デスサイズとハイケンの願い
1
海王神シーランド
〖女神の眷属〗、〖海蛇の王〗、〖永遠の脊椎〗、〖青い瞳の厄災〗数えればキリがない逸話と伝承があり、かつて水の姫巫女とともに海の迷える魂を天上の神々もとへ還したといわれている。
その実態は、体長はガレオン級の戦艦を越える八十~百メートル級とされ頭部から尾までは数十はあるであろう脊椎関節を持ちその多関節は様々な角度からの体全体を使った尾の重みのある一撃は海を割り、空を切るといわれている。
また、頭部には二メートルはある一本角が生えており〖海のグングニル〗といわれ如何なるものをも貫き、鮫の歯を深く鋭くしたノコギリのような歯で噛みつかれた獲物は決して逃れることは出来ない。
シーランドの息吹は、数十トンの高圧の水を発し上級魔法以上の威力からは圧死は免れないであろう。前足は長さはないが、四本の爪は非常に鋭く業物の剣と遜色ない鋭さだ。
 
この怪物は海の上では無敵なのだ
ウェンリーゼ東部沿岸
人工魔石生成炉二号機より北に一キロ付近
「以上、海王神シーランドの特徴の一部の報告を終了致します」
「ようは、とんでもない化け物ってことか」
魔導技師で最年長のベンがいう。
「余談ですが、それに加えて魔術による水系統《水球》、《散水》、《水月》と初級、中級、上級クラスの術を使います。きっと王宮魔術師三桁はくだらない魔力保有量でしょうね」
ランベルトはなかなかに絶望的なことをいう。
「「「………」」」
モブたちは既に【お通夜】だ。
死神は【斎場】を手配している。
「さらには、《地震》と《津波》のおまけ付きか…」
ボールマンは顎髭を撫でながらいう。考え事をしているときのボールマンの昔からの癖だ。
「けっ、なんにしてもやるしかねーんだろうが」
自警団団長のクロは、残った片目を光らせる。いい年して、血の気が多くて困る。
「ハイケン」
「了解致しました。
現在、海王神シーランドは、ここから北東沖に約四キロ地点にて、厄災魔法《地震》を二回発生させおり、大型船による魔導砲による攻撃は、命中が難しいと思われます。それにより、通常の軍による戦術では勝率が極端に低いでしょう。作戦の一部の報告を終了致します」
「ようは何がいいたいんだ」
クロは、ややこしいことは限界だ。
本当に自警団なのだろうか。
「ハイケン、簡潔に頼む」
「了解致しました。
皆様には、囮役として皆様の得意な水上【ゼロヨン】+【ワン】をやって頂きます」
2
「海王神シーランドを、浅瀬まで誘導して頂きたいのです。その際に岸から約四キロ地点にいる海王神シーランドを八名の方々で注意を分散させて対象を引き付けます。一人当たり五百メートルをノルマと致します。
作戦の一部の報告を終了致します」
ハイケンは、機械的にいう。
「ここら一帯に杭と浅瀬には【海上ブイ】に誘き寄せる。この二つには、ベンとシロ、それにレツの合作である。魔導結界が発動する仕組みだ」
ボールマンの満足そうな顔に付与術師のシロと鍛冶屋のレツは鼻高々だ。
ベンは今日もどっしりと構えている。
役者が違うようだ。
「そこで、私の特殊魔術《粘度》を使います。シーランドの動きを完全ではありませんが、足止め程度にはなるでしょう。もって数秒でしょうが」
ランベルトらしい実にしつこそうな魔術だ。
「ハイケン」
「了解致しました。
そこで、主のディックの杖による厄災級魔法《竜巻》を万全の体制で発動させます。
作戦の完結までの報告を終了致します」
ハイケンとボールマンは報告を終了する。
「一つ大事なことを確認しときたいのだがいいか」
ベンはボールマンとハイケンを見る。
「シーランドには鰭があるのか?」
「ハイケン」
「了解致しました。
ベン様の質問に御答えします。海王神シーランドの鰭は、背鰭と前脚、後脚にありいずれも爪に負けず劣らず鋭いと推察します。また、余談ではありますが魔術・魔法を発現の際に背鰭を青く発光する姿が目撃情報があります。
情報の一部の報告を終了致します」
ハイケンは機械的だが、リズム感が出てきた。機械人形の音声が浜風に乗る。
「そうか、安心した。最後に一つとても大事なことなんだが…」
ベンは、一層真剣な表情だ何かを覚悟したのだろう。
その眼光はクロとは比較にならないほど鋭い。
「その…鰭は鰭酒にできるのか?」
『…………!!』
「「「…………!!!」」」
浜風が止み。
ハイケンのリズムが止まる。
ベンの一撃は機械人形の人工知能に多大な負荷を与えた。
時の女神は降臨されていない筈だ。
 
