3 東の姫巫女
1
「真なる海王神祭典が始まるよ」
「ウォン」
それが合図のようだった。
世界中の神々がラザアの尊さに涙した。父と仲間を失いながらもシーランドを慈しむ東の姫巫女の心に賛辞を贈る。神々のその溢れんばかりの涙がウェンリーゼの海に溶けて奇跡が発現する。
海から浮かび上がるように一つの灯火がともった。
それが呼び水となり、一つ、また一つと灯火がともる。その光はか細くも優しく、儚くも美しい灯りであった。その灯火が幾千幾万に増えて、まるで温かい雪のように灯る。
「綺麗……」
ラザアがいった。一同がその夜空の海に浮かぶような灯火に心を奪われる。
「魂だね」
木人がいった。
「魂、これが全部」
「そうさね。海王神祭典、海の迷える魂を天に還す祭典の本来のあるべき姿さね」
ポォウ
ボールマンの首からも光が灯る。砂の中から八個の優しい光が灯った。アーモンドの中からは二つの光が、砂のゴーレムとなり海王神祭典を共に戦った英雄たちの灯火であろうか。
「兄上……」
リーセルスが呟く。
「……セカンド」
アーモンドも体の温かさを感じて朧気ながらも意識を取り戻す。
「驚いたね。これが、ご領主様のこたえかね。おまけに、この流体金属が魂に共鳴しているね」
「キャン、キャン」
木人がボンドによって魔力粒子と結合した流体金属の柄杓を拾う。
「海の迷える魂、この土地を守ってきた魂、道半ばで散っていったもの達の魂、強く儚きもの達の魂、お前さんたちをずっと守ってきた者たちの魂さね」
木人が柄杓をラザアに渡す。
「お仕事のお時間だよ。竜に愛されし東の姫巫女、ラザア・ウェンリーゼ殿や。これは正真正銘あんたしかできないよ」
ラザアが木人から柄杓を受け取る。
「コルルゥゥゥ」
ラザアがシーランドと柄杓を見る。辺り一面の灯火が、神々がラザアに優しい視線を送る。ラザアは全身に温かさを感じる。お腹の赤ん坊が応援するようにラザアのお腹を蹴った。
大丈夫だよ
誰かがラザアに囁いた。
「……ラザア」
残念ながらアーモンドの声ではない。
「一緒に踊りましょう」
ラザアがシーランドに微笑んだ。ラザアの手の竜の血に触れた柄杓が黄金に輝く。
「キャン、キャン」
ホクトがワクワクと鳴いた。
二つの月がウェンリーゼを優しく照らした。
海王神祭典が始まる。
2
シャン、シャン、シャン
何処か、鈴の音が聴こえる。美の女神と風の女神の悪戯であろうか。東の風が吹く。
それは非常にゆっくりとした舞であった。
身重であるラザアはゆっくりと踊る。だが、その舞の一つ一つが厳かであり、見る者の魂が震える。柄杓からはラザアの《癒し》が溢れては霧のようにウェンリーゼを包み込む。
キャハハハハハハ
絶剣も釣られるように祝福を唄う。
ラザアは踊った。時が止まるかのように丁寧に舞った。
「なんだこの光は……」
海岸にはいつの間にか遅れてやってきたアルパインが一個師団を引き連れてやってきていた。
ラザアの舞によって幾万の魂が形を成していく。それは、上半身のみであるが人の姿になった。オレンジに光るその魂に恐れは感じない。魂たちはとても安らかな顔をしている。
「おお……なぜだ、なぜ、俺を置いて行ったんだあぁあああああ」
アルパインがその場で崩れ落ちる。アルパインは見た、モブ達の魂がアルパインを見てほほ笑んでいる。
いくつかの魂は青い光を帯びてその場から消えた。
「これは《転移》の光だね。皆、お別れをいいにいったのさね」
木人が呟く。
母なる海の無限の魔力は魂たちに注がれる。
「とうちゃん、かあちゃん」
「ああ、ねえちゃん」
「坊や……お前、すまない、すまない、見つけてやれなくてすまない」
それはアルパインに付いてきた兵士たちにも同様であった。
もう忘れかけていた父や母の顔を、兄弟が記憶の隅から鮮明によみがえる。
彼らは、家族を失くそうとも必死に生きてきたのだ。この五十年間の月日を、顔は朧気であるが、家族との幸せだった一時を思い出し、苦しみながらもいつかの安らぎを求めて……いつか、最愛の者たちの魂が救われることを夢見ていたのだ。
この日、大陸全土で奇妙な幻騒動があった。ウェンリーゼ出身者に、供養できなかったはずの父や母の幻を見たと。その幻は大きくなった子をゆっくりと抱きしめて幸せそうに消えていったと。後日、マナバーンによる影響が身体に異変を引き起こしたという中央の見解が発表された。神殿が依頼を受けて強制的に被害者に《解呪》を行った。だが、その祝福にも似た抱擁を経験した者たちは、皆がその《解呪》を断った。
魂たちは非常に満足している。
迷える魂は長き時を経て、海王神シーランドと西の姫巫女ラザアによって救済された。
死神と赤い燕尾服を着た山羊に連れられて行くボールマンを除いて。
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