4 おやっさん ベンジャミン・アズマヤ
ブックマークが増えました。嬉しいです。ありがとうございます。
外伝読んでいただいた方も楽しめるように、プロローグ加筆しています。
二話を一話にリテイクしたので若干文字数長いです。
キーワード、津波、地震あります。
ご気分害する場合は跳ばして頂ければと……
プロローグ
前回の海王神祭典
「ガララララララ」
海辺には五隻の戦艦が沈められ海の藻屑と成り果てた。
「なっ! 本当の化物けめ! 」
ベンがなす統べなく浜辺に打ち上げられてはシーランドを睨む。ベンの心はまだ折れていないようだ。
「ガララララ」
シーランドが一角に魔力を収束して上級魔術《水月》を発現する。
ベンの頭上に約三十メートル級の水球が水の月となりベンに襲いかかる。
「来やがれ、蛇野郎! ただではやられねぇぜ」
血の気の多いベンは威勢はいいが、万策尽きていた。
先の戦闘でシーランドを相手に艦隊戦を仕掛けた。ガレオン級の魔導戦艦に、小回りがきく船に魔術師、射手を常任させた。だが、シーランドの厄災魔法《地震》、《津波》の前には海軍の船などまるで意味を成さなかった。
(俺もここまでか……戦いで死ねるなら悪かねぇな)
ガッシャン
ベンが拳骨を攻撃形態にする。ベンは勝てないまでも一矢報いようと全魔力を込める。
あの勝ち誇った海蛇に、一発喰らわせなければ、死していった多くのもの達に顔向けが出来ない。
「うおぉぉぉぉ」
ベンが特攻しようとした矢先に……
「元つ月」
キャハハハ
神速の一閃が《水月》を切り裂き、水飛沫を海へと還す。
「おや、親方様」
「ははは、だからその呼び方は止めてくれよ。ベンジャミン」
ベンの視線の先には幼子のギンを抱えながら笑う絶剣を携えた。キーリライトニング・ウェンリーゼがいた。
「すみません、親方様。私がついていながら艦隊は全滅致しました」
「ベンジャミンのせいじゃないさ。あれは、伝説の海の王、海王神シーランドだ。コフィンやガーヒュ、ボンドと並ぶ厄災級にしてされている。それに並々ならぬ気を感じる。恐らく神獣の類いだろう」
「やつが伝説の……」
「ベンジャミン、ここは私に任せてギーンを頼む。流石に息子を抱えながらでは、奴に勝てんでな」
キーリがギンをベンに託す。
「お父様……」
「心配な顔をするな、ギーン」
「ガララララ」
シーランドが《水球》を放った。
「親方様! 」
キャハハハハハハ
バシャッ、バシャッ、バシャッ
見えない剣筋が《水球》を水飛沫にする。
「安心しろ。ギーン、お前の父は剣の腕ならグルドニア王国で二番目に強いのだよ」
キーリの笑顔が爆発した。ギンが父の底知れぬ高みを垣間見た。
ベンは見た。
怪物同士の戦いを、そこに若きベンジャミンが入り込む余地はなかった。
歩く天災にして、剣帝キーリライトニングの【カウント】をベンとギンは見ているだけしか出来なかった。
1
「ベン行くのか」
ギンはベンの背中に語りかける。
「ちゃんと見届けるつもりじゃったが、もう辛抱出来ん」
ベンは本当は一番に逝きたかったようだ。
「世話になったな。お前がいなければ私は、とっくの昔に死んでいる」
「記録上は死んだことになってるがのう」
「おかげでいい夢をみることができた」
ギンはベンに感謝をいう。
ベンは振り返り、かつてのようにギンに頭を垂れる。
「最近、先代によう似てきましたな。ギン坊っちゃん」
「最高の褒め言葉だ」
ギンは本当に嬉しそうに微笑む。
ベンはゆっくりと顔をあげてかつての主に似たその顔を慈しむ。