 
ベンはどっしり構えている。やはり、役者が違うようだ。
武神と大神が鰭酒に釣られてやってきた。
神話の時代より、酒飲みには鰭酒はたまらんようだ。
「ハイケン」
ボールマンはこめかみを押さえる。
非常に頭が痛そうだ。ハイケンに全てを丸投げした。
「了解致しました。ベン様のご質問に私の精一杯をもって御答え致します。海王神シーランドは、大まかな分類としては、研究者の間でも紆余曲折はございますが、ドラゴン種に分類されるといわれております。また、背鰭には高濃度の魔力循環と貯蔵しております。人体に影響を及ぼさない範囲であれば、飲食は可能かと推察致します。
また、記述にはドラゴンの一部を食べた記録は、見つかりませんでしたが、グリドニア王国初代アートレイ・グリドニア様が賢き竜を倒したことから、推察の域を出ませんが、恐らく食したと仮定すると、伝説では人種ならざる力を手に入れたとのことから、人種の評価では、非常に美味であると推察致します。私の記録と演算の全てをかけた報告を終了致します」
ハイケンの時が再び動き始めた。ハイケンの演算能力は情報の向こう側を越えた。
ハイケンは、相も変わらず無表情だが満足そうな顔をしている。
「ふふ…」
誰かが笑う。
「ふふふ…ハハハ」
釣られて笑う。
「「「ハハハハハハ…」」」
皆が笑う。
「さすが、おやっさんだぜ」
クロが笑いながらいう。
「おやっさんにかかれば、ドラゴンも只の鰭酒だぜ」
モブたちも笑ってきた。
「それならば私は鰭酒に合う最高の【郷土料理】を創作しましょう!ドラゴンが食材なんて腕がなりますね」
ランベルトは、少年のように目を輝かせている。
「「「それは勘弁」」」
モブたちは息がピッタリだ。半世紀の【チームワーク】は伊達じゃない。
武神と大神は六級酒で酒盛を始めた。
だが、大神は禁酒の制約を思い出した。
大神は非常に残念そうだ。
「先代と親父達がよく飲んでたんだ…好きかどうか分からんかったが…」
ベンが深々と語る。
【認知症】だった訳ではなさそうだ。
「おやっさん…」
クロの片目に水分が溜まってきた。
「あぁ確かに父上は飲んでいたな、よく皆の親父殿たちとウェンリーゼの未来を語っていた」
ボールマンは、ベンとギンを見ながら先代達の思いにふける。
ベンは基本無口だが、このジジイは根っからの人たらしのようだ。
「先代達にとっては、私たちが未来だったのでしょうか」
ランベルトは、後ろを振り返る。皆もランベルトに習い彼の視線の先を追う。
そこには、大きな岩に名前が彫られていた。
それは石碑というには非常にお粗末な只の岩だ。
よく目を凝らしてみると、そこには辛うじて読める呪文のような字が彫られていた。きっと、【素人】作であろうそれを皆が見つめる。
一人は絶えることのない後悔を
一人はあの日、目に焼き付いた痛みを
一人は行く宛がなかったあの日々を
一人はとどまることを知らなかった涙を
一人はもう戻れないあの日のことを
一人は自分の手から零れていったものを
一人はただ立ち尽くすだけだったあの無力さを
一人は自分が今生きていることを
一人は声を枯らすほど唄った唄を
そして一人は海よりも深いウェンリーゼの愛を
波の音が聴こえる
風の音が聴こえる
父の声が聴こえる
母の声が聴こえる
友の声が、海が泣き、大地も釣られて泣き、天に重なる二つの月も美しく地上を見ている。
その輝きは美しい涙のようだった。
「最高に美味な鰭酒を供えんとな」
ボールマンがいう。彫られた字を懐かしむようにディックの杖を二回撫でた。
3
武神は、大神の目の前で遠慮なく飲んでいたが、その無骨で大きな岩の彫られた字を一つ一つ撫で【故郷の酒】を供えた。
神々が岩にお供えをする。
なんとも滑稽である。
しかし、世界の神々も大神も誰一人として、
武神を笑うものはいなかった。
機械人形ハイケンは、記録する。
後に記録を見たアルパインは、ウェンリーゼに二つ目の海ができるほど泣き腫らした。
武神と大神は、岩を背にして皆を眺める。
死神も珍しく、大神の横に座り岩から彫られた字の凹凸を感じ、ため息を漏らす。
そのため息からは、散っていったもの達から生きているもの達への願いが漏れた。そして、彼らが供えるであろう鰭酒を待つ。
その酒は、味覚のない最高の機械人形にすら美味というほどの酒なのだから…
 
 
死神も色々と思うところがあるのでしょうね。
次回は、閑話挟もうと思います。
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