グルドニア王国歴 70年 エピローグ
エピローグは短めに
1
「ゼノーォォォォオルゥゥゥゥ! 」
漆黒が王都を染める。
重いぬかるみが、闇が世界を支配する。
タイムの《強奪》が暴走し、全てを飲み込もうとする。
タイムが守り抜いてきた宝が……
グルドニアが終わろとしている。
その刹那に風が吹いた。
室内に風など吹くはずがないが……
-やっと親孝行できた-
-全てはアートレイの望むままに-
ゆっくりと、影が小さくなっていった。
タイムが膝をつきながら、ゼノールの言葉を心に反芻した。
2
タイムはその後、何度もゼノールを呼び掛けたが返事はなかった。
ゼノールの記憶を注意深く探った。
ゼノールは、悪魔との接点などまるでなかった。
ゼノールの僅か三日での反乱の手際は、素晴らしかった。
ダイヤモンド家と、ルビー家にはパイプがあったとはいえ、六大貴族のうち二家を味方にしたのだ。
恐るべき才である。
驚くべきは、ゼノールは自身が《強奪》により取り込まれた後の計画も用意していたのだ。
今まで平等であった六大貴族は、これで見えない序列がつくであろう。
ゼノールは、側室として腹心であったスティックの妹を娶る約束をしている。
自分のための計画ではなく、タイムのための計画を……王族の血を広く繋げることによって、第二のアートレイや、バスターのような傑物が誕生する日を、強きグルドニアを。
ゼノールは悔しかった。
三日前の『アートレイの部屋』で『ライドレーの頭蓋骨』に魅入られてしまった弱い自分が、父であるタイムを失望させてしまった自分には、次期王としての器がないと悟ったのだ。
建国王アートレイ、制定王バスターのような、王には自分はなれないと……
「ゼノール、ゼノール! ゼノール! 」
タイムはゼノールの苦悩を理解した。
しかし、タイムは後悔した。
本当に後悔した。
ゼノールの器の大きさは、タイム以上であり、まさしく王たる器であると。
国を作るのは難しい。
国を維持することは難しい。
グルドニア王国は大国だ。
それを僅か三日の計画で、数時間で実質的に落とした。
ゼノールがもし、本当にタイムの首をとる気があれば、決闘ではなくもっと効率よくできたはずだ。
化けたのだ。
ゼノールは僅か三日で化けたのだ。
その原動力は、全てタイムのためであった。
タイムは思考した。
ゼノールはアートレイを超えることができる王であったと……
3
タイムはゼノールの斬れた片腕を《強奪》してから、《生命置換》でバスターの首を作った。
「はっ、ハハハ」
タイムは悲しげに笑った。
バスターの首は、壊れていくタイムを見ないようにずっと目を閉じていた。
ゼノールとなったタイムが『アートレイの部屋』からでる。
ルビー家のスティックが「血統魔術のため、やむなく一人で行かせたが大丈夫だったようですね」とゼノールにいった。
バンッ
タイムが自分であった首を無造作に、スティックに差し出した。
「その目は、いや、なんでもない。新王陛下」
スティックが臣下の礼を尽くす。
騎士団も皆、スティックに習った。
「……これからは、私が、アートレイだ」
深紅の瞳に誘われるようなに、血塗れのゼノールの形をしたタイムがいった。
古代ではタイムには、時間という意味と、タイムという薬草があった。古代の異国でタイムは勇気を鼓舞すると信じられており、また、悪夢を防ぎ安眠を助けるようにと枕の下に敷かれたという記録がある。
タイムは今日もグルドニアを守っている。
いつやってくるか分からない、悪魔達からグルドニアを守っている。
時の女神は願う。
タイムに、せめて、夢のなかだけでも安らいで欲しいと……
武神が珍しくか細い声でいった。
誰よりも、強く儚き者よ
玉座となったアナライズが、誰かの代わりに悲しそうにエメラルド色の瞳を今日も点滅させた。
螺旋の王座は終わらない。
『グルドニア王国歴70年 完』
グルドニア王国歴70年のお話は終わりです。
要約すると、タイムがバスターの姿で四十年間グルドニア王国を統治しました。
息子であるゼノールに秘密を打ち明けます。
ゼノールは、グルドニア王国のために、タイムのために、反乱を通して自身を父であるタイムに差し出します。
タイムは、ゼノールの姿で再びグルドニア王国を統治します。
タイムは苦労人でございます。