「いって参ります。ギーンライトニング・ウェンリーゼ様。もう一人のウェンリーゼの王よ」
2
唄が聴こえる。
酒飲みの唄、祝いの唄だ。
この唄は皆で酒を飲みながら、友を家族を労う唄だ。明日もまた健やかな日々が送れますようにと……
一人の老人が酒を飲みながら涙を流し、唄を唄う。
〖峠岩〗海の上にそびえるこの巨大な岩の遥か海底には、〖月の賢者の迷宮〗があり、月の賢者がお眠りになっているという伝説がある。
ベンジャミン・アズマヤ(ベルリン)は岩に座しながら待ち焦がれる。五十年ぶりの宿敵を…
残り1500メートル
「ガララ」
シーランドはゆっくりとその巨大な岩に近付く。何故だかその歩みが重い。
「よう! ずいぶん待たせるじゃねぇか、お前さんも一杯どうだ。【末期の酒】じゃあ」
「ガラララララ」
シーランドが止まった。シーランドは、ベンを見る。この海の王がベンを覚えているかどうかは定かではない。だか、シーランドとベン見つめ合う。まるで、お互いの五十年を確かめあっているようだ。
「お前さん前と違うな。誰に踊らされた。いや、魅入られたか。随分つまらん顔になったもんだ。前におうた時は、ションベンチビったもんだがなぁ」
シーランドはたじろいだ。シーランドには何故だかこの大きな岩がベンに見える。いや、この男の言葉を発する酒臭い吐息が、世界が終わろとも決して動こうとしないその岩のような所作の一つ一つが、この頑固親父を自身より大きく見えるのだ。
「うぃーっと、お前さんがぐずぐずしとるから酒も無くなった。次はお前さんのそのヒレを貰って酒のアテにでもさせて貰おうかのう。あぁ、そういえば鰭酒の分も取っとかんといかんのう。最近、物忘れが多くて敵わんわい」
ベンは酒瓶を置き、ゆっくりと立ち上がる。
シーランドは、踵きすびを返した。決して逃げた訳ではない。シーランドは、その岩の潮の流れを嫌ったのだ。油断すれば、自身をも飲み込みそうなその渦を……
シーランドは海の王者である。これ以上、陸地へ近付く必要はない。海から無限に集まる魔力を使い、《地震》、《津波》によって古来より汚れた大地を浄め、彼の姫君をお救いしなければならないのだ。
ここまでの戯れで傷を負ったが、海の祝福と無限の魔力により一時の眠りにつけば癒せる傷だ。目くじらを立てる必要もあるまいと……
シーランドが岩から離れようとした瞬間
「オイ! 連れねぇなぁ、せっかく来たんだ。もう随分腹も膨れただろう。この老いぼれの小言にちぃと付き合ってくれや。〖拳骨〗・型破り」
〖拳骨(弓懸)〗
〖種類〗手甲、弓懸(元は〖皆中〗と対なる装備)
〖効果とストーリー〗
弓の名人、オトキチ・ヴァリラートが使用していたとされる弓懸。時を経て用途が代わり、秘蔵されていたものをベンジャミンにより【カスタム】改修された。
〖拳骨〗岩砕き、拳に魔力を纏い殴る。
〖拳骨〗岩、盾の部分に魔力の障壁を発現させる。拳骨そのものの物理防御も強い。
〖拳骨〗型破り、先端の指先に魔力を集束し爪のように使用できる。器用なものが使用すれば、指先から魔力を放出も可能だが、大量の魔力を消費する。
拳骨の指先に魔力の爪が発現する。まるで魔法の槍のような鋭い爪だ。
ベンがシーランドの頭部近い場所にある背鰭に拳骨の爪を食い込ませる。
「ガララララァァァァア」
「お前さんもちぃとばかし、痛い目みんとのぉー、うりゃぁぁぁぁぁ! 」
ベンはその背鰭を容赦なくを引きちぎる。
「ガララララァァァァアァァァァア」
シーランドが吠える。
