閑話 ジュエルの推し活は終わらない 中編
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1
ジュエルは少しだけ冷静になれた。
「私が、でも、千日の祈りが、あれ? 」
ジュエルが周りを見渡すと、まるで賊にでも入られたかのように荒れた部屋があった。
もちろん、犯人はジュエルである。
「ジュエル様、これは神託にございます」
「へぇっ、あれ? 神託? 」
マロンは、混乱状態であるジュエルの隙を付いた。
「神々は、遥か高みに昇られたデニッシュ様、フィナンシェ様、ゼリー様は憂いていらっしゃいます。ジュエル様は、これまでグルドニア王国のために身を粉にして来ました。いえ、グルドニア王国だけではありません。大陸中を聖女として、人々の混沌の闇を払って参りました」
「いや、私はただ祈りを……」
「ジュエル様、神々の像を御覧ください」
「壊れているわ」
「そうです。壊れております。デニッシュ様の像は、十字架は」
「……壊れているわ」
「そうです。壊れております。これは、神々が怒っている証拠です。ジュエル様の! 自身の幸せを願わないお心にです」
「私の心に」
「そうです。神々の像は、デニッシュ様達の像は壊れました。いえ、自らを犠牲にしたのです。ジュエル様の足枷にならぬように」
マロンは、無茶苦茶な理屈を無理やり押し通そうとする。マロンは頭をフル回転させた。
「足枷だなんて」
ジュエルが少しずつ、マロンは侵食されていく。
「ジュエル様、我が主よ。貴方様の本当の女神がどなた様だったでしょう。貴方様の青春の命を燃やした、愛しきお方は、貴方様は、もう十分すぎるほどに自身の感情を磨り減らして、我慢してきました。もう一度、神々の像を御覧ください」
ジュエルはマロンにいわれるがまま、散乱したガラクタになってしまった神々の像と、家族の像をみる。
「ジュエル様、神々やデニッシュ様達は泣いておいでです。今こそ、我々の屍を越えていけと! 叫びが聴こえるはずです。残念ながら、死者は語りません。しかし、貴方様のココロはなんと叫んでいるでしょう」
「わっ……私は」
「ジュエル様、大陸で誰よりも気高き魂の導き手よ。東の姫御子が、貴方様を必要としています」
マロンの声は非常に耳触りが良かった。
ジュエルは眼を閉じ、自然と跪拝して祈った。
涙を流しているであろうガラクタに。
ジュエルは眼を見開いた。
「……推したい」
ジュエルが自身の魂の声を聴いた。
マロンが水面の向こう側で微笑んだ。
その夜、王都に数十年ぶりに怪鳥フェリーチェが翔んだ。
旅人がいうには、その鳥は東の海へ向かっていった。
2
ウェンリーゼ領 マロンの家
「御待ちしておりました。ジュエル様」
マロンがジュエルを出迎えた。
「来ちゃったわ」
ジュエルは生まれて初めてウェンリーゼに足を付けた。
「クルルルゥゥ」
フェリーチェが小さくなりジュエルの肩に止まった。
実は、ジュエルがウェンリーゼに来れない理由として、フェリーチェの存在があった。
フェリーチェは空の王であり、ウェンリーゼには、海の王海王神シーランドがいた。
神獣とは、厄災にも指定されている国崩しの生ける天災である。
一匹で国を食らう力がある生物が二匹もいればそれは、水と油であり間違いなくその余波で、大陸が滅びるといわれている。
誇張であるとではあるだろうが、間違いなく近隣領地は地図から消し飛ぶであろう。
そして、フェリーチェはジュエルを母のように慕っている。ジュエルの身に何かあれば、それは荒ぶる鷹を目覚めさせることと、同義である。
「ありがとう、フェリー」
「クルルルゥゥ」
フェリーチェが嬉しそうに鳴く。
「ジュエル様、さっそくでございますが。ジュエル様には、メイド兼医術士としてウェンリーゼ家の使用人となって貰います」
「なっ! なんですって! 」
ジュエルは驚いた。
ジュエルは生粋の貴族であり、今は亡き、先代国王デニッシュの王妃である。
生まれながらに、生まれてからも常に高貴なるものであったのだ。
誰かを従わせるようなことはあっても、誰かに仕えるような身分ではない。
「そんな、そんなことしたら……」
「ジュエル様、おっしゃりたいことは分かりますが、身分を伏せなければなりません。皇太后であるジュエル様がラザア様の近くにいると、逆にストレ……」
「メイドだから、ずーっと、ラザア様のお近くにいられるじゃないのぅ! 」
「へっ? 」
「勿論! 住み込みなんでしょうね! 」
「はい、住み込みも可能ですが、使用人が使う部屋は、ジュエル様が使うには格が少々……別邸を秘密裏に用意いたしま」
「住み込みよ! 絶対に住み込みよ! あぁぁん、ラザア様と同じ屋根の下で生活ができるなんて、夢みたいだわぁぁぁぁぁぁ」
ジュエルは鼻血を出した。
「ジュエル様……」
マロンは忘れていた。
かつて、ラザアの祖母であるフラワー・ウェンリーゼに対する、ジュエルの狂気といえる執着を……
目の前にいる主はかつて、聖女と呼ばれ、推し活のためだけに、世界を股に懸け副次的に、人々を救ったということを……
このお方の血にも、元を辿れば野望のままに大陸を欲した、アートレイの血が流れていることを……
「待ってらっしゃってね! ラザア様ー、あぶぶぶ、ああ、また血が出ちゃった」
マロンはジュエルの鼻から出た高貴なる血を拭いた。
あと一話だけ続きます。
ジュエルの学生時代の推し活は、別作品であります。良かったら覗いてみて下さい。