6 黄色の衣を纏いし王
1
十一階から二十階層を通称、告解階層という。
出てくる魔獣はローブを羽織った骸骨で、影骨と言われている。特徴として精神系魔術《告解》を発現する。術の発動条件としては、相手に影を踏まれることが魔術の発動条件であり過去の行動を自身の影に告解される。他人にはその囁きは聴こえない。
また、個体ごとに武器を持っており、連携してくると非常に厄介である。
パンドラの迷宮は、基本的に一階層~三階層は一個体。
四階層~六階層は三個体まで。
七階層以降は最大で十個体まで魔獣が出現する。
更には、二十階層の主部屋は過去に一度だけ、特殊個体が出現した記録がある。
数千年たった今でもその条件は誰にも分からない。
2
十七階層
「前方、七体確認! 」
ラギサキが警戒を促し、四足歩行となりジグザグに駆け出す。
『アーモンドちゃん! 』
フェンズが直進して後を追う。
「我は練る練る……」
アーモンドは立ち止まり魔力を練り上げる。
ガシャン
フェンズが背部にある大楯から武器を取り出す。
〖マルチ〗
〖種類〗 自立型可変式大楯(初期型外部補助電脳)
〖効果とストーリー〗
支援機構を搭載した大楯、普段はフェンズが背部に装備されている。多数の武器が収納されており、その日のフェンズの気分や状況に応じてマルチが選ぶ。マルチ自身の性格は、フェンズの双子の兄レングのように真面目である。
容量は大きくないが四次元の効果もあり、荷物の収納が可能。
フェンズが大斧を選択する。
既にラギサキが弓使いの影骨に接近して、鋭い爪で切り裂く。
反応しきれていない影骨の集団に向かってフェンズの大斧が振られる。
盾持ちの影骨が防御しようとするが、盾ごと真っ二つにされた。
『盾の扱いが雑ねぇん』
フェンズの大斧の圧で集団が分断された。
ラギサキが続けて脅威であろう杖持ちを引きちぎる。これで、アーモンドに対しての遠距離攻撃は潰した。
残り四体となる。
フェンズが影骨に影を踏まれた。《告解》が発現するかと思われたが。
『ごめんなさいね。機械だから精神系はほとんど効かないのよん』
大斧が容赦なく影骨を屠った。
「二人とも下がれ! 《強奪》」
アーモンドの右腕から、大きな影のような手が伸び、三体の影骨を覆った。
三体は魔力を抜かれ動きが止まる。
「《銀狼》、《銀狼》、《銀狼》」
アーモンドが、影骨から《強奪》した魔力を置換して無属性魔術を放つ。銀に輝く炎が影骨に着弾した。
三体は跡形もなく消し飛んだ。
3
影骨からは、魔石と武器がそれぞれドロップした。
「流石です。ご主人様! 」
『魔術の発現が少しだけど、早くなってるわねぇん。やっぱり、実戦に勝るものはないわねぇん』
「ああ、だがやはり《強奪》に時間がかかりすぎている。二人が魔獣を引き受けていてくれるから、魔力制御に集中できるが、ソロでは厳しいな」
アーモンドが右腕を見ながらいう。
このパーティーは正直にいえばバランスが悪かった。タイプは違えど、三人とも典型的な前衛タイプなのだ。
獣人のラギサキは、索敵で敵を見つけ、白猫獣人特有の高速戦闘で爪や牙で先制する。
フェンズは《防御》を司る機械人形でタンクの役割を担うが、本人曰く、攻撃のほうが好きなようで、武器を使った臨機応変な幅広い戦闘技術をダウンロードしている。
アーモンドは近接戦闘を得意とする騎士であり、独自魔術《騎霧》、《強奪》、《銀狼》、《生命置換》を発現できる。
だが、アーモンドは海王神祭典により左腕を失ったことで、重心移動が上手くいかずに得意の剣を思うように振れなかった。
低階層の魔猿では、弱すぎて分からなかったが、影骨に対しての重心移動を十分に入れた芯のある剣を振れなかった。
剣を振るには振れるのだが、アーモンドの感覚にズレが生じた。それでも、単体での影骨には問題ないのだが、集団戦となると感覚のズレがより酷くなり、味方を巻き込む恐れもあるため後衛に下がった。
普段であれば、それでも引かないアーモンドであったが迷宮探索においては個人より、パーティーが優先される。
