5 おねいさん
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『聖なる騎士ねぇ。暴炎竜バルドランドを倒した初代剣帝双子の騎士。賢き竜ライドレーを屠り、喰らった神の子アートレイ・グルドニア。海王神シーランドからウェンリーゼを救った英雄アーモンドちゃん。私が知る中では、竜殺しの聖なる騎士はこの三人だけよん』
フェンズがアーモンドにいう。
「ウェンリーゼを救った英雄ですか、大層な肩書きだ」
『今や大陸で、アーモンドちゃんを知らない人はいないわ。最後に竜が倒されたのは約五百年前だからねん。教会の名義上で、聖なる騎士を名乗ることを許された騎士はいたけどねん。名誉職みたいなだしねぇ。竜種に近しい竜殺しはいたけど、正真正銘の竜殺しはアーモンドちゃん以外に、今はいないわ』
フェンズがアーモンドに聖なる騎士とはそれだけの功績であるという。
パチパチパチパチ
薪が相づちを打つかのように燃える。
『何で自分は生き残ってしまったのだろう……そんな顔してるわねぇん』
「……正直いって、私はたまたまシーランドの首を斬っただけ。いや、意識も朦朧としていて自分が斬ったというより見えない何かに導かれただけのような気がする……」
カタリ
アーモンドが、ギンの相棒である絶剣を見る。形式上、アーモンドが所有しているが実のところ、海王神祭典から何故か鞘から刀身を抜くことが出来なかった。
それはまるで、絶剣がアーモンドを主として認めていないようにだった。
『双子の騎士の二振り、絶剣。三度、竜を屠りし剣ねぇん。確か、巡剣はデニッシュちゃんが持ってたわね』
「お祖父様を御存じで」
『若い子達は、穏やかな賢王しか知らないだろうけど、剣王デニッシュ、アートレイの再来と言われていたわん』
フェンズが懐かしむようにいう。
「アートレイの再来か、王族の最底辺と言われていた私とは、大違いだ」
『シーランドを倒したアーモンドちゃんの存在の力は、全盛期のデニッシュちゃんより上よ。竜種や迷宮主って本来、数十~百人規模で討伐するから、存在の力が分散しちゃうのよねん。今回、アーモンドちゃんと、リーセルスちゃんにラザア様の三人が戦闘で生き残った。特にアーモンドちゃんは、ライドレーの魔石を喰らって、シーランドに止めを刺して、新鮮な竜の血も浴びてるから存在の格としては人種の域を超えてるわん。正直、今は片腕になってバランスが感覚がとれてないから、剣もちょっと微妙だし、魔術も竜の気が邪魔して上手く練りきれてないけど、一皮向ければそれこそ厄災級よん』
フェンズが忖度せずにアーモンドを評価する。
「片腕になったことは後悔していない。むしろ、ハイケンに感謝しているくらいだ」
『アーモンドちゃんのそういうところ、男らしくて好きよん。アーモンドちゃんにシーランドの存在の力が流れた。それは、神々がアーモンドちゃんをお認めになられた証拠よ。ライドレーの魔石を受け入れることも、常人では考えられない痛みがあったはず、あなたはもっと自分に自信を持っていいわ。あなたが自分を卑下することは、散っていった英雄達も望んでいないわ』
フェンズが『一杯だけどう? 』と葡萄酒を差し出す。
アーモンドが「ありがとう」と葡萄酒を一口あおる。
アーモンドの乾いた身体に、フェンズの言葉とともに、葡萄酒が染み渡っていく。
『私には、ニンゲンの死について理解は出来ないけど、皆、納得、満足、死ぬまで精一杯生きたんじゃないかしら、儚くも強きもの達、古代語でもののふとでもいうのかしらね』
「もののふか、私も皆のようになれるだろうか」
『その前に、もう少し父親の自覚を持ったほうがいいわん。もう、あなた一人の命ではないのだからねぇん。だいたい、本来なら迷宮攻略に来てる場合でもないだからぁん。オトウサン』
「うっ! 耳が痛いな……」
アーモンドの耳が多少赤くなっている。葡萄酒のせいであろうか。
『でもね。聖なる騎士より強い存在がいるわ』
「それは誰だ」
『母は子のためなら世界で一番強しよん。アーモンドちゃんよりもねん』
「ふっ、ハッハッハ! 確かにフェンズ殿のいう通りだな」
『何回もいうけど、フェンズでいわよん』
「私もアーモンドでいいが」
『ちゃん付けは、護衛対象に対する特性みたいものだから、気にしないでん』
「そうか。少し身体がほぐれたせいか、ウトウトしてきた。もう寝ることにする」
『おやすみなさい。アーモンドちゃん』
「おやすみ。フェンズ」
アーモンドも寝た。
海王神祭典が終わってから、上手く寝ることが出来なかったアーモンドであったが、迷宮の野宿であるにも関わらず、安心して寝ることが出来た。
『ホウ、ホウ』
フェンズは守りのまじないをした。
それが効果があるかは、分からない。
迷宮の中では何があるか分からない。
だが、怖いものが来ないように。
迷える狼が、少しでも安らかに身体を休めることが出来るように。
フェンズのエメラルド色の瞳が優しく点滅した。




