閑話 人魚の涙 機械人形アギール
1
ドドドドドドドドドドドドドドドド
「「「ギィィィィィ」」」
地響きがなり、数百の魔獣が沼地目掛けてやってくる。
「アギル、アギル、アギル、あびばらばらはひ、戦う、戦う、戦う、戦う」
アギールの声に反応したガルルであったが、ただならぬ魔獣達のプレッシャーに再び理性を失う。
『くっ! ダメか! ミーシャ! お前は沼地に潜れ』
「アギールはどうするのよ! 」
『……ガルルは、本機のたった一人の友達だ! 友達を見捨てた機械人形は、スクラップ以上に意味のないただの鉄の塊だよ』
アギールはユフト師の四原則である機械は自分を守らなくてはならないに抗った。
アギールはココロノカケラを手に入れた。
アギールは赤いの瞳を点滅させた。
「ガルル! アギール! 」
魔力が底をつき自身の傷さえ癒すことすら出来ないミーシャに出来ることは何もなかった。
ドドドドドドドドドドドド
土煙が舞い魔獣の群れがすぐそこまで迫ってきている。
前方には小型魔獣の魔猿や中型魔獣の魔猪、ちらほらと魔熊や魔虎などの大型魔獣も混ざり優に五百は越えるであろう。
個体差にもよるが一般的な成人した獣人で中型魔獣と同程度の強さといわれている。
現状の突起戦力であるガルルと機械人形アギールでも数の暴力には勝てないであろう。
「あびあばばばぁぁあハッハッハ」
ガルルは駆け出した。まるで、子供がおやつをねだるように魔獣の群れに向かって嗤いながら駆け出した。
「ガルル! ダメ! 正気に戻って! 」
愛しい人の声は獣には届かない。
「ガルルラララララララララララァァァ! 」
だが、ミーシャの声はガルルの何かを刺激したのだろう。ガルルの苛立ちが、ガルルに流れる王なる血が沼地に鳴り響いた。
「ギィ」「ブギぃ」「ギィ」
先頭を走っていた小型の魔猿や中型の猪魔獣は、ガルルの威圧を受けて足が止まった。
魔獣達は捕食者であるガルルを恐れた。
集団の幾つかの場所で、足が止まった魔獣達は後方からの魔獣の波に飲まれ、戦わずして圧死という悲惨な末路を辿る。
「ギィィィィィ」
しかし、中には魔笛の狂気によりガルルの威圧をものともしない個体が大半である。
だが……
ブシュー、ビチャ、ビチャ
「あびらばあ」
ガルルは楽しそうに魔獣の群れに突入した。
ガルルの爪が、牙が、魔獣を刹那に命を刈り取る。
「グガァァァァ」
大型魔獣の魔熊が爪を立てながらガルルに迫る。
「あびあばばばぁぁあ」
ガルルの鋭い爪が魔熊の腹を突き破り内臓を引きずり出す。
「ギィィ」「グルリィァ」「ギャース」
本能を刺激された魔獣達は血の臭いに敏感である。
血が血を呼び寄せる。
魔獣達の共食いが始まる。
魔獣達は脚を止めて血の宴を叫ぶ。
「トマト、トマト、トマトマトマトマブッシャー! 」
しかし、魔獣は血の香りが濃いガルルに集中する。
ガルルが裂く、裂く、裂く、噛む、裂く、噛む。
ガルルは獲物を喰らいながら血の雨を降らせながらも、依然として狂気が止むことはない。
「あががぁぁ」
だが、突起戦力といえど数の力には抗いきれない。ガルルの脇腹に魔獣の爪が、牙が刺さる。
ガルルは痛みに興味はないが、身体からは当たり前のように血が流れる。
ガルルの足も止まった。
2
『《電光石火》』
限界まで加速したアギールが、ガルルの助けにはいる。
『《演算》』
アギールは魔獣の波をガルルの死角を守るかのように縦横無尽に動き回る。
数で押し潰されればいくらガルルでも詰む。
アギールは《演算》で最適解を解きながら魔獣の数を減らしていく。
ユーズレスシリーズ五番目の子《敏捷》を司るアギールは主に斥候や運搬、隠密を目的とした機械人形である。
さらに、変形機構によりユーズレスシリーズに外部ユニットとして換装することが出来る。
アギールは戦闘特化の機械人形ではない。
だが、当時のヴァリラート帝国で『雷速』といわれたアギールの速度についてこられる機械人形はいなかった。
正直、直線的な加速であればアギールを超える機械人形や生物は存在した。
だが、アギールは《敏捷》という縦横無尽な細かな動きが得意であり、換装したユーズレスシリーズの素早さを大幅に底上げした。
「ギャース」「グルリィァ」「ギィィィィィ」
勿論、単騎での戦闘が不得意というわけではない。
アギールのボディは軽量仕様ではあるが、換装時に兄弟機との剛性に耐えられるように、今の技術では製造不可能な技術からなる特殊な合金で造られている。
正直、魔獣ごときの攻撃では傷さえつけられない。
だが……
『ビィー、ビィー、魔力残量が残り二十パーセントです。戦闘モード稼働時間は残り十分です』
アギールは思考した。
アギールには大規模な範囲殲滅攻撃はない。
(ディックの魔法やレング兄さんの物理攻撃があれば……せめて万能型のユーズがいてくれたらな)
そう思ってアギールは笑った。
(フフフ、本機も最後にニンゲン味があるじゃないか)
アギールの【ブラックボックス】が輝いた。
(友のためにか……本機のスクラップには最高じゃないか)
何故だか、アギールは嬉しそうだ。
アギールは走った。
可能な限りは走った。
一分一秒先の未来へ走った。
誰にもアギールを止めることは出来ない。
アギールは何故か、誇らしかった。
アギールは自分で選べたのだ。
アギールはガルルにミルクを飲ませられるまで動けないブリキであった。
正直スクラップになりかけてひどい目にあったと思考した。
再起動したアギールのブラックボックスは曇っていた。
何故、本機はグランドマスターであるオトウサンを失って稼働しているんだろうと……
この世界は残酷だと……
アギールには待ち人はいない。
ここではない何処かを夢見た。
だが、時はアギールを置いていった。
アギールは強制シャットダウンしたかった。
そんな時にできた弱虫な木偶の坊のワンワンに、沼地に縛られた人魚。
なんとなくアギールの孤独を分かってくれそうだった。
三人はもしかしたら、足りない部分を傷を舐めあっていたのかもしれない。
三人で見る何気ない朝日が登って、夕陽が沈む光景は、アギールのブラックボックスを満たしていった。
三人でいれば自身が稼働している証明があるような気がした。
アギールのココロノカケラがココロノカタマリになった。
『絶対にやらせない』
多分、次に魔力切れを起こしたらまた数千年は再起動叶わない。それともスクラップになっているだろう。
仮に再起動出来ても……
きっと、ガルルとミーシャはいない。
『ああ、そういうことか』
アギールが血だらけのガルルと傷だらけでいるミーシャを視認した。
(二人はマスターではない)
(でも、本機より大切なもの)
『これが、本当の友か……本機は幸せものだなぁ』
アギールが笑った気がした。
アギールは走る。
アギールが走る度に魔獣は刈られる。
アギールは未来へ走る。
ガルルとミーシャの未来のために走る。
ココロを持った機械人形は止まらない。
例えその未来に機械人形がいなくとも……
沼地に気高くも寂しい風が吹き続けた。
なんか盛り上がってきたぞ!
シーランドの『し』の字も出てこない。
全て安いパックの白ワインが悪いね。
今日も読んで頂きありがとうございます。




