プロローグ
機械の権利 後編 やっと始まります。
1
アーモンド達がウェンリーゼを出発して、十二日目、ピルスナー迷宮五十階層 主部屋
「グララララァァァァ」
小地竜がアーモンドに向かって吠える。
体長十メートルの土色の竜の雄叫びは、小竜といえど大地を震わせる。
「《水球》」
アーモンドが十メートル級の水の球を発現する。もはや、規模としては上級殲滅魔術《水月》 に近い。
「グララァァァァァァ」
小地竜が真上からの《水球》の圧に押し潰されそうになるがなんとか、耐えることが出来た。
「《粘度》」
リーセルスが小地竜の足元の水の粘性を高めた。
「グラ、グララ、グラ」
小地竜が足を取られる。
「こっちだウスノロ! 」
ラギサキが、小地竜の注意を引くように適度なダメージを与えながら、四足歩行で左右から攻撃を仕掛ける。
小地竜の注意が下に向いた。
「啼け、ホーリーナイト」
「ニャース」
アーモンドが猫啼のブーツの効果で跳躍した。
(見る、構える)
「振る! 」
キャハハハハハハ
「グガァァ!」
ストン
絶剣の笑い声の後には……
首を斬られた小地竜がいた。
2
「さすがでございます! ご主人様」
「ラギサキが巧く引き付けてくれたおかげだ」
「私も一応、アシストしたのですが」
リーセルスが、ラギサキと張り合う。
「それにしても、小地竜は竜種であろう。あまり手応えがなかったな」
アーモンドが小地竜の素材を『四次元の指輪』に収納した。
「ご主人様がお強いのです」
「確かに、今ではアーモンド様の適正な迷宮ではありませんでしたね。このピルスナー迷宮は五十階層が最下層で、中規模迷宮~大規模迷宮の間に属した迷宮です。未踏破の迷宮ではありませんが、攻略には銀級冒険者の上位が十人以上を推奨しています。簡単には比較はできませんが、軍では騎士団一~二小隊は必要かと……」
実際のところリーセルスの見解は正しい。
「絶剣はえらく魔力を喰らうが、使うものによってはナマクラにも、神刀にもなるとはよくいったものだ」
アーモンドが絶剣を見る。
アーモンドは愛刀であった白橙をハイケンに預けた。もちろんホーリーナイトも了承してくれた。
現在、アーモンドはギンの使っていた、ウォルンの剣を普段使いして、ここぞというところで、絶剣を使っている。
ヒョウの大剣夜朔は、片手ではその重量に負けて巧く振ることが難しかった。
「では、地上に戻りましょうか。迷宮を踏破したので、ピルスナー男爵から使いが来るでしょうから」
リーセルスが晩餐会の準備があるという。
アーモンド達は、迷宮踏破の余韻もそこそこに、最下層主を討伐した後に出現した転移門に手を置いて地上に戻った。
3
ピルスナー迷宮があるピルスナー男爵領は、王都からは二日程で着く距離である。
ピルスナー領はかつて栄えていた。
王都から多少回り道になるが、魔獣の少ない安全な東の街道であり宿場が多く、果物の名産地であった。また、迷宮を保有していることからは、冒険者組合もあり賑わいを見せていた。
しかし、昨今では東への直線的な道が出来てしまった。これは、ウェンリーゼでの人工魔石が国内に流通するようになってからだ。理由として、王都とウェンリーゼの物流の流れを良くするために古来の技術である山を削った【トンネル】なるものが出来てしまった。
初めはピルスナー領主は鼻で笑っていた。
山を削り道を作るといったそんな無謀な計画が成功するわけがないとタカを括っていたのだ。
しかし、ウェンリーゼの技術と王都の技術者達は本気だった。物作りの国である『ミクスメーレン共和国』より、乗り込み式機械人形と操縦士を年間契約で借り受けた。作業は難航を極めた。何度も失敗して、少なくない犠牲も出た。
だが、五年に渡る月日を費やして【トンネル】は完成した。
これにより、ウェンリーゼと王都は今まで一ヶ月近くかかっていた時間が、二週間程度で移動可能となった。
もちろん、七日間で移動可能な近道はあったが、獣道であり魔獣の危険が高く誰も寄り付かなかった。
ピルスナー領は、旅人の宿場としては廃れていった。しかし、そんな中で果物の生産を頑張った。
ピルスナー領は、王都と距離は近くはあったが山に位置していたために雪が多かった。無論、西の雪国のズーイ領ほどではないが、冬は厳しい寒さが領民を泣かせた。
しかし、ウェンリーゼからの技術提供により、寒い時期でも育つ果物の品種改良により、昨今は持ち直してきた。
ピルスナー迷宮も王都の迷宮に比べれば難易度は低いが、最下層主が防御と耐久力に優れた『小地竜』のため、上位冒険者でも討伐が難しいことが不人気の理由だった。
主である小地竜の強さは王都の迷宮主よりは低いが、圧倒的に倒しづらかった。
また、素材型の迷宮であるためアーモンドのように収納系の迷宮品か、魔導具、《異空間》の使い手であり、尚且つ容量も多くないと回収出来ずに旨味も少なく、消耗戦の末、だいたいが素材がボロボロになるため価値も下がる。
少しずつ、冒険者は王都へと離れていった。
現在は、果物や農作物の交易がピルスナー領の主となっていた。だが、昨年からはぐれ魔獣の群れが、田畑を荒らすようになった。死人も出た。
魔獣は人種の味を知ってしまった。
今や、王都とピルスナー領をつなぐ旧道では、魔獣が散発的に商人や領民を襲うようになった。
物資のやり取りができず、田畑は荒らされ収穫もままならない状況で冬を越せない民もいた。
ピルスナーは王都や、冒険者組合にも魔獣討伐の依頼を送った。しかし、王都奪還で、王位が代わり各署の人事が動いたばかりで、嘆願書はまだ上には上がっていなかった。
ピルスナー領の領主であるピルスナーは非常に頭を抱えた。
はぐれ魔獣の群れはおそらく、三十個体以上である。正直、吹いて飛ぶようなピルスナー男爵家の騎士だけでは役不足だった。
それを偶然に討伐したのがアーモンド達であった。リーセルスが「アーモンド様《水球》のいい練習が出来ます。魔力は馬鹿みたいにあるのですから、少々、外れても問題ありません」とアーモンドの闘志を駆り立てた。
アーモンド達はその足で冒険者組合に顔を出して、ピルスナー迷宮の情報を集めて今に至る。
ちなみに、この迷宮の最短攻略日数は一週間であるが、アーモンド達は三日間で踏破した。
「アーモンド・グルドニア様とお見受け致します。私はピルスナー男爵家の使いであります。我が主が是非、アーモンド様の迷宮踏破の功績を称え、家にお招きしたいとのことです」
冒険者組合で、踏破を報告をする前に入口で声をかけられた。
時間としては、昼過ぎ頃であろう。
「うん、今日は悪いが疲れたから」
アーモンドがごねた刹那に……
「これは、ご丁寧に痛み入ります。ピルスナー男爵家のご厚意、喜んで参ります」
悪い顔をしたリーセルスが主を遮った。
王都査問会まで残り九日
ラギサキ合流しました。




