グルドニア王国歴70年 螺旋の王座
1
グルドニア王国歴70年は、建国以来の最悪の凶年といわれた。
制定王が第一王子ゼノールの反乱により王位を追われ、崩御した。
ゼノールは、妻の実家であるダイヤモンド公爵家と、ルビー公爵家を後ろ楯として反乱を起こした。
ダイヤモンド公爵家は、かねてより、常々戦争に反対していた家紋であり神殿を司る役割からも、戦火をむやみに拡大していた元王には難色を示していた。
軍事を司るルビー公爵家は、昨今、当主となったスティックは、ゼノールと共に各戦場を駆け抜けたゼノールの腹心であった。
「私のワガママに付き合ってくれ」
スティックはゼノールのこの一言に首を縦にふった。
計画は本当に秘密裏に行われた電撃作戦であった。人員も最小限で、あまりの手際の良さと、既に王太子として王位を約束されていたゼノールが反対を起こす等、誰が予想していただろうか。
『私の《演算》でも、このパターンは予測できませんでした……驚』
玉座となり、長年ゼノールを見てきたアナライズすら予測することはできなかった。
王宮は混乱し、王を守護する近衛騎士団もまともに機能することはなかった。
2
王宮 アートレイの部屋
 
「やはり、ここでしたか父上、いや、詐欺師タイムよ」
ゼノールがタイムに声をかける。
その声には怒りに似た皮肉が混じっているような口調である。
「まさか、お前が噛み付いてくるとはな。一体、何が望みだ」
タイムがゼノールに声をかけるが、そこにはもう自身を諦めているような失意を感じる。
「望みですか……全てといえば満足ですか。この嘘で塗り固められたグルドニアを、破壊します。そして、私が真っ当な国に創り直します」
 
ポイッ
ゼノールがタイムに向かって予備の剣を投げた。
カラララン
剣が床に転がる。
「最後は、騎士として王として、死なせてあげましょう」
「……もういい、所詮は仮初の王座だった。国を偽っていた罪を精算する時が来たのかもしれんな。さっさと、首を落とせ、さほど価値もないシワ首だがな」
「はぁ、つまりませんなぁ。父上、最後にいいことを教えてさしあげましょう。私の本当の協力者は、ダイヤモンドやルビー家ではありません」
「なんだと」
タイムの目が細くなる。
「父上の大好きな、カエルとイタチですよ」
ゼノールがニヘラーと嗤った。
ドンッ
「お前は、バカかぁぁぁぁ! 」
先ほどまで萎びた死人のようなタイムから、凄まじい魔力が溢れだした。
「さすが、父上、賢者の名は伊達ではありませんな」
ゼノールが魔力の余波を全身で感じながら笑った。
ゼノールが抜剣した。
「お前は、もう、息子でもなんでもないわ! 消え去れ! 《雷撃》」
百に及ぶ雷がゼノールを襲う。
「興奮し過ぎですよ! 御体に障ります」
ゼノールは神速の歩法で、タイムが術を発現するよりも速く肉薄していた。
ゼノールがタイムに向かって剣を振るった。
「ちぃ! 《獄炎》」
タイムは、長年の勘から何とかゼノールの剣を躱し、上級殲滅魔術《獄炎》を放った。
「元つ月、木更月」
ゼノールの神速の一閃と返しの二閃が《獄炎》を切り裂く。
「なんだと……ごほっ、ごほっ」
タイムが咳を出した。久方ぶりに全魔力を解放したためだろう。王として、政務に追われたタイムの身体は既に騎士の身体ではない。
ましてや、タイムは高齢である。
身体のキレ、体力全てにおいて四十代のゼノールに勝てる道理がない。
「はぁ、なんとも無様な、これが大陸を恐怖と血の雨で支配した制定王とは、老いとは残酷なものですな。せめて、私と同じ年齢ならば勝機もあったでしょうに」
ゼノールが自身の肉体を鼓舞するかのように強調してみせる。
ゼノールは軍を退役してからも、基本的な訓練は欠かさなかった。
有事の際には、先頭に立って軍を率いる準備をしていたのだ。
まさか、国に対して反乱の際に役に立つとは皮肉なことであるが……
「はぁ、はぁ、はぁ、負けられない」
タイムがいった。
「おめでとうございます。父上、常に勝者として君臨してきた父上の記念すべき敗北の日です。おやすみ下さい。グルドニア王国は、悪魔達と共に、私が治めますからクククッ」
ピクリ
ゼノールがわざとイタチの真似をした。
その語尾は、先ほど以上にタイムの神経を逆撫でした。
ゼノールが剣を片手にタイムに歩を進める。
 
国の行く末が決まろうとしている。
3
「ごほっ、ごほっ、ぐあああああ」
タイムは自身を奮い立たせた。かつての、バスターの肉体を《強奪》した時の誓いが、悪魔達に対する憎悪が甦ってくる。
タイムは近くにあったゼノールが投げた剣を拾い杖のようにして立ち上がった。
「往生際が悪いですね。いや、いや、そうでなくては面白くありませんね。実の兄を喰らった肉体ですから、頑張らないといけませんよ。バスター父上、いや、タイム父上でしたな。あーっハッハッハ」
ゼノールは非常に愉快そうである。タイムには、ゼノールの姿が、まるで角のないだけの悪魔に見えた。
(死ねない)
(まだ、死ねない)
(力が、力があれば……)
(父上のような力が)
(せめて、このバカ息子の目を覚ますような)
タイムは力を欲した。
タイムが剣を握りしめる。
ドクン、ドクン、ドクン
-奪われるな、奪え-
竜殺しの血がタイムに囁く。
「お覚悟を! 油断はしません! 元つ月」
ゼノールが最も得意な、父譲りの神速一閃を放つ。
「《知覚》」
タイムの瞳が、初めて深紅に染まる。
タイムが発現した《知覚》は、何てことないただの初級魔術である。
ただ、五感が鋭くなるだけの……
ピチャン
水面のような、静かなプレッシャーが部屋全体を支配する。
「十六夜」
その一振りに、力は必要なかった。
十二月の剣の先にある。伝説の一振に、賢き竜ライドレーを屠った一振りを、タイムは振るった。
二つの剣が重なりあうように、すれ違う。
「ごほっ、まさか、ここに来て、アートレイの剣を極めるとは……」
タイムが呟く。
剣閃が過ぎ去った先には、利き腕を斬られ、血を流したゼノールの姿があった。
「ぐうぅ……やっぱり、今日も、私の負けですね」
ゼノールは、まるで幼い頃の少年のような顔で満足そうにいった。
やはり終わりません。
「尊いは正義~公爵家の聖女は年上男爵令嬢に青春のすべてを課金したい」
別作品ですが、ネット小説大賞運営様より感想を頂きました。
この場を借りまして御礼申し上げます。
 