ベンが背鰭から飛び散る血を浴びる。その姿は古来の神々である〖アシュラン〗のようであった。
シーランドがその鋭い爪でベンの脳天を突き刺す。ベンの頭から血が吹き出す。
シーランドが仕留めたとニタリと嗤うが……
グググ……シーランドの爪が弾かれる。
「痛いのう。うちの倅どもと甥っ子はもっと痛かったじゃろうなぁぁぁぁぁあ」
〖血塗れのアシュラン〗が泣き叫ぶ。
「ハァッハハハ、もう限界じゃい! 脳天がブチキレて何がなんだかワケわからんわい! ハッハッハア、このトカゲだか蛇だか分からん羽虫がァ! ぶち殺してくれるわぁ」
酒を飲み尽くされたウェンリーゼの守護神は、相当にキレていらっしゃる。
古来の神〖アシュラン〗その顔は三つあったといわれている。それは、少年、思春期、青年の顔といわれていた。では、大人の顔は…
かつて、大陸の覇者アートレイは竜の血を浴び自身の穢れを払い、国を起こしたとされている。
だか、この現世に舞い降りた老人の顔をした〖アシュラン〗様の怒りは、竜の血を浴びようと鎮まること叶わない。
ウェンリーゼの地に、海を隔てた遥かなる地の古の神々(最高神イ◯ドラ)すら怖れた、血塗られた戦いの神が降臨あそばされた。
3
数年前、ベンのあばら屋
「ベン、今日は何月何日か分かるか」
ジョーはベンに【認知症簡易検査】を行う。ベンは今年で七十半ばで【後期高齢者】という枠に入る。
「そんなもん簡単じゃい」
「ベン、今年で幾つになった」
「七十はとっくに過ぎたのう」
「竹、犬、馬車って言えるか。後でまた聞くから覚えてろよ」
「誰にものを聞いとる」
「ベン、最後に人の名前を言えるだけいってみてくれ」
「うーむ、ちと……時間かかるぞ」
珍しくベンは一考した。
……数時間後
「ベン、ジョー、大変だ」
ギンとアルパインが慌ててあばら屋にやってきた。
「どうした二人とも、こんな嵐の日に」
ジョーがずぶ濡れの二人にタオルをかけようとする。
「お嬢が、巫女の祈りで海からまだ帰って来ていない」
「「なに! 」」
ベンはそのまま、猪のようにあばら屋から駆け出した。
滅多にない嵐の夜のことだった。
2
背鰭を引き千切られたシーランドは痛みと怒りで暴れ狂いベンを〖峠岩〗に叩き付ける。
「ぬぅぅぅぅ」
ベンは背中を打ち付け口から血を吐くが…
「いいぞ! いいぞ! 怒れ、狂え! そして踊れ! 地獄の底まで付きおうてやるぜぇぇぇ」
ベンは口から血の唾を吐き出し左手で血を拭う。血が少し抜けて、どうやら【エンジン】がかかってきたようだ。
「ガララ」
シーランドは口から一メートル程度の大きさの《水球》を放つ。
「ハッハッハ、拳骨・岩砕き」
ベンは《水球》を殴り付ける。《水球》は水飛沫へと還る。
「ガララ、ガララ、ガララ」
シーランドに《水球》を連発するが……
ベンは水遊びをただひたすら【遮二無二】殴り付ける。水飛沫がベンの血を洗い流す姿は、〖アシュラン〗が泣いているかのようだ。
「どうした! まだ馬のションベンのほうが勢いがあるぞぅぅぅぅぅ! ハァハァハァ」
気力はあるが体力がない。ベンは数年前から既に【後期高齢者】の仲間入りをしているのだから、この水遊びは年寄りには少々酷な遊びだ。
「ガララララァァァァアァァァァア」
シーランドの一角に魔力が集束する。背鰭を引き千切られ魔力伝達効率は悪いが、まだ上級魔術は発現可能なようだ。
ベンの頭上に三十メートル級の水の球体(数百トンの水)が発現する。
「ハッハッハァ! なんじゃい、そんなにお冷やはいらんぞ。挨拶代わりに竜酒でも持ってこんかい」
