1 剣帝の置き土産
閑章なのでスナック感覚でどうぞ
1
パンドラの迷宮 地下二十階層 主部屋 クリッドと剣帝の戦闘
ビュン、ビュン
クリッドの夢剣が剣帝に襲いかかる。
ガキン、バキン
けたたましいと音とともに剣帝の絶剣がクリッドの連撃を防ぐ。
キャハハハハハハ
絶剣が笑い、剣帝のクリッドの首筋を狙った剣閃が虚空に綺麗に描かれる。
キャハハハハハハ
夢剣がやらせないよ、と絶剣と意識を共有しているかのように剣閃を防ぐ。
クリッドは剣帝と命のやり取りをしていた。その中で不思議な感覚に落ちた。夢剣とまるで意識が繋がったかのような感覚だった。意思を奪われるでもなく、自分の意思を押し付けるでもなくただ溶け合うような快楽に似た感覚だった。
ガキン、ガキン
夢剣と絶剣が打ち合うたびに、火花が散り、まるで迷宮の暗がりで星が生まれては消えるようなファンタジーを綴っているようだった。
意識を共有しているのは、絶剣とばかりではない。剣を振り、視線を動かし、師である剣帝の動きを予想してまた剣を振る。クリッドは剣で会話しているようであった。影骨である剣帝は喋らなかった。声を聴いたこともない。ただ、両者は剣戟のなかで様々な会話をようだった。そこには、魔界でのクリッドの数千年にわたる寂しさや、虚無感に始まり本当は誰かに構って欲しかったこと。ユーズレスや補助電脳ガードに出会い、真なる悪魔に覚醒したこと。ユーズレスと兄弟になったこと。パンドラの迷宮での冒険や師である剣帝との修行できつくも実りのある充実した時間を過ごした感謝や、自分でも気づけなかった父や母である時の女神に対する感情にも剣を打ち合いながら気づけた。自分は、父に母に誰かに認めてもらいたかったということ。父が神格化したあとは自分が父の後を本当は継ぎたいこと。
ビュン、ビュン
剣帝の絶剣が振られる。その一振り一振りの鋭さは、どのような硬度を誇る鉱石でさえ裂く剣閃である。クリッドはその剣戟を夢剣で撃ち落とす。
(温かい)
クリッドはその剣帝の剣戟の衝撃が夢剣を通じて掌で感じる。その衝撃は痺れとなり掌の感覚を狂わせる類だが、クリッドはとても心地よかった。師である剣帝の剣から何故か、温かいものを感じた。まるで、いつものように焚き火を囲い、剣帝が不出来な弟子の話を酒でも煽りながらあやしているような感覚さえ感じた。
クリッドが部屋を右回りに走る。その刹那に剣帝がクリッドからみて左回りに駆ける。クリッドはとても気分が高揚した。それは、まるで剣を通じて自身が剣帝と意識を共有しているかのようだった。自分が欲しい場所にストンと来る。それは、言い表すことのできない快楽であり愛だった。
(楽しい、嬉しい)
(まだまだ、話し足りない)
(もっと、話したい。師匠と……)
クリッドが全身をバネのようにして渾身の伸びのある一撃を放つ。剣帝もそれに応える。二振りの剣が重なり合う。
バキバキ
影骨である剣帝の身体はクリッドの想いに応えられなかった。
ニコリ
剣帝が少し寂しそうにクリッドに微笑んだ。
2
キャハハハハハハ
絶剣が鳴いた。剣帝はクリッドに別れを済ませて消えていった。
クリッドが泣いた。
ユーズレスと補助電脳ガードが剣帝からドロップした戦利品を拾った。〖絶剣満天〗、〖パルムの剣〗、〖暴炎竜の革鎧〗、〖水皮のマント〗の四つだ。《癒し》によって浄化されてしまったためか、魔石はなかった。
「こちらの剣は私が頂いてもよろしいでしょうか」
クリッドが絶剣を握る。
『全部、クリッドがもらって頂ければよろしいのではないでしょうか』
(その方が剣帝殿も喜ぶだろう)
ユーズレスが形見は弟子がもっていろという。
「私にはこの父上から頂いた赤の燕尾服があります。それに師匠と違って私は二刀流ではないので、師匠の剣も必要はないのですが」
カタカタカタカタ
クリッドの夢剣が騒ぐ。
「どうやら、この夢剣と絶剣という銘のこの剣は元々対を成す二振りのようです。今は、むりですが、いずれもし、師匠のように二刀を使う時がきたら、是非この絶剣を振るってみたいのです」
『剣帝殿もお喜びになると思いますよ』
補助電脳ガードがいった。
(このパルムの剣はいいのか)
『《鑑定》によると、このパルムの剣は稀代の鍛冶師クーリッシュの父であるパルムが打った剣ですね。特別な効果はありませんが間違いなく業物ですよ』
「シャチョウのお心遣い痛み入りますが、あまり剣が多いと、夢剣が嫉妬しますのでご遠慮させていただきます」
(そうか、たしかに浮気は良くないな。電子書籍の純と愛でもいっていた)
「……純と愛ですか、ユーズ兄上、シャチョウ、つかぬことを伺いますが愛とはなんなんでしょうか」
『……』
(……)
ユーズレスと補助電脳ガードは思考した。クリッドにバレないように刹那の間に《高速演算》を起動する。
その結果……
(それについては、長くなるな。焚き火の準備をするから少し待っていろ)
ユーズレスは行った後でバックパックの四次元に焚き木がないことに気付いた。機械は酷く動揺していた。
「いえ、先を急ぎましょう。何故かここにはあまり長居したくないのです。何故かここにいると、胸がとても痛いのです」
『クリッド、先の戦闘で負傷でもしましたか』
「いえ、肉体的な負傷はありませんでした。ですが、何故か胸がズキズキと痛みのです」
(クリッド、きっとそれが愛なんだ)
ユーズレスは難題の突破口を見つけた。




