4 オトサン
1
「ヒヒィィィンン」
空から暁の光を纏った白き馬が荷台のような馬車を引きながらやってきた。
「三本の角の白馬、こりゃあ驚いたね。馬帝フィールアだよ」
木人が驚いたようにいう。
馬帝フィールア、天界と地上を自由に行き来できる神の寵愛を受けし神馬である。
ポワァン
「あああ、かあちゃん」
「行っちゃ、いやだ」
神馬の鳴き声を聞いた魂たちが想い人や家族に名残惜しい視線を送りながらも、表情は晴れやかに馬車へ乗る。
「おおお前たち、待て! 俺を置いてくなー。俺、一人を笑いものにするつもりかー! グゲェ」
アルパインがモブ達に自分も連れていけという。その刹那に、四方八方からアルパインに向けて拳が飛んできた。アルパインは魂たちにタコ殴りにあう。いつの間にか、モブ達以外の魂も混じっている。アルパインはボロボロにされた。皆は笑っている。傍から見ればリンチである。
「なっ! お前らやめろ! やめろって! 」
アルパインは泣きながら笑っている。美の女神はアルパインを、狂人でも見るかのような視線を送る。
ランベルトが止めに入り、ラザアのお腹を指さす。そして、アルパインを指差してから皆がニコリと笑った。
「俺に、俺に託すといっているのか…おおおおおおおおおおお」
アルパインは声を上げて泣く。
アルパインの後ろのではカツンの岩からボールマンが死神と山羊の悪魔に連れられながら見守っていた。
「お父様、どうしてそっちにいるの! その人たちはなに」
ボールマンはラザアの元にはいかない。ただ、見守っている。ボールマンの両の腕には鎖が巻かれていた。
皆には見えないが、巫女の力を解放したラザアには死神と山羊の悪魔の姿も見える。
ボールマンが申し訳なさそうに笑った。
2
不思議なことが起きた。
馬車に乗ったはずの一人の魂が、ユラユラとボールマンの方に向かっていった。その灯火に誘われるように他の魂も続く。
死神と悪魔は驚いていた。
一つの魂がいった。
わたくしと引き換えにご領主代行様を天にお返し下さい。
別の魂がいった。
このお方は、我々のために毎日に毎日泣いてくださいました。我々のために、墓を作って下さいました。私はとっくに救われております。
魂は続く。
このお方は、我々の子や孫のために、身を滅ぼしました。自分の幸せを分けて下さいました。だから、我々は悪なるものにならずに、海を彷徨うことが出来たのです。
せめて、このお方にお姫様との最後の一時を、お時間を下さい。私はこの方のためならば、百の輪廻をかけてすべて清算致します。
魂の声はどんどん大きくなる。その声は、はじめは生けるモノには聴こえなかったが、今ではウェンリーゼの領民すべてに感じとることができる
「ボール、ボール、みんなはなぁ、ちゃんと、お前のこと見てたんだぞ。みんなこんなに、お前のこと心配してたんだぞ」
「お父様……」
アルパインとラザアは涙で前が見えない。
「凄いな、リーセルス」
「私たちはまだ、元帥閣下のことを見誤っていたようですね」
「……叶わないな、こんなに心が揺さぶられるのは初めてだ」
「ラザア様のお隣にいるには、これを越えねばなりませんね」
「竜殺しより難しそうだな」
アーモンドとリーセルスがその光景に舌を巻く。
死神と山羊の悪魔が非常に困った顔をしている。二人が大神を見る。大神も困っている。神話の時代から幾人の英雄や英傑達を見てきたが、ここまでの魂によるストライキは初めてのことだ。
山羊の悪魔が《高速演算》を行う。仮にここにいる魂の全てを対価としたとしても……「足りませんメェェェ」
死神の鎌が鈍く光った。
その刹那に……
『ビィィィ、ビィィィ、ビィィィ、本機はシャットダウン状態となります。ビィィィ、ビィィィ、ビィィィ、本機はシャットダウン状態となります』
スクラップになったはずのユーズレスからけたたましいアナウンスが鳴る。ユーズレスは何かを訴えたいようだ。
するといつの間にかユーズレスの右手には一枚の名刺が握られていた。
山羊の悪魔がスクラップになったユーズレスの近くまで来る。山羊の悪魔の視線はユーズレスを見てとても悲しげである。山羊の悪魔がユーズレスの握っている名刺に気付く。
山羊の悪魔が驚愕する。名刺には『株式会社ガチャ 専務取締役 クリッド』と書かれていた。さらに名刺の後ろには『魔界における重要ポストと株式の四割を譲渡致します。この名刺の持ち主が保証します。ゆえに、最大限の便宜をお諮り頂きますよう、よろしくお願いいたします』
山羊の悪魔と死神に大神は驚愕した。過去や未来を覗いてもそのようなことを書いた覚えがないのだ。だが、名刺は本物である。このガチャは、遥か昔に悪魔遊戯に取って代わった魔界と神界の代理対決を行う遊戯である。その、四割たる株は今や世界の事象を曲げることすら可能なものである。
山羊の悪魔はユーズレスにいった。
「本当によろしいのでしょうか? これを使えば、本当の機械神にもなれますが……」
『ビィィィ、ビィィィ、ビィィィ、本機はシャットダウン状態となります。ビィィィ、ビィィィ、ビィィィ、本機はシャットダウン状態となります』
(こんな紙切れいつでもくれてやる)
山羊の悪魔とユーズレスは数千年振りに《心音》で会話をした。
「とても兄上らしいですね」
山羊の悪魔がユーズレスから名刺を受け取り死神に渡す。死神はその名刺を大神に渡す。大神はニコリと笑った。大神は褒美を授けようと死神のローブの下にあった鎖を解く。死神が光り輝く。かつて、神に背きし悪魔だった死神は幾千の時を経て対価を支払い、運命神へとその御姿を変えた。
世界中の神々が祝福を贈る。
運命神がボールマンを見る。
運命神の裁きがボールマンに下された。ボールマンの鎖が解かれる。
山羊の悪魔が「いいオトサンを持ちましたね」とボールマンに微笑みながらいった。