ベンはシーランドに酒飲みの常識を教育している。
「ガララララァァァァアァァァァア」
上級範囲殲滅魔術《水月》がベンに放たれる。
「拳骨【モード】・型破り」
キィィィィィィン
ベンは拳骨の五本指先に自身の魔力を集束する。それは螺旋を描くように五本の筒に吸い込まれていく。
「おらァ! ワシの奢りじゃあぁぁぁぁあ!《怒波》」
ベンの全魔力を放出した五つの閃光(アシュランの怒り)がシーランドの水の月と殴り合う。
ドッゴォォォォォォ
「まずい! 皆、伏せろ」
ギンが船の皆にいう。
水面が激しく揺れ衝撃が船まで届く。
「グウゥゥゥ」
皆が身を屈め、水月の雫を浴びる。
辺り一面に衝撃の飛沫により霧となる。
「ガラ、ガララ」
シーランドは霧の中で怒れる神を探すが、視界が悪くお隠れになられた神を見つけられない。
〖アシュラン〗この太古の神は、三つの顔を持ち、六つの腕を持つ戦いの神である。六つの腕のうち最後の手には、宝の矢を持つと云われている。
拳骨の五本の指からの怒りの後に……
「どうしたぁ! 誰を探しとるんじゃぁ」
シーランドの頭上に六つ目の怒りが発現する。
ベンジャミン・アズマヤは夢をみる……
4
数年前ウェンリーゼ海岸 嵐の夜に
「ラザア! どこだー! 」
ボールマンやランベルトをはじめ、家臣一同が嵐の海岸で雨に打たれながらラザアを探す。
「メイド長、最後にみたのは」
ボールマンが傷心仕切ったメイド長に問う。
「最後にみたのが、この海岸です。エミリア様の形見のネックレスがないと……こんなことになるなら無理してでもお止めしていれば、お嬢様に何かあれば、私は、私はぁぁぁぁあ」
メイド長が泣き崩れるが、状況をみるに彼女に非はないであろう。ラザアの普段のお転婆ぶりを知っている皆は理解している。
「ユーズはどうしたのですか、彼なら位置を特定できるはずです」
ランベルトはボールマンに問う。
「今は休眠期だ、察するにあと三日は起動しない」
「肝心な時に」
ユーズレス、名前の通り肝心な時に役に立たない。
バシャァン
水中歩行が可能なスイが嵐の中帰ってくる。
「スイ、どうだ」
レツが泳ぎが得意な漁師のスイに問う。
「ダメだ! 兄者、この海じゃあ自慢の鼻も利かん。海も濁って先も全く見えん」
いよいよ絶望的だ。
「どうした! まだ見つからんのか」
猪突猛進でやって来たベンと、後ろから【応急セット】を担いだジョー達がやって来た。
「ダメだ! 手がかりすらない」
ボールマンが首を振る。
「ボール、こうなったらディックの杖を」
ランベルトがボールを見る。
「《竜巻》は嵐を相殺できるかもしれんが、ディックは細かい指定が難しい。下手したら、ラザアが小間切れになる」
「くっ!それでは打つ手が……」
策士ランベルトでも打つ手が無いようだ。ランベルトが肩を落とす。
バチィィィン
「「「「なっ…! 」」」」
数十年ぶりにランベルトの頬に懐かしい衝撃が走る。
「シャキッとせんかい、眼鏡坊主! その眼鏡は飾りか」
衝撃の主がランベルトの両の肩に手をやる。
「その眼鏡は、御姫さんからのお前さんの命プレゼントじゃろう! その眼鏡には微量だが製作者の魔力の色がある。お前さんの覗き《鑑定》をその色の【チャンネル】に合わせろ」
ベンはランベルトに助力する。ランベルトは思う、いくら賢くズル賢くなろうと、この猪みたいな老人には敵わないなぁと……
「魔力はワシが補助する。広域に《鑑定》をかけろ! 」
