エピローグ 猿芝居は終わらない 前編
海王神祭典より十六年後のウェンリーゼです。
1
グルドニア王国歴525年
ウェンリーゼにて魔獣大行進
ドドドドドドドドドドドドドドドド
「アルパイン中将閣下! もう限界です! 」
目の前には数千にもおよぶ魔獣の群れが地響きを上げて迫ってくる。
第一波、第二波はなんとか防げたが、第三波は規模が大きすぎた。
「くそっ! ここまでか、これより撤退する! ジーク、息子のジークはいるか! 」
「はっ! 父上! ここに」
ジークは魔力欠乏症で気を失っているインヘリットを抱えながらやってきた。
「ジーク! いいか、インヘリットを連れて後退しろ! 最悪の場合は領主邸地下のシェルターに避難だ! あそこならば魔獣も来ない」
「父上はいかがされるのですか! 」
「ワシはここで魔獣達の足止めをする。いいか、何としてもインヘリットだけは守るのだ! 」
「しかし、父上が……皆が! 」
バチーン
アルパインが息子の頬をぶつ。
「しっかりしろ! そんな軟弱ものに育てた覚えはないぞ! いけー! バカ息子! 」
「うわぁぁぁぁぁぁ」
ジークはインヘリットを抱えながら後退した。
2
インヘリットは魔力欠乏症で半分ほど意識はあったが、口を動かすことも叶わずにジークに抱えられながら、涙を流していた。
不甲斐なかった。
領主として期待を背負っていた彼女はこのような局面を乗り切る手札がなかった。
インヘリット自体はその才能や努力はそのままに、個人としての力はグルドニアでも十指に入るであろう。
しかし、インヘリットはその突出した才能故に誰かに頼るということが出来なかった。
竜殺しの父を持ち、真なる海王神祭典をなし得た母の血を受け継ぎし東の姫巫女は、常に強がり弱さを見せてはいけないと頑なに誓ったのだ。
(お願い、誰か)
(神様、お願い致します)
(私のすべてを捧げます)
(だから、このウェンリーゼを)
(皆を、どうかお助け下さい)
インヘリットは祈った。
誰かのために純粋に祈った。
「がふぅ! 」
インヘリットの口から吐血した血が指輪に触れた。インヘリットは領主として、出来ることを本当に、自身を顧みずに戦ったのだ。
指輪が……光った。
まばゆくも温かい光だった。
「インヘリット! 光が……」
指輪から光の柱が発現する。
3
「どうりゃあああ」
アルパインを中心に海兵達が陣形を組み、魔獣に応戦する。
この海兵達の練度は陸に上がろうとも一級品である。
「ぐわぁ! 」
「アイン、くそっ! 」
しかし、数の暴力の前には無常である。
「閣下! 最後になりますが我々を育てて頂いたこと御礼申し上げます! 」
皆がアルパインに敬礼をした。
「なにをいう。お前たち! 」
「戦争孤児だった我々を拾って、下さった閣下にはついぞ恩返しが出来ませんでした! 御子息もなんとか、撤退出来ました! 次は閣下の番です! 我々が肉壁となって道を切り開きます。
閣下は何とぞ! 何とぞ! 」
「バカな! 何をいう、こんな老いぼれなんぞ何の価値もないぞ! 」
「閣下の命はここにいる皆を合わせても、ウェンリーゼにはまだ閣下が必要なのです」
その場にいた百人の親衛隊は、皆行き場をなくして軍に拾われたものがほとんどだ。晩婚で息子のジークも生まれるのが遅かったために、彼らからしたらアルパインは、父親も同然である。
「ふざけるなぁぁぁ! 親より先に行くバカがいるかぁぁぁ! 」
アルパインが吠えた。
『百器兵装アルパイン』、ウェンリーゼが誇るこの武将は特別な戦闘の才があったわけではない。かつての仲間たちと比べたら単純な戦闘力は一段も二段も劣る。
だが、アルパインは不思議と軍才があった。
緻密な計算や腹の探り合いが苦手ではあったが、アルパインは戦局において神がかった采配を振るうわけではない。だが、アルパインは負けることがなかった。
大勝利を収めるような功績はない。
だが、どんな局面でも苦しくも盤上をひっくり返す。それがアルパインである。
ランベルトがかつてアルパインに、勝利の秘策を聞くと。
「花を飾るのと同じで彩りとバランスが大事なんだ」
ランベルトには理解できはしなかったが……
また、アルパインは粗野ではあるが器用であった。
アルパインは、近距離、中距離、遠距離全ての戦闘や武器を使用でき、魔力量もそこそこであり、そのせいあってかどの場面、戦闘や戦場でも十全に活躍した。
一時期は【コンプレックス】であったが、それを乗り越えたアルパインは、単純な戦闘力は一流に劣るが、経験や応用力に基づく戦闘能力は超一流である。
ちなみにアルパインは『現代版流体金属』を使っていたが、モブ達の形見である武器を現在使用している。
故に、『始まりの迷宮』を踏破できたのは、キーリとギン、アーモンドに加えてアルパインのみである。
海王神祭典の死亡者リストをみたときには各領地や王宮、他国の重鎮達は「一番厄介な奴が生き残ったな」、「暫くはウェンリーゼには手を出せんな」と頭を悩ませたという噂がある位だ。
(オレも年貢の納め時か)
(皆、遅くなったがオレも逝くぞ! )
「うおぉぉぉぉ! 」
「閣下に続けぇー! 」
「「「おおう!」」」
アルパインが魔獣大行進に特攻をしようとした刹那に……
「職務放棄とは関心しませんね。我は練る練る、分厚き友情に勝る壁を《砂遊び》」
分厚い土の壁がアルパイン達を守るように囲った。
「なっ! バカな! これは、ランの独自魔術だぞ! 」
アルパインが驚愕する。
カツカツカツカツカツカツカツカツ
足音が聴こえた。
数にして九人だろうか。
しかも、昔によく聞き慣れた足音だ。
「珍しく苦戦してますね。お手伝い致しましょうか? アル、それにしても老けましたねぇ」
「「「ハッハッハ、ちげえねぇ」」」
「おおう! ワシより年とったんじゃないかのう。頭もいい具合に禿げとるわ」
「おやっさん、アルの禿げは昔っからですぜ」
「「「ハッハッハ、それもそうだ」」」
「お前たち……これは夢か」
そこには、アルパインがよく見知った砂のゴーレム達がいた。
モブ達の救済はまだまだこれからのようだ。
一話で終わらなかったので、そのうち後編書きます。




