グルドニア王国歴 70年 猿芝居とおもてなし
1
「ゼノール……分かっていような。謀反人は、重罪だ。王族であれ、死刑、弁明の余地はないぞ」
タイムが片腕となったゼノールにいう。
ドクドクドク
ゼノールは肩から利き腕を斬られていた。出血は止まらない。いや、敗者たるゼノールは最早、自身の血を止める気はなかった。
「いい勝負でした。非常にいい勝負でした。死刑……重罪だ、何を甘いことを、やはり老いましたね。昔の父上なら否応なしに、敵の首をはねておりました」
「お前は、いったい、何処で何を、間違えた! がぁ、ごふっ、ごふっ」
タイムが口から血を吐き出した。
全魔力を解放して、さらに、『十六夜』の一振にはほとんど力を使わなかったとはいえ、老体には身体を酷似したのだろう。
「闘いに負けて、勝負に勝つとはこのことですな! 最早、父上に残された時間は短い、私が死んだら残るのは、カカオにビターのみ、グルドニア王国は、悪魔達の意のままにされるでしょうな」
「お前はどこまで、かどわかされたか! ごふっ、ごふっ」
タイムの怒気がゼノールを貫くように刺さる。
「でしたら、やることは一つしかないでしょう」
ゼノールが穏やかな顔になった。ゼノールは一瞬だけ悲しい顔をしたあとに、イタズラがバレて、バツが悪そうになる子供のような表情になる。
「お前、何を……」
「当初の予定通り、私の肉体を《強奪》するしかないでしょう」
ゼノールが優しく笑った。
2
ドクドクドク
血が止まらない。
高貴なる竜殺しの一族の血が惜しみ無く、ゼノールの肩から流れ落ちる。
ゼノールがタイムに近づく。
「今や、王宮は私の近衛達で包囲されています。父上の近衛達は、ルビー家の軍が抑えておりますので、ほぼ無傷です。血を流したのは、実質的に私だけ、私の姿をした父上が再び国を治め下さい」
ゼノールがタイムに肉体を差し出しますと言った。
「お前は何をいっている」
「元から、その予定でしたよね。今日でちょうど期限の三日ですよ。最後に少しだけ、かまって欲しかったんです。遅い反抗期みたいなものですよ」
「……バカものが……」
タイムが涙を流した。
ゼノールが「やれやれ」といいながらも嬉しく思った。
ゼノールは分かっていたのだ。
初めから、タイムがゼノールを《強奪》出来ないことを……
幾度となく、国を守るために、繁栄のために、容赦なかったタイムであるが、自分の家族を犠牲にすることが出来ないことを……
何故ならゼノールが気付いたのだ。
自分の部屋で、子供達を愛でる時に自分なら、父と同様に覚悟を試すだけだということを……
自分は誰よりも、グルドニア王国よりも、父に愛されていたことを……
ゼノールが目を瞑った。
「はぁ、はぁ、《強だッ》、はぁ、はぁ」
タイムがうまく魔力を練り上げることが出来ない。頭では分かっているが心が《強奪》により、ゼノールを取り込むことを拒否している。
「ぐっ、がぁぁぁぁぁ」
ゼノールが目を瞑ったまま、片手で短剣を取り出し、脇腹に刺した。
「ゼノール何を! 」
「父上、痛うございます。すべてはアートレイの望むままに……」
ゼノールが父に決意させた。
「……《強奪》、《生命置換》」
「……やっと、親孝行できた」
ゼノールが最後に敬愛する父を瞳に焼き付けた。
3
「がああああああ」
タイムがゼノールを《強奪》で取り込み《生命置換》で自身の肉体を作り上げた。
想像を絶する痛みを要するが、タイムの叫びは、自身に対する後悔だった。
ゼノールの記憶がタイムに流れてくる。
幼い頃からタイムを慕っていたこと。
王であるタイムとは、必然的に関わることが少なくなり、自分を見て貰いたくて武芸や勉学に励んだこと。
模擬戦で初めてタイムに一太刀浴びせて、本当に嬉しかったこと、その後はボコボコにされたがとても、愛嬌のあるいい思い出だ。
騎士団に入り、少しでもグルドニア王国のために、父であるタイムの役に立ちたかったこと。
敵国の将を討ち取った時は
「よくやった。ゼノール、さすがワシの息子だ」
初めて父に認められたような、父の役に立っている事実で胸がいっぱいだったこと。
今回の反乱に際する。
ゼノールの想い。
タイムが少しでも、憂いなく自分を取り込めるように、国を巻き込んだ猿芝居だ。
お・も・て・な・し、だったのだ。
ゼノールは父であろうと、容赦しなかった。
ゼノールは本気で戦った。
何故なら、どんな状況であれ、父であるタイムが敗北するはずがないと、微塵も疑っていなかったからだ。
もちろん、悪魔となんて繋がりはない。
タイムをその気にさせるための方便だったのだ。タイムが更なる高みへ近づくための……
「嘘だ、嘘だ、ゼノール、ゼノール! 」
タイムは《強奪》により取り込んだゼノールの意識を読んだ。肉体と違い、ゼノールの意識は目覚めなかった。
「ゼノォォォォオルゥゥゥゥー! 」
ゼノールの姿をしたタイムが、血の涙を流しながら叫んだ。
タイムから暴走した《強奪》の黒い影が、王都全域を包んだ。
無慈悲なる黒い影が、全てを飲み込もうとしている。
「ゲコゲコ」
「クククッ」
脳内でカエルとイタチの笑い声が聴こえた気がした。
どうして終わらないんだ!笑




