3 魔女のお節介
1
パンドラの迷宮攻略メンバーを決めかねていた時に、人工魔石製作炉二号機のメンテナンスを終えた巨帝ボンドがやってきた。
巨帝ボンドは、「修理ならばこのボンド様に任せろ」と息巻いていたが、いざ《接合》を行ったがハイケンとユーズレスを修理することは出来なかった。
ハイケンは頭部だけで主電脳は残っていたが肝心の核となるブラックボックスが無かったため修理不可能だった。
ユーズレスはその気になれば他のパーツと《接合》は可能らしかったが、電脳とブラックボックスが反応しなかった。
「難しいとは思ったけど、あんた肝心な時はダメだねぇ」
「キャン、キャン」
木人とホクトがいった。
巨帝ボンドは「なら、俺がパンドラの迷宮を踏破してやる! 最速でなぁ! 」と役に立つところをアピールしようとした。
「ボンド様、残念でありますがグルドニア王国より、許可なくエアマスター(大型飛空艇)で国境を跨いだ件について、苦情が来ております」
「……嘘……だって、王都に発光信号送ったよね」
「通常ならばそれで問題ありませんが、ボンド様は国際社会では厄災に指定されております。自国での行動制限はありませんが、国を跨ぐ最には……条約で、申し訳ありません。エアマスターを起動させたので、てっきりボールマン様が、グルドニア王都から正式な手続きが成されていたものと……」
宰相レングが今でさえ不法侵入ですとボンドにいう。
「あっ……そうだったけ……」
ボンドはレングに連れられてジャンクランドにすぐさま戻った。
その後、正式にグルドニア王国王都に弁明しに行くとのことだ。
「はぁー、あの王様は、ほんっとうに口ばっかりで役に立たないねぇ」
「キャン、キャン」
「フェンズ、いるかい」
「はぁい! 木人様」
ジャンクランド防衛大臣フェンズが木人に返事をする。
「久しぶりに里帰りしてきたらどうだい」
「あらぁん。いいのかしらぁん」
「ボンドよりあんたの方が適任だよ。あの馬鹿は手加減できないからねぇ。迷宮がメチャクチャになっちまうさぁ」
「それも、そうよねぇん。ウェンリーゼの警備は親衛隊に任せて久しぶりに羽を伸ばそうかしらぁん」
「しかし、フェンズ殿。ジャンクランドの要人に甘えるわけには行きませんわ」
ラザアが領主としてそれはいけないという。
「気にしなくていいわよぉん。ラザア様、いい忘れたけど、私とレングはユーズとハイケンとは兄弟みたいなものなのよ。お姉ちゃんが弟を直したいのって当たり前じゃないのう」
フェンズはエメラルド色の瞳を点滅させた。
「王子様やい、傷の具合はどうだい? 」
「木人殿の薬のおかげもあって芯にあった疲れも癒えたようだ」
「そうかい。左腕はすまないけど私でも無理さね」
「いや、お心遣い感謝する。迷宮攻略ならば、私が行こう。このメンツでは私が一番手が空いているようだしな」
「ふーん、手が空いてるねぇ」
「なにか」
木人がアーモンドの瞳を覗く。
今の木人の見た目は三十代の淑女である。お世辞ではなく外見も年齢にあった美しさと慎ましさが感じられる。
ラザアの前であってもアーモンドは妙齢な淑女の瞳にたじろいだ。
「あんた、なんでそんなに死にたがってるんだい」
「えっ! 」
「……」
木人の一言に会議室が凍りついた。
アーモンドは苦笑いをして、ラザアは言葉を失った。
2
「木人殿、いったい何を……」
「手が空いたから、迷宮攻略に行くだって、父親になろうって奴が何をすっとぼけたことをおいいだい」
「それは、言葉のあやであって」
木人の目が細くなる。
「パンドラの迷宮は最古の昔からある迷宮さね。今まで迷宮を攻略出来たのは数えるほどしかいない。それだけ、攻略難易度も高い。だから、無用な死人が出ないように、ウェンリーゼの当主が館を建てて封印したんだよ」
「だが、元帥閣下たちは攻略した」
「ああ、そうだね。命を賭けてね。当時のことは詳細は分からないけど、おそらく死人もいただろう」
