見る。リーセルスは嘘は言っていない。確かに、会議の場でピルスナー領の話はあった。少しばかり、話を盛ってはいるが……
他人には分からないが、長年付き添ったアーモンドからみた、リーセルスは「堕ちたな」といった気が伺えた。
2
「このように綺麗な竜の素材は、大陸でも非常に珍しいでしょう。聖なる騎士であるアーモンド様以外に一刀で首を切り落とすことは出来ないでしょうね」
「リーセルスのいう通りだ」
「「「ニャース」」」
ラギサキとブーツの中の猫達が合いの手を送る。
「確かに、私もまるごとそのままの小地竜は始めて見ました。我が家に伝わる家宝の小地竜の牙も、霞んでしまいますな」
ピルスナー男爵はようやく状態異常《混乱》から立ち直ったようだ。
「差し出がましいようですが、小地竜は、剥製にするのがよろしいかと。中の骨は取り出して素材となりましょう。代わりに鉄骨をいれるといいでしょう。特級魔石は勿論、ピルスナー家にアーモンド様との友好の証として秘宝となるでしょう」
「確かに六大貴族といえど、このような見事な竜の剥製は持っていますまい。して、肉はいかがすれば……ゴクリ」
「竜の肉は最高の魔力触媒と聞きます。また、滋養強壮にも非常に良いと……本来ならば何日か熟成させると美味であるようですが、三十年ぶりに迷宮が踏破記念に、領民の皆様でお食べになるのがよろしいかと」
リーセルスが主に代わって、遠慮せずにという。
「よっ、よろしいのでしょうか」
ピルスナー男爵がアーモンドを見る。
「素材は、先ほど、男爵に献上したのだ。いちいち、私の許可をとる必要はない。そうだな、一つだけ条件がある」
「条件とは……」
ピルスナー男爵とスタウトが不安そうにアーモンドを見る。残念ながら、小地竜を引き合いにした条件に見合うものは、今の痩せたピルスナー家にはない。
「ピルスナー領は温泉が有名だと聞いた。ここまで休まずに来たからな。旅の疲れを癒したい。それと」
「それと……」
「我々にも、たらふく、竜の肉を御相伴に預かろう」
アーモンドがニコリと笑った。
リーセルスが小声で「アーモンド様、条件が二つになっています」と言っていたが、それはご愛敬だろう。
野次馬で来ていたピルスナー領民達が、久しぶりに笑顔になった。
プロローグ終わりたい。




