グルドニア王国歴 70年 支払った者
1
「がああああああぁぁぁぁ」
《生命置換》の魔力により、ゼノールにタイムの記憶の一部が流れてくる。
ゼノールにタイムが旅した記憶が流れてくる。
タイムが牢獄で過ごした日々の記憶が流れてくる。
タイムの図り知れぬ憎悪と共に、悪魔達との戦いが流れてくる。
バスターを失ったタイムの無念さが流れていく。
《強奪》、《生命置換》によりバスターを取り込んだタイムの虚無感に似た何かと更なる、悪魔達への憎悪が流れてくる。
それからは、まるで走馬灯でも見ているかのように四十年という、ゆっくりとしたような刹那の時間を駆け抜けた。
「はあ、はあ、はあ、はあ、こっこれが、グルドニア王家の真実っ! 父上は、実の兄を取り込んだ。父上は、本当はバスターではなく、タイム……」
ゼノールが頭を抱え、ヨダレや涙を垂れ流しながらも意識を途切れさせずに今の出来事を理解しようとする。
「……ゼノールよ! これが真実だ」
タイムがゼノールに告げた。
「父上は、ずっと独りで、この割に合わない人生を、悪魔からグルドニアを守ってきたのですか」
「だが、もう時間がない」
タイムが自身の手をみる。シワが目立つ手だ。タイムも六十になろうとしており、既に肉体のピークを過ぎた。肉体はバスターのものではあるが、元々双子ゆえに、年齢に違いはない。
この時代の水準では、平均寿命が六十歳である。
タイムは焦っていた。
いつ死神の鎌が、自身の首を狩りに来るのであろうかと……
「ゼノールよ。お前はグルドニア国王の王位に何を望む。名声か、富か……そんなものは、ここにはない! あるのは、いつか来るであろう悪魔に対する備え、いつ来るか分からない驚異に対する怯えだ。この王位は呪いだよ。古来では【人身御供】とでもいうのか……強制はしない。三日やろう。選べ。私と一つになり、悪魔達の息の根を止める、来るべき日まで生き続けるか。王位にはつかずに、ゼノールとして己の生を全うするか……」
タイムは、ゼノールに王となるならば、己を捧げろといった。
タイムにとってゼノールは、バスターの身体になってから授かった実の息子である。
元来、優しい穏やかな性格であったタイムは、親であるならば自身よりも、大切である存在に違いない。
そのゼノールにタイムは、グルドニア王国のために自身を犠牲にしろといった。
竜を殺し万民の安寧の国を創りし一族
それは、この世で一番に不幸な高貴なる者の務めを背負いし一族なのかもしれない。
2
ゼノールが部屋から、去っていった。
「これで本当に良かったのかしら」
奥でゼノールに見えないように控えていた。
黒のローブに黒のベールで顔を隠した女性がタイムにいった。
「……母上」
タイムが黒服を纏ったエミリアの声を聞き、我に返る。
「ごめんなさい。私達が国を造るなんて余計なことをしたばかりに、あなたにも、ゼノールにも、私はどうしていいか……せめて、あの人が居てくれたら」
「母上、よして下さい。これは、私が自分で選んだ道です。誰が決めたわけでもない。私のエゴです。ゼノールには、それを決めるのもゼノールの意識です。サイは投げられました。この狂気を止めることは、運命神とて叶いません」
「ゼノール……いえ、タイム、あなたは」
「もう、タイムはおりません。母上、ご尊顔を拝謁しても」
エミリアがゆっくりと黒のベールを上げて素顔を出す。
〖影猫のベール〗は対象の存在認識を阻害させる効果があり、話をしているタイムすら、油断すると目の前にいる母であるエミリアの存在を認識出来なくなる。
「……」
「変わらずにお美しい、《延命》による光の柱を、その御身に浴びた副産物とはいえ、羨ましい限りです」
タイムが母を美しいという。
それは決して比喩や揶揄ではない。
実際に、エミリアの見た目はまったく変わってないのだ。七十年にライドレーを倒したあの日から……
グルドニア王国の正式記録には、エミリアについては『永眠』と記されている。
これは、グルドニア王国歴30年にアートレイが行方不明になり十年が経過したことにより死亡扱いになった。
王妃であるエミリアは、遥か高みに昇られた、天界におられるであろう建国王を探すために自ら望んで『永眠』された。
実際には、若すぎるその容姿を隠すことに限界となり、タイムと話し合った据えに死亡扱いとしたのだ。
ちなみに、この『影猫のベール』はそんなエミリアに心を痛めた魔術の師である魔女からの贈り物であった。
タイムはエミリアに、「新たな人生を歩み下さい」とグルドニアを出るようにいった。
しかし、エミリアは断固としてタイムの側を離れずに、四十年間、タイムの心の拠り所としてひっそりと隠れるように、慎ましい生活を送っている。
「あの時、あの人に《延命》を発現したとき、私は神々に願ったわ。どんな代償でも払うと、私は気絶してしまったけど、ユーズはスクラップになって、マダラは右腕を失った。私は、何も支払わなかった。見た目は変わらないかも知れないけれど、正直、寿命も分からない。もしかしたら、明日には死神様がお迎えに来るかもしれない。もっと、恐ろしいのは、死ねない身体かもしれない。これは、きっと神様しか使えない魔法を使った、私の業よ……」
「祝福の間違いではありませんか」
タイムもエミリアの心情を理解はしている。皮肉ではなく精一杯の言葉を口にした。
「タイム、お願いよ。もう一度考え直して、自分の子や孫を犠牲にしてまで、あの人は国の存続を望んでなどいないわ」
「母上、ご安心下さい」
タイムがエミリアに顔を寄せてこういった。
「すべては、アートレイの望むままに」
タイムの笑顔は本当に下手くそだった。
作者の悪い癖でサクッと終わりませんでした。
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今日も読んで頂きありがとうございます。




