2 当主の決断
今日で第四部終わらせます。
1
「コルルゥゥゥ」
シーランドは竜種というだけあって、首だけになっても虫の息ではあるが生命を維持している。
「厄災はまだ生きてるねぇ。ご領主様、貴方はその怪物をいったいどう裁くおつもりだい」
木人がラザアを品定めするような目で見る。ホクトが木人の腕の中で「キャン」と意地悪するなという。
「まだ生きていたのか、しぶとい。ラザア様、ここは私が」
普段は前に出てくることのない影であるアーモンド親衛隊のサンタが懐より短剣を出す。親衛隊だけあって業物である。
「待って! 」
ラザアが首だけになったボールマンとハイケンに、スクラップになったユーズレスを見る。目を閉じる。砂のゴーレムになってまで助けに来てくれたギン達を想う。
「私が……やるわ」
ラザアが手を出してサンタから短剣を貰おうとする。
「……ですが」
「父であるボールマン亡きあと。今、ウェンリーゼの最高責任者は私です」
ラザアの青い瞳は強い意思を感じる。
サンタが気絶しているアーモンドを見た後にリーセルスを見る。
リーセルスが頷いた。
「クロウ、私は大丈夫だ。護衛としてラザア様、いや、領主様につけ」
「……御意」
まだ、力が入らないリーセルスがクロウの代わりにアーモンドを支える。
「お気をつけください」
サンタが短剣をラザアに渡す。
「ありがとう」
ラザアの声は落ち着いていた。
2
「コルルゥゥゥ」
シーランドは母を呼んだ。首だけになっても生命活動ができているシーランドは竜種といえど異常である。だが、残された時間はほとんどない。仮にこれが海の中であれば《回復》と水適性の身体で幾千の時を経て再生可能であっただろう。やはり、海の王者は陸へ上がるべきではなかった。
シーランドは呼んだ。薄れゆく意識の中で母を呼んだ。そして、泣いた。深々と泣いた。その青色の宝石なら流れる雫石は美しかった。
海と水の女神はシーランドを見た。だが、二人は近寄らなかった。シーランドは明らかに世の理から外れた存在であった。その大きすぎる力は本来、地上で振るってはいけないものである。故に、干渉してはいけない。シーランドは本来、大いなる海を浄化するための存在だ。それが、数千年の時を経て自身の存在意義に疑問を持ち、あまつさえ人種に愛を求めた。神々にも時には神以外の異種族に恋を抱くことがある。だが、そのすべてはよからぬ結果を引き起こしてしまう。大いなる意思は周りに関係なく、大いなる影響を与えてしまうのだ。本人の意思とは関係なく。
「コルルゥゥゥ」
死を間際にしたシーランドには母の姿が見えた。シーランドは嬉しかった。海王神祭典での勝利を母に捧げること叶わなかった。しかし、母は戦いの最中に加護を授けてくれた。自分を助けてくれたのだ。神々の禁を破っても、そして首を斬られる直前に確かに聴いたのだ。母の声を。「だめ」といいながら自分を助けようとしてくれた二人の母と一人の想い人の声を聴いた。
報われた。何に対してかは分からないがシーランドは死の淵において、生きてきた中で一番の愛を感じることができたのだ。満足だ。我は満足だ。出来ることなら最後に、母の顔を見たい。自分の最後には誰かに傍にいて欲しい。
シーランドの最後の願いは誰もが願う、ごく普通にして最上の願いであった。
大神が夜空の月を見上げた。
武神が片腕で海と水の女神の背中を叩く。死神が二人の手を引く。
どうやら、大神は美しい月に心奪われ、盛大に余所見をしているようだ。
3
ジャ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャ
ウェンリーゼ砂浜に足音が聴こえる。
その足取りは重い。砂場だからであろうか。
「ルゥゥゥ」
首だけとなったシーランドが足音の主を目にする。
「……」
ラザアがシーランドの瞳を見下ろす。もはや虫の息で幾ばくかの時間も残されてはいないであろう。ラザアが短剣を握りしめる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ラザアの心拍と息遣いが乱れ呼吸数が上がる。五十年の祖父であるキーリライトニングからの因縁に幕が閉じようとしている。
皆や神々もその光景を見守っている。二人の女神はシーランドの傍で手を置き「大丈夫よ。傍にいるわ」といった。
死神もラザアに合わせて鎌を振り上げた。
「うぁああああああああ」
ラザアが短剣をシーランドに向かって力いっぱい突き刺そうとする。
「コルルゥゥゥ(ありがとう)」
シーランドが最後に愛を呟いた。
ラザアは膝をついた。短剣が手から離れた。
時の女神の涙に世界が沈黙した。
ラザアがシーランドを抱きしめた。
「あなたは、あなたの安らげる場所におかえりなさい」
ラザアがシーランドの額にキスをした。その祝福に二人の女神の涙が合わさった。シーランドが青い光に包まれる。
ラザアの巫女なる力が解放される。
ボンドが流体金属で作ったままの柄杓がカタカタ鳴った。
世界中の神々の祝福がウェンリーゼ海に注がれる。
「驚いたねぇ。坊やたち、よおく見ておいで。真なる海王神祭典が始まるよ」
「キャン、キャン」
力を失ったホクトが鳴いた。




