5 主役は遅れてやってくるものだ
1
『なっ! 鉄骨竜は確かにシャットダウンしたはずだ、しかも他者を守るプログラムはないはずだ』
チルドデクスが状況を理解出来ない。
鉄骨竜がユーズレスを庇った。
スクラップになった鉄骨竜からオイルが流れ、フィールアに降りかかる。
「ヒィヒィィィン」
フィールアはまるで、臭いとでもいうかのように鉄骨竜から角を離す。
鉄骨竜とユーズレスの瞳が合う。
『……ニイサン』
ユーズレスが何故だか、鉄骨竜に兄といった。
ニコリ
鉄骨竜がユーズレスに無事で良かったと微笑んだ。
グシャッ
フィールアが怒りのままに鉄骨竜の頭部を踏みつけた。
プチン
ユーズレスの中の何かが弾けた。
『『! ! 』』
補助電脳ガードとチルドデクスが怯えた。
『……』
ユーズレスは漆黒の瞳を何度も点滅させる。
キュイイィン
冷却ジェネレーターが最大限に稼働する。
ユーズレスからはプログラムにない負の感情が芽生える。
クリッドを受肉した時は癇癪を起こしていた延長だったが、今や明確な殺意がある。
(……コ……ロス)
ユーズレスから漆黒に染まった光の柱が発現した。
「ヒィヒィィィン」
フィールアが後退り、その場を離れた。
チリチリチリチリチリ
漆黒の柱はユーズレスを中心に広がっていく。
闇が世界を食い付くそうとしている。
『これはなんだ、暴走か! こんなアップデートはオトウサンも本機もしていないぞ! 超大器晩成型の進化だとでもいうのか! 』
チルドデクスはイレギュラーを説明できない。
『ビィー、ビィー、測定不可能な事象を観測しました。テンスが怒りのあまり暴走状態となります。力の制御ができずに、このままでは無制限にこの場のすべて、世界を飲み込んでしまいます』
補助電脳ガードが厄災をアナウンスした。
2
フィールアの怒りは一瞬で冷めた。
迫り来るエネルギーに無意識に後退りした自分を恥ながらも、この状況を危険だと認識をした。
「ヒィヒィィィン」
ダンダンダン
フィールアは《生命賛歌》を発現した。並大抵の植物では事態を収集できはしないだろう。
フィールアは天界の植物を発現する。いまや、【ペナルティ】を恐れている場合ではない。
フィールアは様々な植物を発現した。蔓を伸ばし、種を飛ばし、神すら食す食用植物や、鎖の茨とその全てが天界でも恐れられている植物達である。
チリチリチリチリチリ
しかし、フィールアの苦労の解もなく。植物は全て漆黒に飲まれていった。
「ヒィヒィィィン」
フィールアが慌てる。
この闇は神獣たるフィールアすら飲み込む無限の漆黒である。
『テンス! テンス! 落ち着きなさい! このままではデクスも』
漆黒の柱は兄弟であるデクスにも迫ろうとしている。
デクスは、先のフィールアとの戦闘によるダメージで動くことが出来ない。
『ガード! 本機のことはどうでもいい! それよりも、ユーズを! オトウサンの残した秘密の部屋も飲み込まれる』
チルドデクスは自分よりも、ユーズとオトウサンの研究所である秘密の部屋を心配する。
秘密の部屋、ここが失くなればオトウサンの願いである人類再生計画が叶わなくなる。
『テンス! テンス! 』
『……コ……ロス』
明確な殺意を学習してしまったユーズレスには自身を制御する術を知らない。
ゴゴゴゴォォォ
「ヒィヒィィィン」
『……ここまでか』
漆黒の柱がチルドデクスに迫る。
「ああ、悪なる感情は美味しそうですね《強奪》」
それは大きな大きな手のようであった。
その大きな手は、深紅に染まっておりどこまでも鮮やかな赤、闇の中ですら輝きを失わないような高貴なる色であった。
バクン
大きな大きな手は、まるで生き物のように漆黒の柱を飲み込んだ。
その赤い影にも似た大きな手は、一人の悪魔の元に収まった。
「ああ、これは参りました。美味しくない! いや、味はこんなものですかね。この二週間で美味なるものを食べ過ぎました。兄上のおもてなし料理のせいで贅沢舌なるものになってしまったようです」
皆の瞳には、ユーズレスの舎弟である羊の姿をした、深紅の燕尾服が良く似合う真なる悪魔クリムゾンレッドがいた。
「御初に御目にかかります。ユーズ兄上の舎弟で借帝クリッドと申します」
クリッドがシルクハットをとって優雅な礼をした。
「ヒィヒィィィン」
フィールアの全身の毛が逆立った。
『……ク……リ……ド』
ユーズレスがエメラルド色の瞳を点滅させた。




