グルドニア王国歴 元年 建国
1
サラサラサラサラ
アートレイの身体が容赦なく砂に還ろうとしている。
『《統合》』
ユーズレスが自身の特性を使った。
『ビィー、ビィー、《統合》が始まります。魔道機械人形ユーズレスは、ウェンリーゼで再起動してから、現在までの約三十年間のメモリーを《統合》します。尚、《統合》後も強制シャットダウンまでは、メモリーは保持されます』
『タス……カル』
ユーズレスが補助電脳ガードにありがとうといった。
『ガード、あなたまで一体何を非合理的なことを推奨するのですか? ユーズの保護者として理解に苦しみます……疑』
アナライズが訳が分からないという。
『アナライズ、あなたはまだ分からないかもしれません。これはきっと、《演算》でも明確な答えが出ない回答でしょう。私もあなたにどうやって、テンスがフィードバックしている電気信号を伝える言語はありません。でもね、アナライズ。私達はあくまで、保護者です。最終決定は、テンス自身にあります。私は、テンスの選択を嬉しいと思考します』
『ガード、ますます理解出来ないな……疑』
『アナライズ、あなたにもいつか、キカイノココロが宿ることを……ビィー、ビィー、《統合》が準備できました。テンス、いつでも可能です』
『……アリガ……トウ』
ユーズレスがまるで、我が子を見るようにしてエミリアを見た。
『ビィー、ビィー、《統合》が開始されます。メモリーが最新から順に《統合》されて魔力に変換されます』
ユーズレスのブラックボックスが輝く。
キュイイイィィィィン
ユーズレスの冷却ジェネレーターが最大稼働する。
ユーズレスの周辺に魔力の渦が巻き起こる。
『これは、想定外の魔力を感知しました。これが、ユーズの超大器晩成型の可能性とでもいうのでしょうか……謎』
アナライズが驚愕する。
『……《魔法・極》』
ユーズレスが、ブラックボックスから暴れ出る無限の魔力を両の手に集中させる。
ユーズレスがアートレイに向かって《延命》を発現した。
十番目の子ユーズレスは、兄弟機すべての特性を発現することができる。そのため、一定の条件を満たすことで、ディックの魔法でも最上位である《延命》を発現出来た。
「うぅぅぅ」
アートレイの崩壊が止まっていく。まるで、砂時計を止め時間を巻き戻したかのように、アートレイの崩れた肉体が戻っていく。
「おおお! アートレイが戻っていく! 」
マダラが、気絶したエミリアを介抱しながら目の前の奇跡をただ、ただ祈るように見つめる。
『ビィー、ビィー、冷却ジェネレーターが限界です。排熱が間に合いません!なっ! このままでは、強制シャットダウンのプログラムが起動します』
(まだだ! まだだめだ! ガード、プログラムを拒否する! )
ユーズレスがプログラムを拒否する。
『ユフト師の四原則による制約、機械は自身を傷つけてはならないに沿って強制シャットダウンプログラム起動……ビィー、ビィー、拒否出来ません』
キュイイイィィィィン
プログラムが、強制シャットダウンを起動しようとしたその時だった。
-メエエェェェェ-
山羊のような、羊のような鳴き声が、ユーズレスの電脳に鳴り響いた。
『ビィー、ビィー、これは! メモリーに記憶されていない加護? 魔界大帝の加護が発動しました。状態維持無効となります。魔道機械人形ユーズレスの意にそぐわない、強制シャットダウンプログラムを状態異常と解釈しました。強制シャットダウンは回避されました』
(よく分からないが、助かった)
バシュン、ガガッ
ユーズレスのボディから蒸気が吹き出し、けたたましい音が鳴る。
『ビィー、ビィー、排熱間に合いません! ボディの各所がオーバーヒートしています』
ユーズレスは、機械のため人種のように痛みを感知出来ない。だが、ブラックボックスからの過剰な魔力がうねりとなり、情報処理速度が低下ていくのが分かる。
『……ヤ……バイ』
ユーズレスの主電脳がオーバーヒートしそうになったその時……
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁ! 」
マダラが叫んだ。
マダラが全身に火傷を負いながら、魔力の渦を突き破りアートレイに駆け寄る。
「はぁ、はぁ、はぁ、こいつなら何かの足しになるんじゃねぇか! 」
マダラの手には、賢き竜ライドレーの瞳であった『玉虫色の魔石』が握られていた。
2
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁ! お前だけにカッコいい真似はさせねぇ! 俺はアートレイに借りがあるんだぁ! 今こそ、利子つけて返してやらぁ! 」
マダラが右手に持った魔石を、ユーズレスの掌にかざした。
賢き竜ライドレーの魔石から、堰を切ったように魔力が溢れ出す。
ビシビシ、バキバキ
「ぐぁぁぁぁぁぁ」
