閑話 ジュエルの推し活は終わらない 前編
リフレッシュで書いた話です。
1
グルドニア王国 王宮
ジュエル・グルドニアは喪に伏していた。
昨年の王都奪還で、王であり、夫であったデニッシュが崩御、長男で王太子であったフィナンシェは戦死、次男のゼリーは行方知れずとなってた(死亡扱い)。
ジュエルは三人の御霊に祈りを捧げるべく、宮の最奥から千日の祈りに入った。
その祈りは、筆頭従女でさえ、食事を運ぶこと以外は、接触すること許されない。
ジュエルは元々、神殿を管轄するダイヤモンド公爵家の生まれである。かつては、グルドニア王国で『聖女』として大陸に貢献した。
かつて敵国であった獣人国の子らを救った。『青い怪鳥フェリーチェ』を従えて、モノづくりの国『ミクスメーレン共和国』を魔獣大行進より救った。
学生の身でありながら、国を飛び越えて大陸中を回り、国籍や人種、身分を問わずに様々な生命を癒した。
曖昧であった薬学の分量や、効果の検証に一部の製造方法を開示した。適性価格で薬を取引できるようになり、国全体の死亡率を下げた。
生ける英雄、現世へ舞い降りた女神であった。
デニッシュが崩御し、血の繋がりのないピーナッツが王となった今でも、皇太后としてジュエルの影響力は大きい。
2
「少し疲れたわね」
ジュエルは学生時代の推しであるフラワーを思い出す。
フラワーは東の海ウェンリーゼ領の男爵家の娘だった。ジュエルよりも三つ上の学年で、デニッシュの初恋の人であり、学園のマドンナだった。かくいうジュエルの憧れの人であり、本人に秘密裏に【ファンクラブ】が出来ていた。その会長がジュエルであった。ジュエルは当時、序列一位のであるダイヤモンド公爵家のコネを最大限に使用した手に入れたフラワーの姿絵を大事にしている。
ジュエルの実家であるダイヤモンド公爵家は、グルドニア王国の神殿を統括する家門である。その気概がある誇りある家紋は不正など許せない白い家紋であった。よく言えば、潔白、悪く言えば融通が利かない。ダイヤモンド公爵家はその気風から、公爵家でありながら質素倹約を旨としていた。つまり、ジュエルには自分で自由に使える資金がほとんどなかったのだ。
当時のグルドニア王国は今以上に貴族間の繋がりが強く。寄り親、寄子の関係、派閥が多岐にあった。そのためにか、学園入学前には爵位の低い貴族たちは寄り親によって、子の婚約や縁談を政治の道具の一つとしてコントロールされていた。そのために、多くの学生は既に婚約者が決まっており、学園生活での淡い恋物語を夢見ること叶わなかった。
そうなると、女学生の熱は同性に向いた。
なかでも、十歳から入学が許され五年間の寮生活が基本の学園では、初心な低学年が高学年の先輩に憧れを持つ、いわゆる古代語で『推し活』が流行った。
それは、あこがれの先輩の制服やドレスを真似てみたり、身に着けている装飾品や、匿名での贈り物、地方の特有の食べ物等、中には物書きや吟遊詩人を雇い、推しを主人公とした創作活動等、本人からしたら迷惑極まりないことなど多岐に渡った。ただ、推し達も大半が自分たちも通った道なので咎めることはなく。厳しくも優しい視線があった。
そして、小さきレディたちはずっと待っているのだ。憧れの推しから、お茶会にお誘い頂けるその時を……
ジュエル・ダイヤモンドの推しは、見る人を惹きつける青い瞳と、風になびくブロンドの髪に、瞳の色と同じ色の青い髪飾りが似合う女神……
東の辺境ウェンリーゼ男爵家のご令嬢、ラザアの祖母であるフラワー・ウェンリーゼだった。
3
ジュエルはいつものように、王宮奥の聖堂にて祈りを捧げていた。
「イタタタ、《回復》」
ジュエルは既に八十近い高齢であるが、大陸きっての《回復》の使い手である。回復系統の魔術を使う魔術師は総じて、肉体が常人と比較して若々しい傾向にある。
