1それから
第三部でアーモンドがシーランドの首を切り落としてからのお話です。
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ウェンリーゼ海辺
ドスン
シーランドの首が砂浜に零れた。それに続く様に、首から下の永遠なる脊椎が音をたてて地面に伏す。
「ヒィィィィン」
ホーリーナイト・セカンドがアーモンドの代わりに勝利を吼えた。
ホーリーナイト・セカンドが魔力欠乏症で動けないリーセルスの元に向かう。リーセルスの所には、いつの間にか親衛隊であるサンタとクロウが転移したラザアを追ってやってきた。王族の親衛隊は魔力探知に優れており鼻も利く。ホーリーナイト・セカンドがその場で膝を折りしゃがんだ。セールは優しくアーモンドをサンタに渡す。
「「に……いちゃん」」
サンタとクロウは思わず声を出し、リーセルスも喉から声が出かかった。
セールは馬上から降りてニコリとほほ笑んで弟たちの頭を撫でた。
「背抜かれちゃったな」
セールが少し寂しそうに嬉しそうに三人の弟たちにいった。
サラサラサラサラ
ホーリーナイト・セカンドとセールの砂が崩れていく。
「プルルルン」
ホーリーナイト・セカンドはボロボロのアーモンドに頬ずりする。すべての力を使い果たしたアーモンドは絶剣を握ったまま気を失っている。ホーリーナイト・セカンドはとても幸せそうだ。
セールはサンタに支えられているアーモンドに向かって跪拝した。
「お前たち……アーモンド様を頼むぞ。たまには、パンも焼けよ」
「ヒィィィィン」
砂が崩れて今にも魔法が解けようとしている。この二人の魔法は時の女神による魔法ではなく、ホクトの《干渉》により事象を捻じ曲げた非正規の魔法のため持続時間がモブ達に比較して極端に短い。
既に下半身はなく、二人は上体だけになった。
ガシッ
その時に、気を失っていたはずのアーモンドが絶剣を離しセールの腕を掴んだ。顔は精一杯にホーリーナイト・セカンドにもたれかかっている。
「……い……いくな! ずっと、そばにいろ! 」
「「「ニャー、にゃん、ニャース」」」
きっとアーモンドは夢を見ていたのだろうか。一瞬だけ、アーモンドは目を開きセールとホーリーナイト・セカンドを強く見た後に再び目を閉じた。ブーツの猫たちも主に続く。
「本当に……ワガママで人たらしなとこは全く変わっていませんね。お前たち、これからもっと、苦労するぞ」
「プルルルン」
サラサラサラサラ
二人はアーモンドのその一言に満足したのだろう。セールは跪拝しながら、ホーリーナイト・セカンドは気絶したアーモンドの胸の中で満足そうに砂になった。
大人になったリーセルスとサンタとクロウは泣くのを堪えた。三人は聖なる騎士アーモンドを見る。改めて、このお方には叶わないと思った。
2
「アーモンド! 」
ラザアがアーモンドに駆け寄る。ラザアが直ぐに《回復》を発現する。アーモンドは今日既に、リーセルスの《治癒》を受けていたがラザアは魔力のゴリ押しで、とにかく傷を癒す。正直なところ、通常であればすでに出血死してもおかしくないアーモンドであるが、竜の魔石を喰らい、竜の血を浴びたアーモンドはもはや人種の枠には収まらない存在である。アーモンドの傷が凄い速度で治っていく。
「なっ! 凄い」
これにはリーセルスも驚く。
「はあ、これで大丈夫ね。左腕はもう難しい……わね。リーセルス、貴方も」
ラザアは素早くリーセルスにも《回復》を発現した。その青い光は力強く温かい。ラザアの回復は元々、中級であるがその発現速度と術の質が何故だかあきらかに上級の位になっている。リーセルスの傷も回復した。傷が回復したことで、多少なり魔力欠乏症の気分不快な感覚も和らいだ。
「えっつ、なにこの」
術を発現したラザア自身も戸惑っている。
「おやおや、珍しいんねぇ。存在の力が流れたんだねぇ」
「キャン、キャン」
観察者を気取っていた見た目三十歳代の木人が、生後一ヶ月くらいにみえる子犬になったホクトを抱いてやってきた。
サンタとクロウが前に出て警戒態勢を取る。
「おやおや、物騒だね。わたしゃ、坊、じゃなかった。ボールマンとそこのユーズの古い知り合いさね」
一同は困惑する。
三十歳代の見た目の木人が古い知り合いといっても全く説得力がない。
「それにしても、大した《回復》だね。お嬢ちゃん将来的に《癒し》の才能があるね」
「貴方とそんなに歳が変わらないと思うのだけど、貴方誰よ」
ラザアも警戒を解かない。
「ああ、自己紹介が遅れたね。私は木人、しがない世捨て人さ。この子はホクトよろしくねぇ。それはそうと、そこの二人は《回復》だけじゃ危ないね」
木人が懐から何かを取りだす。
「そっちの銀髪の坊やは血を流し過ぎてるねぇ。この体力回復飴をおやり、多少なり造血効果があるからね。あとは、竜の血と魔力が生かしてくれるだろうね。そっちの顔のいい坊やは魔力欠乏症の末期だね。魔力の砂になる一歩手前じゃないかい見た目以上に、相当無理したね。魔力回復飴をあげるさね」
サンタが頷き、クロウが受け取る。
「《鑑定》、本物です。しかも、かなりの上級品です」
サンタが《鑑定》で飴を本物だと告げる。ラザアが頷き、アーモンドとリーセルスにそれぞれの飴を口に入れる。みるみるうちにアーモンドは顔色が良くなり、地に伏していたリーセルスは気分不快が治ったようだ。
「元気になって良かったね。まだ、無理はしちゃいけないよ」
「ラザア・ウェンリーゼ、ウェンリーゼの領主でござます。先ほどのご無礼お許し下さい。貴重な伝説の嗜好品を頂き感謝いたします」
ラザアが前に出て木人に礼を取る。
「お礼はいいよ。見物料替わりに貰ってくれて嬉しいねぇ」
その時、ラザアの視界に石碑に備えてあったボールマンとハイケンの首が目に入る。
「辛いけどこの子達もよくやったね。正直この人数と戦力差で神獣に勝てるとはね。心中お察しするよ。お嬢ちゃん、いや、領主殿」
木人がボールマンの死を認識したラザアに領主として敬意を払う。
「父の知己の方とお聞きしましたが」
「そうさね。なんなら、おしめを替えたこともあるよ。ほっほっほ」
「……おしめ」
ラザアは三十歳代にしかみえない木人に何をいってるんだこの痴女はと訝しい視線を送る。
「それは、そうとねぇ。まだ海王神祭典は終わっちゃいないよ」
木人が指を差した方向をラザアや一同が見る。
「コルルゥゥゥ」
木人が指を差したその先には、首だけとなった。虫の息のシーランドがか細い声で鳴いていた。
「さて、後始末はどうするおつもりだい。ご領主様」
木人がウェンリーゼ領主を試した。
ブックマークが増えました。
ありがとうございます。
第二部のキカイノココロでボールマンは赤ん坊の頃に木人に看病して貰ってます。