アーモンドは魔術を発現できる。だが、アーモンドの使える魔術は、一般的な魔術師と比べると少々毛色が違った。
《騎霧》はアーモンドが初めて覚えた独自魔術であり、自身の魔力を相手に流して内側から破壊する魔術である。魔力を流すのに対象に触れる必要があり、アーモンドの魔力制御では自身の細胞も傷付けてしまう、いわば自爆技に近い。
《強奪》はこれも《騎霧》同様に対象に触れる必要がある。触れた相手の魔力や体力を奪う魔法である。
ただ、フェンズがいうには、昔アートレイも《強奪》を使っていたようで、その時に記録した《強奪》は大きな漆黒手を発現して、相手を闇に飲み込んでいたという。フェンズ曰く、魔術よりは魔法に分類されるのではないかとのことだった。
《銀狼》は、無属性の魔力の塊を放つ魔術である。アーモンドの独自魔術で放った際に、銀の美しい魔力粒子が見えることから《銀狼》と名付けた。
ただ、この魔術は自身の魔力を練り放つことは難しく、《強奪》によって奪った対象の魔力を置換して放つ魔術である。そのため、威力は《強奪》で奪った相手の魔力量に依存する。
ラザア曰く「普通だったら相手の魔力を置換するほうが難しいんだけど」と呆れられていた。
リーセルスは「流石は、アーモンド様。膨大な魔力が全く役に立ってない魔術ですね」と的を得た嫌みを言われた。
『まぁ、でも、自前の魔力使わないなんて、コスパ最高じゃない』
「しかし、《銀狼》は先制には向かないな。確かに、遠距離攻撃の選択肢が増えるのはありがたいが、《強奪》で弱りきった相手に止めだけ刺すなんて少し気が引けるな」
「ラギサキは、ご主人様の、その精神に感服致しました」
『アーモンドちゃんのいう。騎士道には、ちょっとあれだけど、案外、理に敵った組み合わせよ。踏み倒さないで、ちゃーんと返してるし問題ないわ』
フェンズがまるでアーモンドをアコギな金貸しのようにいう。
《強奪》も初めは相手に触れないと発現が難しかった。だが、多少の時間はかかるが今では、右腕から影をイメージして二十~四十メートル程度では伸ばすことが出来るようになった。
アーモンド自身、ライドレーの魔石から《強奪》した竜なる気と。
シーランドを討伐したことによる膨大な存在の力。
そして、二つの力を餌にして覚醒した自身の根源たる力。
アーモンドは、それぞれの混ざりあった力を上手く扱えず、もて余している。
「ふぅ、やはり難しいな。剣術ばかりだったのが悔やまれる」
「ご主人様、思い立ったが吉日であります」
『アーモンドちゃんも、デニッシュちゃんと一緒で器用じゃ無さそうだからねぇん』
だが、フェンズは知っている。
アートレイ然り。
デニッシュ然り。
かつてフェンズが記録したグルドニアの狼達は、牙が抜かれた後もほんの少し目を離した隙に、鋭い牙や爪を生やしてくるのだ。
まるで、腹が膨れない血に飢えた獣のように。
「天才のリーセルスが、羨ましい」
「リーセルスは天才じゃなくて、顔がいいだけの器用貧乏です」
ここにいないリーセルスにラギサキが嫉妬する。
『ふふふ、次の階層の階段が見えたわ。ちょっと休憩にしましょう』
アーモンドとラギサキは、階段に腰かけてフェンズが四次元から出したバナナを食べる。
温かい気候のジャンクランドの特産だそうだ。
アーモンドとラギサキは遠慮しないで三本ずつ食べた。
フェンズが『あまり食べるとお腹緩くなるわよん』といった。
「このような美味なる果物は初めてだ。これが噂に名高い果物の王、バナナンか! まるで何かの魔獣のような名前だな」
「アーモンド様、バナナンではなく、バナナーンです」
「そうか! 確かにバナナンより、バナナーンのほうが強そうだ。さぞや高名な騎士が発見した果物なのだろう。このバナナーンは! 」
二人とも残念ながら、古代語が弱いようだ。
『アーモンドちゃん、ラギサキちゃん』
「「なんだ? 」」
二人はバナナーンを頬張りながらいう。
『二人ともずっと、そのままでいてねぇん』
フェンズは、二人に四本目のバナナーンをサービスした。
二人は「夕飯は肉がいい」といった。
十八階層の攻略が始まった。




