グルドニア王国歴史70年 おもてなしの準備
1
王宮 ゼノールの部屋
「お帰りなさい。殿下、大丈夫ですか? 随分と顔色が優れないようですけれど」
「あっああ、ただいま。少し、疲れたようだ。それより、シナモン、身体は変わりないかい」
「ええ、安定期に入りまして大分楽になりましたわ」
ゼノールの妻であるシナモンが、優しく愛おしくお腹をさすりながらいう。
「父上ー! おかえりなさい! 」
「お帰りなさいー! 」
八歳になった長男のビターと、六歳になった次男のカカオが、猪魔獣顔負けの突進をゼノールに食らわす。
「ハッハッハ! なんだ、お前達待っていてくれたのか」
先ほどまで神妙な顔持ちだったゼノールの頬が緩む。
「こらこら、あなた達、殿下はお疲れなのですから、あまり困らせるのではありません」
「「だってぇ」」
「ビター、カカオ、強く元気に育って何よりだ。父は嬉しいぞ」
「「へへへ」」
ゼノールが二人の頭を撫でる。
「あっ、殿下、今、お腹の子が蹴りましたわ」
「ああ、きっと、早くお兄ちゃん達の仲間に入れて欲しいのかも知れないな」
ゼノール・グルドニア
年は四十近くであり、正妻のシナモンは十歳は下である。ゼノールはかつて、王子ありながらも、その実力から騎士団団長として各国との最前線で、その腕を振るった名将である。
戦いにしか興味がなかったゼノールであったが、平和な世になり三十となった年に軍を退役して、王族として政務に励むようになった。
そんな硬派な王子が遅くといえど、ダイヤモンド公爵令嬢を娶った時は国中が、歓喜し安堵した。
ゼノールはその性格からも、王族の垣根を超えてかつての部下達や、国民への人気も高いのである。
「それより、殿下、今日は陛下との謁見とお聞きしましたが」
「ああまぁ、大したことではない」
「殿下が、大したことないという時は、だいたいが大事です。もしや、ついに、次代の王座へのお話でしょうか」
シナモンが興奮気味に聞く。
「ただの世間話だよ。たまには親子の会話も大事だろう」
「「大事、大事」」
二人の子が親子の会話大事と構ってちゃんになる。
「ああ、その通りだ。父は何よりもお前達が大事だ……」
自身の言葉にゼノールの心の臓が跳ね上がった。
父になったゼノールだからこそ感じた。
陛下はゼノールのことをどう思っていたのだろうと……
《生命置換》により、父の記憶と共に感情が流れ込んできたから分かる。
自分を道具として思っていたのだろうか。
王族は何に置いても、国を統治することを第一に考えなければならない。
制定王と言われた、父であれば尚のことだ。
きっと、偉大なる建国王アートレイと比べられることも多々あったであろう。
誰にも言えずに、兄であるバスターのふりをして、いつ終わるか分からない悪魔の脅威に片時も油断ならない時間は、王に安らいだ夜を与えること叶わなかったはずだ。
だが、父はゼノールを存外に扱ったことはなかった。
ゼノールにとって父は、何よりも強い王であったのだ。
幼い頃かは、ゼノールは父を越えると目標にしていた。幼子のワガママだった父との模擬戦も、騎士団に入団するまで続いた。全盛期の肉体でも、模擬戦で父に勝てたことはなかった。
「私は、陛下に愛されていた……」
ゼノールの頬を雫が伝う。
「父上? 」
「どうしたの、父上どこか痛いの? 」
子達がゼノールを心配する。
「あら、殿下いかがなされたのですか」
シナモンもゼノールの涙に驚く。
「いや、なに、私は幸せ者だと思ってな……いかんな、年を取ると涙腺が緩むようだ」
「ふふふ、殿下、そんな初老のようなことを、そんなことでは困りますよ。これから、もっと良いことが待っているのですから」
シナモンがゼノールの手を自身のお腹に沿えさせる。
ゼノールは、新たな命の息吹きを感じるように掌から温かいものを感じた。
ゼノールが家族の顔を見渡す。
(ああ、私は、自分のことばかり考えていた)
(きっと、父上は……)
(……つらかっただろうな)
「すまない、シナモン。やり忘れた仕事を思い出した」
ゼノールが立ち上がった。
その瞳からは、決意に満ちた覇気を感じた。
「こんな夜分に、御体に障ります」
「ああ、心配をかける。ただ、おもてなしの準備をしなくてはいけなくてな」
「あら、誰かのお忍びでの御訪問でも」
「三日後に……な。ちょっとしたパーティーがあるんだ」
「父上」
「行っちゃうの」
ビターと、カカオがしょんぼりする。
ポンッ、ポンッ
ゼノールが二人の頭に祝福に似た柔らかいタッチをした。
「ご武運を」
いつもは、「いってらっしゃいませ」というシナモンが何故だか有事の際の挨拶をした。
「ああ……愛しているよ」
ゼノールが「いってきます」と言った。
ゼノールは部屋の扉を開けて、廊下を進む。
ギィィィィ
扉が閉まる。
シナモン達には、ゼノールが夜の闇に溶け込むように見えた。
今日も読んで頂きありがとうございます。
なかなか終わらない。




