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2 クリムゾンレッド

1


 パンドラの迷宮 最下層 主部屋前の扉


 


「メェェェェ、メェェェェ」


 クリッドは泣いていた。


 クリッドは赤い羊になって丸まりながら泣いていた。




「ヒィィィィン」


 ドッガーン


 扉の先からは神獣である馬帝フィールアの嘶きとユーズレスとの戦闘音が聞こえる。分厚い扉越しに聞こえてくる音で余計にクリッドの身体は震える。




 ガタガタガタガタガタガタガタガタ


 クリッドは時の女神と魔界大帝で神と悪魔の混血児だ。そのため、聖なる魔力と闇なる魔力が混在した理から外れた特異な存在である。そのため、神を乗せし神馬であるフィールアを前にして本能が恐れているのだ。


「行かなきゃ、ダメだメェェェェ。でも、絶対に勝てないメェェェェ」


 クリッドは戦闘音を聞きながらも恐怖に身体が震えている自身を責めていた。


 だが、これは悪魔にとって普通の反応である。悪魔は基本的に自分が一番可愛い、というよりも自分自身の利益にしか興味がない。


 悪魔は本来闇よりいでし魔界の住人である。今では、悪魔同士の交配によって生まれた若い世代もある。だが、悪魔は基本的に生まれたときから成熟している。つまりは、子育てを必要としない。それは種族として外敵から身を守るために生まれ落ちた瞬間から個体として完成されているのだ。


 そのために、生まれながらに強者である悪魔には成長と愛という概念がない。


 しかし、クリッドは違った。


 クリッドは羊の容姿で赤ん坊のまま生まれてきた。


 言葉も知恵ももたずに母の顔すら知らずに育った。混在した稀有な魔力を宿して……


 手のかかる悪魔など魔界では鬱陶しいだけの存在であった。


 魔界大帝の子でなければ淘汰されていたであろう。


 だが、幼少期に《強奪》が暴走して城一つと少なくない悪魔たちを飲み込んだ。クリッドに悪気はなかったがそこから、裂塔『ブラミガメキト』に魔力を封じられて幽閉された。


 クリッドは文字通り愛を知らない社会から愛を知らずに育った。


 なので、悪魔という概念からはクリッドの生存本能が警鐘を鳴らし、扉で震えていることはなんら悪いことではない。普通の悪魔であれば……


「……芋」


 クリッドは震えを落ち着かせるためにユーズレスが置いていった干し芋を頬張った。この地上に受肉してから初めて口にしたクリッドの大好物である。


 モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ


「……美味しくないメェェェェ」


 クリッドが食べた干し芋はいつもユーズレスがおやつに渡しているものと全く同じものである。


 モグモグモグモグモグモグモグモグ


「……美味しくないメェェェェ……全然、味がしないメェェェェ」


 クリッドは不思議だった。


 いつもなら「ウンメェェェェ」と魂の叫び声をあげるほど、美味なる干し芋から全く味が感じられない。口腔内には、ねちゃねちゃした不快感しかない。そのねちゃねちゃはまるで、いまのクリッドの心のようであった。


「……ああ、これは一人で食べても美味しくないメェェェェ」


 クリッドは一万年近い時を生きた悪魔だ。


 だが、そのほとんどは幽閉生活でシルクハットからパンが送られ、夢剣を振るだけの毎日だった。


 ユーズレスや補助電脳ガードとのこの二週間はそれに比べたら瞬きほどの瞬間であろう。


 だが、クリッドにとっては一万年をも超える心揺さぶられる二週間であった。


 クリッドはこの二週間で泣いた、笑った、叫んだ、ウンメェェェェものを沢山食べた。


 なにより、楽しかった。


 これは、一人では決して出来なかったことだ。


 クリッドは気付いた。ユーズレスと補助電脳ガードがいたから楽しかった。


 美味しいものもウンメェェェェだったのだ。


 ウンメェェェェ物をクリッドに渡すときのユーズレスは嬉しそうだった。


 クリッドはウンメェェェェ物を食べたときや焚き火を皆で囲み話をしているとき、身体ばかりではなく内側が暖かかった。


 アイノカタチ……ユーズレスが何の気なしにいった言葉だった。




「嫌だメェェェェ」


 クリッドの心に火種がついた。


 カタカタカタカタ


 夢剣が主を奮い立たせるように震えた。


 カタカタカタカタ


 絶剣も共鳴する。


「メェェェェ」


 赤い羊が叫んだ。クリッドは背筋を伸ばす。


 奪われるな、奪え


 漆黒の王たる本質の悪魔の根源が囁く。


「メェェェェ《強奪》」


 クリッドの背後から山羊の形をした漆黒の影がクリッドを飲み込んだ。


 クリッドは自身を飲み込んだ。それは、不快な感覚だった。自分自身を咀嚼する恐怖はおおよそ計り知れない。誰もが経験したことのない苦行だ。


クリッドは弱虫を飲み込んだ。


クリッドは卑怯を飲み込んだ。


クリッドは情けなさを飲み込んだ。




(兄上とシャチョウを見捨てるよりは、全然痛くない)


 クリッドが一番恐れてること……それは、あの輝かしい時間をもう味わうことができないことだ。


 誰かじゃダメなのだ。あの二人でなくてはいけない。


 あの二人とだからこそ、最高のウメェェェェだったのだ。


「ウメェェェェエッェェェ《生命置換》」


 《生命置換》それは、真なる悪魔になった際にクリッドが獲得した神代級魔法である。魔法の効果は、生命の根源である力・魔力を別の対象に移し替える。


「獣神変化」


 迷宮内に光の柱が発現する。


 その光は深紅に染まっている。


 そこには、クリッドの本当の姿である赤い燕尾服を着た羊がいた。


 自らを生まれ変わらせたクリッドは真なる悪魔であり亜神となった。


「メェェェェェェェェェエェェェ」


 この瞬間に世界が震えた。


 目覚めてしまったのだ。


 眠っていれば人畜無害な大人しい羊だが……起こしてしまえば狼すら食い破る赤い羊を……


 カタカタカタカタカタカタカタカタ


 キャハハハハハハ


 双子の騎士の二振りがクリッドを祝福するように笑った。

今日も読んで頂きありがとうございます。

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『機械人形(ゴーレム)は夢をみる~モブ達の救済(海王神祭典 外伝)』 https://ncode.syosetu.com/n1447id/
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