木人がアルパインを見る。
アルパインの表情は険しい。
アルパインはきっと当時のことで苦い思い出があるのだろう。
「いいかい、坊や。あんたは今、心は何処にあるんだい。宙ぶらりんじゃないかい」
「……そんなことは」
「……瞳は嘘をつかないよ。あんた自分が生き残って申し訳ないとでも思っているのかい。いや、嫉妬かねぇ、華々しく散っていった騎士達を……羨ましく思っている。はぁー、ドス黒いね。いや、そんなカッコいいもんじゃないねぇ、中二病かねぇ」
「何をバカなことを! 」
アーモンドが円卓にあった杯の水を飲む。杯からしぶきが、円卓を濡らす。
「竜殺しの聖なる騎士、自分はなりたいものになれた気分はどうだい? あんたの気持ちをいってやるよ。最悪だろうねぇ。飲んでも飲んでも酔えない気分さねぇ、泣きたくて泣けない。感情の渦がるつぼとなって行き場を無くしちまってるねぇ。パンドラの迷宮はね、そんなんで、片手間みたいに行く場所じゃないよ! ああ、すまないねぇ。片手しかなかったかねぇ」
ザッ
影のように控えていたサンタとクロウがヌルリと現れて木人に襲い掛かろうとした。アーモンドの親衛隊として、木人の態度は看過できなかったのだろう。
「止めろ! サンタ! クロウ! 」
リーセルスの声よりも二人のナイフが速い。
「キャン、キャン」
ホクトが鳴いた。
「「……! 」」
すると二人は足が棒のように動かなくなった。
「いいねぇ! 若いのはご主人様よりよっぽど活きがいいじゃないかい」
「キャン! 」
二人は床に尻餅をつく。
「木人殿、私に喧嘩を売るのは構わない。だが、私の回りのものに危害は加えないで頂きたい」
ガタガタガタガタ
アーモンドから竜なる気が溢れる。深紅の瞳が発現する。
「おや、おや、いい顔になったじゃないかい。さっきの百倍は色男さねぇ」
パァン
フェンズが両手を叩く。
「もう、木人様ったら気に入った子に意地悪するのは悪い癖だワァン。大丈夫よ。アーモンドちゃんはちゃあんと私が《防御》するから、木人様も素直に心配してるっていえばいいのにぃん。大丈夫よ。アーモンドちゃん、大丈夫よ。ここには怖いものはいないわ。だから、皆が怖がっちゃうからその物騒な気を閉まってくれるかしらん」
「! 」
アーモンドが周りを見る。皆がアーモンドの竜なる気に当てられて息苦しそうにしている。
「王子様や、パンドラの迷宮に行くのは止めないよ。ただし、よっくど考えなねぇ。お前さんが、いったい何者なのかをねぇ。なりたいものをねぇ」
「キャン、キャン」
木人は「酒が欲しい」と部屋から出ていった。
ラザアやアルパインを始めとした一同は思った。アーモンドから溢れた魔力を目の前にして、何事もないように振る舞っていた木人は一体何者なのだと。
シーランドと同等の厄災であるボンドを、子供のように扱う淑女を。
そして、彼女の人を惹き付けるその挙動の一つ一つの、彼女の底が見えない存在を、一同は厄災とはまた違った怖さをジワジワと感じていた。
ちなみに、会議が終わろうとした頃に扉から警備を押し退けて「ご主人さまー! ラギサキがシーランド討伐の加勢に参りました」とやってきた。
後で聞いた話ではラギサキは、海王神祭典の話を聞いて、獣国から三日三晩走り抜け加勢にきたとのことだった。
リーセルスが「アーモンド様がとっくに討伐されました」といった。
白猫獣人のラギサキは目をキラキラさせて「流石わ! 我が主であります。以前よりさらに強者の匂いが致します」と尻尾をブンブンさせ、アーモンドを尊敬の眼差しで見ていた。
「にゃー、にゃん、ニャース」
アーモンドのブーツの中の猫達もラギサキに同意した。
会議室は最後に少しだけ和んだ。
今日も読んで頂きありがとうございます。
ラギサキは第一部「閑話休題 西の姫君」に登場した白猫獣人です。設定上はホーリーナイトの兄にあたります。