ランベルトの目が生き返る。
「ラン、私の魔力も使え、サポート程度ならディックからの《演算》も使える」
「ありがとうございます。ボール」
言葉だけ見るともはや、どちらが父親か分からない。
「お前らもグズグズするな! ジョー、ギンと二人でワシ特製の【心臓ショック】の準備をしろ。死んでもに濡らすなよ」
「医者は俺だぜ、叔父貴」
ジョーは何故かウインクする。ギンは魔導具〖東屋〗簡易テントを準備する。
「シロクロ、お前達は一旦屋敷に戻って待機だ!シロ、お姫がここにいない場合も想定して各署に伝令に走れ、クロは部下達を総動員させろ。寝てたら馬のションベンかけてでも叩き起こせ」
「シロクロってセットにすんなっての」
クロシロは、競争するかのように走り出した。
「スイ、レツ、ヒョウ!足の速く鼻の利くお前達は、いつでも動けるように【準備運動】でもしとけ! 遅れるなよ」
「「「流石、おやっさんだぜ」」」
三匹は久しぶりのおやっさんの喝に懐かしいのか尻尾を振っている。
ベンは最後にランベルトの眼鏡を見ながら優しくいう。
「眼鏡坊主! ラン! 大丈夫だ。お前さんなら出来る! ちぃとばかし厄介なだけだ。いざとなったら、ワシが死神の顔に拳骨を食らわしても連れ帰るからのう」
ウェンリーゼの守護神がしわくちゃな顔で笑った。
ランベルトは嵐の海を見る。
「大丈夫じゃ、故郷の海はいつでもワシらの味方じゃぁ」
「ラン! 娘を頼む」
ボールマンがディックの杖を構えながらランベルトのもう片方の肩に手を置く。全くその通りだと、風の女神はオッサン達を見る。自分が起こした嵐(不機嫌)のことなど綺麗さっぱり忘れているようだ。
ランベルトはベンとボールマンを見た後に、故郷の海を見つめる。
「モノクルよ、我は練る練る、幼き頃の想いを、初恋の面影を写し姫を、世界の天界にいようとも探し出す《鑑定・極》」
「ディック、補助《演算》」
『微量ながら補助します《演算・小》』
「ワシの魔力も《鑑定》に使え! 両の目で広域を鑑定するんじゃ」
今まで、何でもそつなくこなしてきたランベルトは初めて神に祈り、かつてないほどに集中(努力)した。
ランベルトの眼鏡が光る。
「いました! 二時の方向、ここから約二百メートル」
神々に祈りは通じ、刹那の努力が実った。
「よくやったぁ! ランベルト! こおぉぉぉい、〖拳骨ぅぅぅぅ〗」
ベンはランベルトの頭をくしゃくしゃに撫でる。頭がもぎれそうだが、ランベルトは嬉しそうだ。
ガシャン
〖拳骨〗が主の右腕に装着される。拳骨に追尾機能は搭載されていない。ベンは無意識に名を呼んだだけだが、ここに一つの〖奇跡〗が発現した。ウェンリーゼの男達は細かいことは気にしない。
拳骨もいつもの定位置に来れて嬉しそうだ。
「皆どけぇい!ワシは練る練る、交換する、この命を、救え、故郷の宝を、応えよ、神よ〖拳骨〗《噛み砕き》」
ウェンリーゼの守護神が黄金色に輝く。
ドッゴォォォォォォン
ベンは海に全てをかけた今世最大限のゲンコツを発現した。
ウェンリーゼが揺れ、海が割れる。その衝撃は不思議なことに姫ラザアを決して傷付けないように姫のための黄金のミチシルベ(絨毯)をつくる。
「あそこだ! 三兄弟」
スイ、レツ、ヒョウが矢のような【スピード】でラザアを救出する。
………
「ゲホッ、ゲホッ」
「よし、水を吐いた。一命はとりとめた」
ジョーと皆は安堵する。
「皆、本当にありがとう……」
最近はナリを潜めていた泣き虫ボールマンが泣きながら皆に感謝を告げる。
