12 気高きものよ
1
「《生命讃歌》」
木人が《転移》しながら戦闘の最中に蒔いた種を核として、部屋中に草木が生い茂る。
大樹や、蔦、蔓、葉、様々な地上の植物が急速に成長する。
「お縄を頂戴するよ! 」
木人が白杖を剣帝に向ける。
ニュル、ニュル、ニュル、ニュル
部屋中の植物が剣帝に向かって、伸びてくる。まるで、植物による雪崩である。
アーモンドにラギサキ、フェンズも木人の勝利を確信した。
「勝った! 」
木人がフラグを立てた。
剣帝は絶剣に意識を集中させるように、蒼い瞳を閉じた。
ピチャン
部屋全体を、水面のような静かなプレッシャーが雫を落とした。
剣帝が目を見開いた。
キャハハハハハハハハハハハ
それは、世界が止まったかのような出来事だった。
「元つ月(一月)」
高速の一閃……
「気更月(二月)」
一閃から返しの二閃……
「弥生(三月)」
三日月の軌跡を描くような月の振り……
「卯ノ花月(四月)」
三日月より力強く踏み込まれた剛の太刀筋……
「水の月(六月)」
水面をなぞるような美しい水平の軌跡……
「文披月(七月)」
七夕のように七色に変化する自由な剣は誰に捉われることもなく……
「葉落ち月(八月)」
木々の葉を裂くような柔らかい剣筋は美しく……
「夜長月(九月)」
下段からの高速の一閃は見るもの全ての意識の外から……
「雷無月(十月)」
音をすら消える急所を狙う突きは静かに正確に……
「霜月(十一月)」
霜が降ったような冷たさを感じる剣は振らずとも全てを冷やす……
剣帝が絶剣と《生命讃歌》による木々を通り抜けた後には……
四散した草木と
「がふぅ」
血を吐き、地面に佇んでいる木人がいた。
消えゆく魔法が、剣帝と絶剣を照らす。その刀身は黄金すら霞むほどに美しく輝いている。
2
「ずるいねぇ。こっちは禁忌まで犯したんだけどねぇ」
木人が血を吐きながらいう。
どうやら、木人の吐血は制約によるもののようだ。
剣帝が歩を進める。
絶剣が振られようとしている。
剣帝が何故か哀しい顔をしている。
「あんたにだったら、本望だねぇ」
木人が目を閉じた。
キャハハハハハハハハハハハ
剣帝が絶剣を振った。
ガギィン
『あらぁん、重いわねぇん! 踏ん張りなさいよ!マルチ』
『今だかつてない、斬撃です。対象の脅威判定が修正されました』
フェンズがマルチで剣帝の攻撃を防ぐ。
「がああああ! 《獣化変化》」
ラギサキが爪牙を光らせ獣となり、剣帝に迫る。
剣帝がラギサキの爪牙を躱す。
「《強奪》」
アーモンドの《強奪》が大きな手となり、体勢が崩れた剣帝を覆う。
キャハハハハハハハハハハハ
剣帝は《強奪》を切り裂きながら、距離を取った。
「やめな! あんた達の勝てる相手じゃないよ! 今すぐに、部屋からでるんだよ! インヘリットがまだ、完全に迷宮主となっていないうちに! 」
木人がさっさと逃げろという。
フェンズはマルチを構え、ラギサキも警戒を解かさない。
アーモンドが木人に寄り添い言った。
「木人殿、あなたの言葉をそのまま返そう。どうして、死にたがっているんだい」
アーモンドが木人の瞳を覗いた。
3
「なんだって、がふぅ」
木人が血を吐く。
「こんなのはただの茶番だ。木人殿、貴方の攻撃は素晴らしかった。正直、見惚れました。ですが、貴方の攻撃には全て殺気が感じられない。相手を無力化する拘束系の魔術ばかり、使っているのがいい証拠だ」
アーモンドはこと戦闘に関しては鋭いところをつく。
「あんたに、何が、がふぅ」
「木人殿、貴方は命を懸けて何を望む。何を守りたいんだ。私には貴方が、死にたがっているようにしか見えない。そして、なぜあの騎士は泣いている」
木人が剣帝を見る。
剣帝の蒼い瞳からは雫石が流れていた。
「インヘリット……」
木人が剣帝の名を呼ぶ。
「木人殿、貴方は私に聞いた。死にたがっているとな。私は、きっと憧れていたんだと思う。名誉を遂げた義父に、師匠に、皆に、そして……ハイケンとユーズに、騎士の本懐として伝説となった彼らを羨ましいと思ったのだろう。おとぎ話に語られるような英雄として」
「……ご主人様」
『アーモンドちゃん』
「貴方のいうように、嫉妬だ。何故、私は生き残ったのだろう。ただ、意識を朦朧として、砂となったセカンドとセールに助けられ、たまたま剣を振っただけのラッキー野郎だ。贅沢かもしれない、死んでいった皆に申し訳ないかも、しれない。しかし、私は一番に守るべきものとの約束も守れずに生き延びてしまった、間抜けだ」
「何が、いいたいんだい、坊や」
アーモンドが木人を真っ直ぐに見る。
「今の貴方の目はマヌケだ。私以上にな」
「……」
木人が黙った。木人がアーモンドに気圧された。
「私は、でも、マヌケでも……生きていたい。欲深き人種だった。それに気付いたんだ。生きていたい、皆に罵られようが、泥水を啜ろうが生きていたい。そして、ラザアとお腹の子に会いたい」
「……」
「木人殿、貴方はどうだ。何でもいい生きる理由がないか……待ってくれている人はいないか。好きな食べ物はないか。欲しいものは。やりたいこと、見たいもの、何かあるかあるだろう! 生きていたいと思う何かが!」
「……パイ」
「……パイ? 」
「酸っぱいねぇ、林檎があるんだよ。そのままじゃあ食べたもんじゃないけどねぇ。アップルパイにすると、不思議と旨いんだよ……私は料理は、とびっきり下手なんだけど、美味い、美味いと食べてくれた奴がいたねぇ」
木人が剣帝を見た。
ラギサキとフェンズが警戒していたせいかは分からないが、剣帝は攻撃を仕掛けて来なかった。
むしろ、二人の会話に耳を澄ませているように見えた。
「そうか、ラザアは果物が好きなんだアーモンドよりね《強奪》」
「……お前さん、何を」
アーモンドが《強奪》で木人の呪いを喰らった。
その所作はまるで涙を拭くように紳士的であった。
すると不思議なことが起きた。
海王神祭典より、スマートな体系であったアーモンドが再び豚のような見た目になってしまった。
「あんた! 何をバカな。苦しくない……《鑑定》」
木人がアーモンドに《鑑定》をかけた。
アーモンドには竜の血により祓われた《不運》が、再び読み取れた。
「やはり、この姿がしっくりくるな。礼をいう木人殿」
「「「ニャー、にゃん、ニャース」」」
ブーツの中の猫達が流石だにゃという。
「ついでにこの勝負、アーモンド・ウェンリーゼが貰い受ける」
銀狼の牙が戻った。
「アーモンドより果物のほうが好きだけど」はラザアとアーモンドの初めての出会いのセリフです。
第一部 未完のパラディンより。
今日も読んで頂きありがとうございます。