閑話 ジュエルの推し活は終わらない 後編
1
それから、二日間ジュエルはマロンからメイドとしての指導を受けた。
ジュエルの所在の一つ、一つは美しかった。だが、仕事の効率は悪い。丁寧な仕事であるが、並みのメイドの倍は時間がかかってしまう。さらには、お茶をうまく淹れることが難しかった。
ジュエルは「薬の配合なら目をつぶってもできるのに」とボヤいていた。
マロンは方針を変えた。
初めは、メイドとしてジュエルを鍛える予定であったが開きなおってウェンリーゼ家専属の医術士とすることにした。
マロンが復帰するにあたっての専属の医術士ということにした。
正直、マロンは八十歳を過ぎた高齢であるが、健康そのものである。
かつて、ジュエルに仕え、ジュエルの師である木人からも薬師として合格を貰ったほど優秀なメイドであった。
木人秘伝の『魔力回復飴』と『体力回復飴』は作成することは出来ないが、薬師の腕は一流であった。
そんな、マロンに専属の医術士が付くのはおかしな気もしたが、海王神祭典後で、混乱の最中にウェンリーゼ家の元メイド長が一時的に復帰することは頼もしい限りであった。
2
アーモンド達がパンドラの迷宮に入った翌日
「おや、おや、これは珍しいねぇ。お嬢ちゃん」
木人がジュエルとマロンに声をかけた。
「オババ様、えっ! なんで若い」
ジュエルが驚き、マロンが木人に礼を取る。
今の木人は見た目からして、三十代である。ジュエル達が驚くのも無理はない。
「キャン、キャン」
「クルルルゥゥ」
ホクトが尻尾を振りながら再開を喜ぶ。
「えっ! 子犬? でも、この魔力波形は、ホクト! 」
ホクトがジュエルの顔を舐める。
ホクトの尻尾ブンブンは止まらない。
「ホウ、ホウ、ホウ、ホウ」
南の空より「遅れたぁ」と言いながらフクロウもやって来た。
「お嬢ちゃんや、推し活もほどほどにしなねぇ。私はちょいとパンドラに用が出来たから行くよ。フクロウは置いとくよ。あとは、ジュエルとうまくやりなねぇ」
木人は挨拶もそこそこに、その場を立ち去った。
「ホウ、ホウ」
フクロウが久方ぶりにジュエルの肩に停まった。
「ホウ、ホウ」
「クルルルゥゥ」
「ふふふっ、なんだか昔に戻ったみたいね」
ジュエルの表情が和らぐ。
右肩には神獣フェリーチェ、左肩にはジュエルにすら存在は明かされていないが、かつての魔法大国エリティエール宰相であり、現リトナー魔法国宰相、大賢者フォローが擬態している。
木人は去りながら思った。
「はぁー、私でも、お嬢ちゃんを敵に回したくないねぇ」
「キャン、キャン」
ホクトが要らぬ心配するなと鳴いた。
3
ウェンリーゼ家 ラザアの部屋
「マロン、無理を言ってごめんなさい。本当に助かるわ」
ラザアがマロンに復職の礼をいう。
「勿体なきお言葉にございます。ラザア様、いえ、失礼致しました。再び、領主様のお役に立てることこの上ない幸せにございます。身命を懸けて、領主様にお仕えさせて頂きます」
「もう、マロンったら大袈裟ねえ」
「十年以上ブランクがございますから」
「見た目は全然かわっていないけれどね。ところで、そちらの方が……」
ラザアがマロンの後ろに控えていた
「はははっ、はじめままま、して、して、ラザア様ぁぁぉお」
ジュエルは急に泣き出した。
無理もなかった。ジュエルはずっと我慢してきたのだ、推しであったフラワー御姉様の孫であるラザアに会えることを……
記憶の中にあるフラワーは十五歳であり、ラザアは今や二十歳である。
ラザアはまさに、記憶の中のフラワーから幼さを失くし、洗礼された美しさと、溢れんばかりの気品を放っていた。
さらには、海王神祭典によりシーランドから流れた存在の力は、分かるものには存在の格を感じさせる。
(綺麗だ。本当の月の女神だ)
ジュエルはまさに、子供のように泣いた。
「あの、えっと……」
ラザアが困惑している。
「領主様、ジュエルは昔、領主様の祖母でありますフラワー様に大恩があります。その恩を返すために、医術士として神殿で腕を磨いておりましたが、フラワー様は五十年前の海王神祭典で……きっと、フラワー様に良く似た領主様を見て魂が震えているのでしょう」
マロンが巧く要約した。ちなみに、マロンは全く嘘はいっていない。
ジュエルにとっては、大恩と書いて、推し活と読むのだから。
「まあ、ジュエル、私はおばあさまには会ったことはないけれど、嬉しいわよろしくね」
ラザアがジュエルに微笑んだ。
「はびはぁあぁぁぁう」
ジュエルは泣きながら発狂した。
ラザアの心地よい声に脳が痺れた。
「ふふふ、泣き虫さんね。ジュエルって確か準古代語で宝石だったかしら? 素敵な名前ね」
ジュエルは誓った。
神々に誓った。
老いぼれた安い命ではあるが、全てをラザアに捧げようと。
何故ならば、ジュエルはたった今、ラザアの公認の宝石となったのだから……
「ホウ、ホウ」
「クルルルゥゥ」
フェリーチェとフクロウも同意した。
ラザアに、聖女と、神獣と大賢者が仲間に入った。
「あっ! 今、お腹の子が蹴ったわ」
御子もジュエル達を祝福した。
かつて、フラワー・ウェンリーゼは大陸一の剣士キーリライトニングを。
エミリア・ウェンリーゼは、ユーズレスの子でありエリティエールの正当なる王子ボールマンを。
ラザアは、聖なる騎士でありグルドニア王国王子であるアーモンド・グルドニアを婿として迎えた。
だが、歴史の裏側には、三代の東の姫君に推し活をしていた、聖女と呼ばれた宝石がいた。
「お心のままに、どこまでもお供致します」
マロンが、ジュエルの推し活を誰よりも肯定した。
チャリン
ジュエルの大陸を巻き込んだ、命を燃やした底無しの課金が始まった。
「第五部 機械の権利 前編」は終了になります。次回はクリッド挟まずに「第六部 機械の権利 後編」予定です。
私事で恐縮ですが、今後は更新が体調や家庭と相談して不定期になると思われます。
ご容赦頂ければと思います。
今日も読んで頂きありがとうございます。