「それにしても、おやっさんは無茶苦茶だぜぇ」
「バーカ、そこは違うだろう」
ジョーがシロクロにいう。
「「「流石、おやっさんだぜ! 」」」
皆の決まり文句は今も昔も変わらない。
皆が振り向いた先には、おやっさんの〖拳骨〗だけが、嵐が過ぎた砂浜に佇んでいた。
翌日、ベンは何事もなかったかのように工房で朝から技師として仕事をしていた。人騒がせなおやっさんだと、皆の笑い話になった。
ベンの物忘れが輪をかけて目立つようになったのはその頃からだった。
5
ウェンリーゼの守護神がシーランドに天罰を下す。
「ワシは練る練る、散っていた者達の魂を、想いを、おもいやりを、ワシ拳骨はちぃとばかし痛いからのう! 拳骨《神砕き》」
黄金色の〖アシュラン〗のゲンコツがシーランドの一角に降臨する。
バッキィィィィゥン
その天からの一撃は、狩人が付けた目印に【クリーンヒット】し大きなヒビが入る。
「ガァァァァァァァァア」
シーランドは痛みを吠える。
神々は息を飲み、武神はアシュラン(おやっさん)を称える。神話の時代より、海のグングニルといわれた神殺しの槍に傷を付けた男を、武神は敬意の証としておやっさんに礼をとる。
シーランドは落下するベンを噛む。
「ハッハッハ、その天狗鼻が昔から気に入らんかったんじゃぁ! これはオマケじゃ」
ベンは噛まれながらも、下半身から大きいのと小さいのを排泄する。
「ガァァァァァァァァア」
竜種もどうやら嫌なものは嫌らしい。
「すまんなぁ、年を取ると絞まらんのじゃあ、ハッハッハ」
シーランドはベンを上空に放り投げる。
口腔内に魔力を集束しブレスの準備をする。
「ガァァァァァァァァア」
竜の無慈悲な息吹きがベンを襲う。
「フン! ケツ洗うのに丁度いいわい……ハハハッ」
ベンはウェンリーゼの海を見ながら己を清め、逝ってしまった。
〖アシュラン〗の顔は三つある。それぞれが、少年、思春期、青年だといわれている。
ウェンリーゼの〖アシュラン〗(おじいちゃん)の顔は、しわくちゃでとても穏やかな顔であったと後の記録に記された。
ジョーがベンに行った最後の質問、〖知っている人の名前をいう〗は数時間かかった。何故なら、おやっさんはウェンリーゼ皆の名前を挙げたからだ、石碑に彫られた皆の名まで……ウェンリーゼで、ベンのオーダーの魔導具を持たないものはいないのだから……
死神は鎌を振るうが空振りした。再び振るうが、鎌に手応えがない。
大神は目を細めウェンリーゼの守護神であったものを見る。
〖鑑定〗
固有名 ベンジャミン・アズマヤ(ベルリン)
数年前の嵐の夜に魔力枯渇により灰となり死亡している。本人は状態異常〖認知症〗により、死亡したことを忘れていた。
神々は神話の時代、創世の時代始まって以来のとんでもない〖奇跡〗に言葉が出ない。
死神が鎌を収めながらいった。
よほど、未練があったのだろうと……
大神は首を振りながらいった。
それは未練ではないと、彼の姫君が心を痛めぬようにと頑固な老人の【おもいやり】であると……
時の女神は、赤いレンガを積んだ土台をよく見てみる。それはかなり無骨で、古びて今にも崩れそうだったがとても頑丈な赤いレンガであった。
カタカタカタ
ギンの絶剣が三度震えた。
「「「ハッハッハ、さすが、おやっさんだぜ! 」」」
神々の耳に何処からか、今も昔も変わらない決まり文句が聴こえた気がした。
拳骨 作画 ヴァリラート様
今日も読んでいただいてありがとうございます。
個人的におやっさんの回は好きな回です。




