プロローグ
新章スタートです。
1
海王神祭典から三日後のウェンリーゼ 領主邸会議室
「ラザアへ王宮への召喚命令だと! 何をふざけたことを! 」
アルパインが円卓を叩く。
元帥であったボールマン亡き今、海軍の最高司令はアルパイン少将である。
「海王神祭典で人工魔石製作炉二号機から溢れた濃度の濃い魔力粒子が風に流されて北西の王都近隣で影響を及ぼしたようです。軍部では今回のことを通称マナバーンといわれています」
リーセルスが概要を話す。
シーランドの《地震》によって炉が制御出来ずに、数分間であるが魔力粒子が溢れてしまった。アーモンドがディックの杖で《冷続》発現し爆発を防いだ。その後は、ジャンクランドの機械人形達が修理をしてくれたため現在は通常運転となっている。
「王都中の魔導具が誤作動を起こして、パニックになった事例が四桁。また、中規模迷宮が濃い魔力粒子に誘われて魔獣大行進が発生。魔獣大行進に関しては、第一王子であるナッツ様率いる近衛騎士と軍部の素早い対応で事なきを得たようですが、一歩間違えば王都は魔獣達に蹂躙されるところだったとの報告です」
リーセルスが報告書を読み上げる。
「そうか、王都に被害がなくて何よりだ。流石、ナッツ兄上だ」
片腕のアーモンドが頷く。
「馬鹿かぁ! 王都に被害が無かったのは確かに良かった! だがなぁ! 王宮の奴らは海王神祭典で助けに来なかった! クリムゾンレッドを発動したら、どんな状況であれ王宮より近衛騎士団が派遣されることになっている! なのに奴らはどうした! ただただ傍観していたんだ! ボールは、ランは、皆は王宮に殺されたんだぞ! 」
アルパインの目に涙が溜まる。モブ達を失ったアルパインの心はまだ整理出来ていないようだ。
パチパチパチパチパチパチ
「流石、叔父様ですわ。ちゃんと、クリムゾンレッドのことを知っていて偉いですわね」
上座に座っていたラザアがアルパインを褒める。
「ラザア様のおっしゃる通りです。貴方も、ラザア様を見習って少しは落ち着きなさいませ。貴方のダミ声は、ラザア様と私のお腹には響きます。胎教に非常に悪いですわ」
ラザアの一歩後ろに椅子に座っているメイド長が夫であるアルパインを宥める。
「確かにそれは間違いないねぇ」
「キャン、キャン」
賓客である木人と腕の中にいるホクトが鳴く。
「俺はただなぁ! お嬢の気持ちを」
「叔父様、いいえ、アルパイン少将。私を、ウェンリーゼを想う貴方の忠誠は嬉しいですわ。ですが、今は私怨は入りませんわ。まずは、今のウェンリーゼの状況整理と今後の対策が必要です。どう立ち回ればウェンリーゼの被害が少なく、利を得ることが出来るか……もう、お父様は、皆はいないのですから」
ラザアが指輪を撫でながら皆にいう。
「ラザア……」
アーモンドがラザアの背中に手をやる。
現在のウェンリーゼは先の海王神祭典で疲弊仕切っている。
正直なところ物的被害はほぼ皆無である。挨拶代わりの《地震》によって多少の家具や老人の転倒による被害はあったが大事にはなかった。
死亡者は十二名、スクラップ二体と神獣といわれたシーランド相手には、かつての海王神祭典による数万の死傷者や、家屋の損壊、《津波》による海水による土地の汚染や、魔獣の暴走等、比較するものではないかもしれないが被害は少ない。
だが、その死亡者が痛かった。
領主ボールマン、参謀ランベルト、自警団クロ、白い死神シロ、医術士ジョー、天才魔導技師ベン、漁師スイ、鍛冶屋レツ、大工ヒョウ、市長ギン、左利き、仕事無し、彼らはウェンリーゼを長年守ってきた守護者達でありボールマンの忠臣達だ。
更には領主邸の執事であるハイケン、ラザアの騎士ユーズレスはスクラップである。
「くそ! せめてハイケンかランかギンがいれば」
アルパインが弱気を見せる。
実際のところ海軍の指揮はアルパインでも取れる。むしろ、戦闘指揮は感覚派であるアルパインは不思議と無敗の将である。
だが、政務は頂けない。
アルパインは、どんぶり勘定過ぎて何度、花屋を経営不振にしているか分からない。
実際のところウェンリーゼの政務を担っていたのはハイケン、ランベルト、ギンであり最終決定をボールマンが行っていた。
現状でウェンリーゼの最高権力者はラザアである。
だが、王都での貴族達に太刀打ちできるかと言われれば、それはまた別の話である。
王宮から婿に来た第三王子アーモンドは王族としての格、竜討伐による単騎としての戦闘力は厄災クラスで大陸でも突起戦力であるが、アルパイン同様にそっちはさっぱりである。
アーモンドの腹心リーセルスは頭は切れるが、ウェンリーゼの全ての情勢を理解しているわけではない。
決定権はあるがブレーンがいない。
「そういえば、ハイケンが私にこれを託した」
アーモンドが円卓に鍵を置いた。
「それは、鍵? 」
ラザアが鍵を触る。一同が鍵に視線を移す。
「ハイケンが言っていた。秘密の部屋に行けと」
ピクリ
木人の目が細くなった。
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