だが、元々魔力の少ないマダラには、魔力に抗う術がない。右手の骨が砕ける嫌な音がした。
『マ……ダラ』
「俺は気にするな! 少しでも手助け出来たらサッサと治しちまぇー! 」
賢き竜ライドレーの魔石のおかげで、ユーズレスのブラックボックスからの魔力供給を抑えられたが……
バチバチ、バチバチ
『出力は抑えられましたが、機体が安定しません。各所のオーバーヒートが止まりません。機体が分解します』
補助電脳ガードが絶望をアナウンスする。
(ダメか……)
ユーズレスが諦めた刹那に……
『《演算》、《補助》、機体の最適化を行います……《演算》……覚』
アナライズだ。
アナライズが、ユーズレスの魔力供給の最適化と、魔力制御を《補助》した。
『排熱間に合いませんね……コネクトします……謎』
アナライズがユーズレスのバックパックに連結した。アナライズが一時的に魔力の緩衝を請け負い、自身の冷却ジェネレーターを起動させる。
『アナ……ネエ……サン』
『……何とも非合理的な作業です。しかし、私がいればそのような作業も合理化します……了』
アナライズがいつになったら姉を頼るんだといっている。
『相変わらず、構ってちゃんですね。排熱安定しました。テンス! 』
「ユーズ! 」
『……エ……ン……メイ』
ユーズレスが空色の瞳を点滅させた。
部屋全体を覆い尽くすような、金色の光の柱が発現した。
パチン
滅多に迷宮にやって来ない大神が「やれやれ」と、指を鳴らした。
-ドクン、ドクン、ドクン-
アートレイから生身の心音が聴こえた。
砂に消えそうな身体も元通りだった。
グルドニア王国が建国する少し前、アートレイは機械人形達の起こした奇跡により、一命を取り留めた。
3
ユーズレスは本懐を遂げたのだろう。
無理をし過ぎたせいか、スクラップになった。
アナライズがいうには、この状態だと五百年近くは再起動が難しいとのことだった。
さらには、メモリーを代償にしたため、再起動しても皆のことは覚えていないだろうといった。
マダラは右手を失った。
マダラの右手が竜化していたため、アートレイに切り捨ててもらった。
元々、魔力を持たないマダラにとって強すぎる竜の魔石は毒のようなものだった。
アートレイは泣いた。
マダラが「俺もユーズも満足している」と豪快に笑った。
アートレイは、竜を食った。
泣きながらまるで、不甲斐ない自分を呪うかのように竜を喰らった。
目玉からなるもう一つの『玉虫色の魔石』は、ユーズレスのバックパックに入れた。
「こんなことで、お前に全てを返せる訳じゃないが」
アートレイは泣き止まなかった。
皆は地上に戻った。
マダラは「楽しかった。悪いが、パーティーを抜けるぞ」とユーズレスを背負って森に帰った。
エミリアは気絶したままだったので、マダラとユーズレスとお別れが出来なかった。目を覚ましたエミリアに、片腕になったマダラとスクラップになったユーズレスの姿を見せるのが忍びなかったのだろう。
その優しさが正しいのかどうかマダラも、アートレイも分からなかった。
アナライズとは、迷宮の前で別れた。
アナライズは百年近く迷宮に閉じ籠っていたために、世界を旅するといっていた。
『あなたとは、また出会いそうな気がします……ひどく抽象的ですが……謎』
アナライズは、自身の目的を探して旅に出た。
エミリアが目覚めた。
エミリアの目の前には、最愛のアートレイがいた。
エミリアは泣いた。泣き疲れて再び眠った。
目覚めたエミリアに、マダラとユーズレスとアナライズのことを話した。
アートレイ自身も、《延命》の時は意識がなかったため詳細は分からなかったが……
「俺達はまだまだ弱いな」とアートレイが呟いた。
それからアートレイは迷宮探索をすることはなかった。
『聖なる騎士』のパーティーも四人から二人になってしまった。どうしても、他のメンバーを補充する気にはなれなかった。
アートレイは小さな村に住み着いた。
ライドレーの余った素材のうち、頭部の骨を村の中央に飾った。
近隣の魔獣が村に近付かなくなった。
瞬く間に、アートレイの竜殺しの噂は広まった。いつしか、アートレイの庇護を求めて弱きもの達が、アートレイの村に集まるようになった。
村は町になり、町が都市となった。
アートレイは都市をまとめるために、管理を六人に任せた。
それぞれに、アートレイの持っていた宝石のような特級魔石を下賜した。
これが後の六大公職家である。
都市はさらに発展していった。
『竜殺し』、『聖なる騎士』、『神の子』、様々な呼び方で人々はアートレイを呼んだ。
気付けばそこには国が出来ていた。
グルドニア王国が出来て間もない頃からある最古の法がある。その法は時代によって見直され、改変されていったが一つだけ変わらない一文があった。
-すべては、アートレイの望むままに-
今日もお付き合い頂きありがとうございます。
次は時代が変わります。




