7 笑う二振り
1
「ガラスよりは硬いですが、何重もあると厄介ですね」
クリッドは多重魔法障壁に手を焼いた。
魔法障壁自体はクリッドが夢剣で切り裂くことができる。
キャハハハハハハ
むしろ魔力喰いの夢剣は、特性上魔法や魔術をほぼ無効にする。更には、卓越したクリッドの剣技が加わる。本来ならば、上級魔術すら防ぐ魔法障壁がまるで薄いガラスのように切り裂かれていく。
「ヒィヒィィィン」
だが、魔法障壁が切り裂かれた先には、フィールアの一角による突きがクリッドを襲う。
「メェェ! 」
クリッドは突きを躱しながら夢剣を振ろうとしたが一歩後ずさった。
チッ
一角がクリッドの脇腹をかすった。
クリッドの燕尾服が傷付いた。
三本角から一角になったフィールアの角からは、ただならぬ神なる力を感じる。
あれはきっと地上では召喚してはいけない神器に等しいものだ。
フィールアもそれなりの代償を払って『獣神変化』したのだ。
おそらく、触れた瞬間に対象を消滅させるであろう。
でなければクリッドの父である魔界大帝の血が染み込んだ燕尾服に傷がつくはずがない。
クリッドが何気無く着ているこの燕尾服は、並みの攻撃では傷付けること叶わぬ神器に迫る装備でなのだ。
「一張羅なのですが、参りましたメェェ」
フィールアは、クリッドが怯んだ瞬間に前肢での蹴りを放つ。
「くっ! カーテン! 」
クリッドが燕尾服の裾を魔力で変質させて防御する。
鉄骨竜を一撃で沈めるその一撃をクリッドは燕尾服の裾で受け流すように勢いを流した。
剣帝との戦闘訓練がここにきて生きている。
クリッドが防御から一転して夢剣を振るう。
フィールアは体勢を崩していたが後ろ脚で蹴りを放つ。
ガギィィィィン
両者の攻撃は相殺されて夢剣と蹄の衝撃音が部屋を支配する。
ニタリ
羊と馬がともに獰猛な笑みを浮かべた。
神なる獣達の野生が解放されていく。
2
「メエエェェ」
「ヒィヒィィィン」
クリッドが夢剣を振るう。
フィールアは位置取りを器用に行いながら前脚や後脚で蹴りを放ち、隙あらば一角で生命を奪いに来る。
ブシュウ
薄皮一枚であるがフィールアの首筋に鮮血が舞う。
接近戦が苦手なフィールアではないが、どうやらこの距離はクリッドに分があるようだ。
「メエエェェェ」
クリッドがここぞとばかりに神速の一閃を放ち畳み掛ける。
キャハハハハハハ
「ヒィヒィィィン」
フィールアは一角で斬撃を受け止めたが、衝撃で壁際まで吹き飛ばされた。
クリッドの攻撃は終わらない。
クリッドが再び距離を詰めようとした刹那に……
「ヒィン」
フィールアに虚空を蹴り《壁蹄》の衝撃をとばす。
「その程度で! 」
クリッドは《壁蹄》を切り裂いた。
「なっ! 」
しかし、すぐに《生命讃歌》による蔦がクリッドに迫る。この蔦はクリッドを攻撃というよりも拘束を優先した動きである。
「ヒィヒィィィン」
フィールアは更に《魔法障壁》をクリッドの動く方向に発現した。《魔法障壁》が壁のようになりクリッドの動きを制限する。
「ならば、強奪…」
ビュン、ビュン、ビュン、
フィールアの遠距離からの《壁蹄》も忘れてはいけない。
フィールアはクリッドに《強奪》は魔力を溜める時間を与えない。
この距離はフィールアに分があるようだ。
3
「メエエェェェ」
クリッドが蔦と《壁蹄》に対して防戦一方になる。
「くっ! 動きづらいメェェ」
進行方向に《魔法障壁》を発現させられ動きを制限されるなかで、徐々にクリッドの動きが単調になってきた。
『テンス! テンス! クリッドが頑張っています! あなたもしっかりして下さい』
『待ってろユーズ、今、稼働可能な部分での運動プログラムを再構築する』
補助ガードが精神論を、チルドデクスがプログラムのアップデートをする。
クリッドの後ろには大切な存在が控えている。
高速戦闘を得意とするクリッドであれば、フィールアの遠距離攻撃を躱しながら近づくことも可能である。
だが、自身が攻撃を避ければ後ろに被害が及ぶ。
クリッドは気付いていないがこれは悪魔からすれば異常な思考である。
クリッドは自身では当たり前のことと認識している。クリッドは一つの愛のカタチを理解した。
(このままではマズイメェェ)
(手数が足りないメェェ)
カタカタカタカタカタカタ
クリッドの腰に吊っていた絶剣がカタカタと鳴った。
クリッドは剣を振りながら思考した。
(師匠、あなたならばどうするでしょうか)
クリッドの剣技は既に師である剣帝に並ぶといってもよい。
仮にクリッドに足りないものといえば、それは経験からくる判断力と殺意である。
クリッドの実戦は、実のところこのパンドラの迷宮での二週間程度である。元々、剣技は完成された域にあったが強敵達との戦闘経験がクリッドに実戦での戦い方を学ばせた。
更にもう一つは殺意である。
クリッドは幼い頃から長年、『列塔ブラミガメキト』に幽閉され孤独を生きてきたために他者との交流もなく。競い合うこともなかった。クリッドは頭のいい子であったし、争いも好まなかった。魔界のプリンセスでありながら、世を知らずに育った。ある意味では感情を麻痺させて生きてきた。感情を知らずに生きてきた。
(このままでは、兄上とシャチョウまで)
(あの二人がいなくなったら、私は)
(もう一人は嫌だメェェ)
クリッドにフィールアに対する恐怖や、自身が肉体的に傷付く恐れはない。
そんなものは扉の向こうに捨ててきた。
《強奪》によって自身を壊し、《生命置換》によって生まれ変わったクリッドは恐れを飲み込んだのだ。
ただ一つクリッドのなかに別の恐怖が襲った。
孤独である。
ドクン、ドクン、ドクン
「お前がいるからか?」
「お前が私から奪っていくのか……」
血潮が沸騰しそうになる。全身の血が逆流していくような感覚に陥る。
戦闘中であるがクリッドは目を瞑った。
奪われるな……奪え
魔界の高貴なる血が、クリッドの根源が囁く。
瞳が深紅に染まっていく。
クリッドは夢剣でフィールアの攻撃を捌きながら無意識に絶剣を抜いた。
「ああ、理解しました」
双子の騎士の二振り、それは『笑う二振り』等といわれていた。
キャハハハハハハ
キャハハハハハハ
夢剣三日月、絶剣満天が本当に嬉しそうに笑った。
今日も読んで頂いてありがとうございます。




