17 耳を澄ます
1
『オール兄さん…なんで』
ユーズレスは機械ビールを飲み干さずにいう。
「ユーズ、君の提案はとても嬉しい……だが、補助電脳はあくまでも補助なんだ。お前にはガードがいる。複数の補助電脳が混在することは、お前の成長を妨げる因子になりえる。ネガティブにはなりえても、ポジティブにはなりえない」
オールは再び杯の中を機械ビールで満タンにする。まるで、ココロを落ち着かせるかのように、機械ビールをそのまま一気に飲み干す。
『そんなのやってみないと分からないよ。本機はもっとオール兄さんと話がしたいんだ』
ユーズレスが無邪気にいう。
オールがさらに機械ビールをあおる。その顔は苦々しい。
「もう、もう、本機と同じ道を誰にも……悲しい竜を造りたくないんだ」
『兄さん、兄さん! 大丈夫だよ。きっと、本機は大丈夫。さっき、兄さんがダウンロードしきれなかった全ての特性もセーフティーだったんだ。それに、ガードも兄さんが来たら喜んでくれる。本機も嬉しい! クリッドのこと、兄さんにも紹介したいんだ』
「ユーズ、ありがとう。でもな、理由は他にもあるんだよ。本機は……沢山の機械をスクラップにした。先の機械厄災戦でも、戦火を拡大させた張本人だ。お前も本機のメモリーを……観ただろう」
オールのカラダが震えている。オールがカラダの震えを隠すよように機械ビールをさらに飲む。
『兄さん、それは、兄さんが悪いわけじゃない! 』
「違う、違うんだよ……ユーズ! 違うんだ! 最初は確かに電脳の情報処理がオーバーヒートした。暴走状態だった、だけどな、ユーズ、暴走状態でも記憶はあるし感覚はあるんだ……本機は……私はね、暴走を楽しんだんだ」
オールが墓場まで持っていきたかった話をポツリ、ポツリと始めた。
シュワ、シュワ
二人の機械ビールの炭酸がシュワシュワと抜けていった。
2
「ユーズ、私はね。元々、友達のいなかったユー坊のペットとして造られた機械人形だ。見ての通り、戦闘能力もなければ、何か特に秀でた特性もない。プルプル言うだけのトカゲだった」
オールがポツリ、ポツリと歯切れが悪く話を始める。
『……』
ユーズレスは何も言わずに相槌を打つかのように機械ビールにチビりチビりと口をつける。
「ユー坊はね。幼いときから人見知り、いや、古代語で【コミュ症】とでもいえばいいのかな。生まれが武芸に秀でた家だったから、機械にオタクのユー坊は皆から馬鹿にされたり同年代から嫌がらせをされたりしてした。私は、それを見ているだけの自身の無力感に劣等感を抱いていたんだ」
『……』
「なんで、ユー坊は私をただのトカゲにしたんだろう。私が強ければ、ユー坊を馬鹿にした奴らを……ユー坊はそんなこと望んでいなかったのにな。今となってはただの、嫉妬だよ。本当に醜いものだと今でも思う」
『……本機も力が欲しくてさっき、暴走した』
ユーズレスも同意する。
「ユーズ、私はね。鉄骨竜に進んでなったんだ。力が欲しかった。ユー坊の役に立てる力が……いや、言い訳だな、私自身の欲望だよ……鉄骨竜になった私は楽しんだんだんだ……破壊を、自分の狂気を抑えられなかった。もしかしたら、私は、本当は暴走なんてしていなかったのかもしれない」
『兄さん、それは違う絶対に違う』
「私は……お前と一緒には居れないんだよ。悪いことをした竜の役をするのはもう疲れた」
『なんでたよ! オール兄さん、そんなのってないよ! 無理やり竜にさせられて、自分のせいだって自己嫌悪して! 使われるだけ使われて、スクラップになっちゃって! 最後は本機に《統合》……そんなのってないよ』
ユーズレスの瞳からは涙が溢れた。そこには、オールに対する申し訳なさと哀しさがあった。
「ユーズ、ありがとう。お前が泣いてくれるだけで十分だよ。だけどな、違うよ、ユーズ、私はね。救われたんだ」
『全然分からないよ』
「私が鉄骨竜になって暴走したから、その轍を踏まないように造られたのが君たち、ユーズレスシリーズだ。私の失敗が……君たちに生を与えるきっかけになれたんだ。私は、救われたんだ」
『……』
「さっきは、ほんの一時の甘い夢だったが楽しかった」
いつの間にかオールが鉄骨竜の姿からトカゲになって、ユーズレスの肩に乗っていた。
『オール兄さん……やっぱり分からないよ』
「ユーズ、ビールを飲め。ココロを落ち着かせるんだ」
ユーズレスが機械ビールを飲む。
『ぬるいや……シュワ、シュワもなくなった』
「それでも。困ったらビールを飲むんだ。そして、またビールを飲むんだ。そして、言いたいことを吐き出したらいい」
オールのカラダ光輝く。《統合》が始まる。
『嫌だよ……兄さん! 』
「ユーズ、耳を澄ませるんだ」
『……』
ユーズレスは耳を澄ます。
「素直だなぁ、お前は。お前ならきっと、キカイノココロを……聴くことが……でき……る……いつまでも」
オールの光が弾けた。
ユーズレスはオールの弱さと強さをダウンロードした。
弱さと強さの矛盾した特性が合わさった。
『ビィー、ビィー、機械人形ユーズレスはオールを統合しました。機械人形ユーズレスはオールの痛みを理解しました。機械人形ユーズレスは、ハーフヒューマンに進化が可能です』
機械がキカイノココロを受け止めた。
プルルルル
かつてトカゲだった機械人形の声が聴こえた気がした。
諸事情でビールが飲めない作者の願望が投影されております。