ジュエルの見た目も、五十代程度にしか見えない。
だが、そのジュエルでも千日の祈りで随時、同一姿勢を維持するのは困難で慢性的な肩こりと、腰痛に悩まされていた。
ピルルルルルルル
ジュエルのネックレスからけたたましい音が鳴った。
ジュエルは祈りを中断して、ネックレスを杯に入れて、水を注ぐ。すると、杯の水面に一人の女性の姿が映し出された。
「ご無沙汰しておりました。ジュエル様。我が主よ」
マロンが水面越しに、ジュエルに臣下の礼を取った。
「久しぶりね。お姉ちゃん」
ジュエルがニコリと笑った。
マロンは、先々代ダイヤモンド公爵当主の平民との隠し子であり、幼少期から十年ジュエルに仕えた従女であった。ちなみに、このことを現在知るのは、ごく僅かである。
「千日の祈りを妨げた無礼、お詫び申し上げます。しかし、緊急事態であります。今、ウェンリーゼは、ラザア様をお助け下さい」
ピクリ
ジュエルが分かりやすく反応した。
現在、ジュエルは外界からの情報を得る手段がなかった。マロンがウェンリーゼで起きた海王神祭典のあらましを伝える。さらには、身重のラザアに対する王都での召喚命令に伝える。
「ああああああああああぁぁぁぁ!」
ガチャン、バリン、ガラァン
ジュエルは怒り狂った。
ジュエルは勢いで、女神像を数体破壊した。
ジュエルは勢いで、デニッシュの像を破壊した。
ジュエルは勢いでデニッシュと、フィナンシェとゼリーの十字架を破壊した。
ジュエルはラザアの祖母フラワー、母エミリアの推し活をしまくった。
フラワーに関していえば、自身の青春全てを懸けて『青い怪鳥フェリーチェ』の羽から作った『聖女のドレス』を一から作ったほどである。
神獣の羽と、貴重な素材を惜しみ無く使用したそのドレスの価値は、一国を傾けるほどの価値あるものだった。
だが、フラワーは逝ってしまった。
その後、デニッシュの粋な計らいで、フラワーの娘であるエミリア(ギンの双子の姉)と出会うことができた。
神々のお導きと感謝した。
しかし、エミリアも逝ってしまった。
幼いラザアを、ファンであるジュエルを残して……
ジュエルは考えた。
もしかしたら、ジュエル自身が何か悪いものを引き寄せて、大切なものを奪っていくのではないかと。
ジュエルは、ラザアにも会いたかった。
目一杯の推し活をしたかった。
課金したかった。
だが、ジュエルはその溢れんばかりの想いを押し殺していたのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「ジュエル様、落ち着かれましたでしょうか」
マロンが動じずにジュエルの呼吸を気遣う。
「はぁ、はぁ、はぁ、ラザアちゃん、いえ、ラザア様は今、大丈夫なんでしょうねえ! 」
「ご無事でございます。ですが、主治医であったハンチング様のご子息ジョー様が戦死。さらには、ボールマン様がお亡くなりになり、いつもお側にいた機械人形ユーズレス様はスクラップ、さぞかしお心細いと存じます」
「ああああぁぁぁぁ、ストレスに、ラザア様のおストレスにぃぁぁぁぁぁぁ」
ジュエルはこの瞬間に、王宮を破壊しようと思考した。
厄災である神獣、怪鳥フェリーチェを従えしジュエルにとっては、造作もないことであろう。
そうなれば査問会どころの話ではない。
「ジュエル様! これはチャンスであります」
ピクリ、ジュエルが悪魔の囁きを聞いた。
「チャス、チャス、チャンス? 王宮、グルドニア、全部、壊す、粉々」
ジュエルは精神が、結構イッている。
「聖女であるジュエル様以外、誰が、ラザア様の御子をおとりになるのでしょうか」
ジュエルの顔から怒気が消えた。
マロンの一言で、グルドニア王国は助かった。
今日も読んで頂きありがとうございます。