閑話 残酷な従者の薬
思いの外、「西の姫君の涙」が好評だったので続編です。
収まるところに収まればいいのですが…
残酷な表現あります。
1
魔猿
体長は一メートル半でグリドニア王国基準で、成人女性より低いが、他の魔獣に比べ賢く、皮膚は硬く弾力がある。
非常に獰猛で残虐な個体が多く、獲物をその鋭い爪で遊びながらなぶり、牙で血肉を啜る。
はぐれ個体は珍しく集団での狩が中心である。
グリドニア王国建国以来、滅多に人里へは姿を現すことはない。
2
「アーモンド様、リーセルス様、危ない!」
姫君は獣人種特有の嗅覚でいち早く魔猿を察知する。
魔猿は、声の主に狙いを定める。
「リーセルス」
「《移動》」
リーセルスが無詠唱で魔術を発現する。
姫君は、五歩後ろに下がった。魔猿の爪が空を切る。
アーモンドは、果敢にも足を前に出し軸足として、魔猿の頬を殴る。
魔獣は、獰猛な笑みを浮かべる。
「くっ!やはり丸腰ではダメか」
アーモンドとリーセルスはタッグとしては、非常に相性がいい。
聖なる騎士であるアーモンドが前衛をこなし、魔術師であるリーセルスが初級魔術による妨害、足止め、アーモンドが決定打を決める。
もしくは、アーモンドが前衛として時間を稼ぎ、リーセルスが火力の強い中級魔術で仕留める。
グルドニア王国騎士団の基本的な戦術である。
しかし、今アーモンドは日々の訓練により満身創痍で、武器も鎧もない。リーセルスは、初手の無詠唱魔術で魔力を大幅に消費してしまった。
何より、二人にとってはこれが初の実戦だ。雪がまだ溶けきってない雪国での戦闘で姫君を守りながらだ。
普段通りの力が出せる道理がまるでない。
アーモンドは一旦下がる。
素早くマントを左腕に巻きつけ、少しでも盾の役割をこなすよう願う。これでも随分マシなはずだ。
「アーモンド様、こちらを」
リーセルスは、懐の短剣を渡そうとする。
「ダメだ、それでは、姫君を守るお前が丸腰になる」
魔猿がアーモンドに迫る。爪がアーモンドを襲う。アーモンドは、首を反らし辛うじて爪を避ける。首の皮一枚繋がる。
だが、魔猿の本命は、その鋭い牙だ。
アーモンドは、左腕に巻いたマントを犠牲に魔猿の動きを止める。
左手のマントから血が滴り、魔猿は満足そうに嗤う。
「~《石礫》」
リーセルスが詠唱をし初級魔術を魔猿の右目に放つ。
「ギャッ」
魔猿は、怯んだ。アーモンドの左腕を牙が離れる。アーモンドの左腕は重症だ。
魔猿は痛みよりも怒りがこみ上がる。
「ぐあぁぁ、くらえ!」
その隙に、アーモンドは、歯を食い縛り魔猿の左目に二三指で目潰しをする。なかなか姑息だかいい手だ。
打撃が効かないのは、重々承知だ。
「ギャッギャー」
魔猿は二歩後ろに下がり、左目からは血が滴る。アーモンドは、左腕の痛みを我慢し素早く後ろに周り魔猿の首を締める。
「リーセルス」
魔猿はアーモンドの髪を掴み引きちぎる。
がら空きになった魔猿の脇腹にリーセルスの短剣が刺さる。
「うぉぉー」
リーセルスが吠える、そのまま短剣を捻り切る。魔猿の腹から血が溢れる。
「ギャー……」
魔猿は動かなくなった。
二人は安堵の表情だ。実際、この条件下でよく勝てたものだ。
だから、二人は気付かなかった。
獣神の像に隠れて気を伺っていたもう一匹の魔猿に…
魔猿の瞳が赤く光る。獲物を狙う目だ。
魔猿は、アーモンドの後ろより好物の頭に被りつこうとする。
「アーモンド様、後ろです」
リーセルスが気付く。
〖パーシャルデント〗に映った未来は
アーモンドを守るように、姫君の巫女服は白から朱に染まっていた。
3
「ニャー、ニャー、ニャー」
猫の鳴き声がする。
悲しい鳴き声だ。
茶色いブーツが見える。ブーツの横にはおそらく母猫であったであろう、ブーツを守るように横たわっている。動きそうにない。
ブーツの中には二匹の子猫がいた。一匹はもう息がない。寒さに耐えられ切れなかったのだろう。白猫は鳴いていた、一匹で鳴いていた。鳴き猫は不意に温かさを感じた。母のような父のような温かさだ。
白猫は、銀髪の少し肉厚な少年に抱かれていた。白猫は生まれて初めて母猫以外の温かい場所で、生まれて初めて安心して眠った。
今は無き世界の暦である【聖なる夜に】
4
「おいきなさい」
姫君の紅い瞳が青に変わる。
「ギィギィギィ…」
魔猿は、姫君を離し怯えたように神殿から逃げた。
姫君は崩れ落ちる。
「姫!」
アーモンドは、左腕の痛みも忘れ姫君を抱き抱える。
「ア…あ、モンド様、良かった。生きていらっしゃるんですね、未来を変えることがで、き……ゴホッ」
姫君の口を吐く。呼吸も浅くなる。
「なっ!姫、姫、!リーセルス」
リーセルスは素早く駆けつけようとするが、魔力欠乏により足取りがおぼつかない。
リーセルスの表情は険しい。
「リーセルス、早く早く!回復魔術を」
姫君の瞳が閉じようとしている。
アーモンドからは、目が熱くなる。身体中の血が吹き出しそうだ。頬を雫がつたう。
「私の《回復》では臓器の損傷までは、もう…」
「リーセルス頼む」
リーセルスは、姫君の傷口に手をあてて魔術を詠唱する。リーセルスの魔力はもう殆ど残ってない、少しでも魔力を捻り出す為に長文詠唱を繰り返し続ける。
「~~~~~~《麻痺》~~~~」
「リーセルス、貴様なにを」
「~~~~~~~~」
リーセルスは長文詠唱を繰り返す。リーセルスはかつてないほどに集中していた。そして、生まれて初めて主の命令に本気で逆らった。
「~~~~~」
リーセルスは、《麻痺》をかけ続ける。
姫君の傷口の痛みに対して麻痺をかけ続ける。その手からは温かい、とても温かい優しい光だ。
この毒は世界で一番残酷な毒だ。
少しでも、姫君が苦しまぬように、少しでも二人の最後の時間を作れるようにと…
リーセルスはきっと気付いていない。それは、淡い初恋の人に贈る最初で最後の祝福であることを…
やっぱりバトルパート難しいんですよね
ちゃんと表現できてましたか?読者さんの頭の中でも加筆訂正して頂ければ、
たまのリフレッシュで書けたら続けます




