エピローグ 後編
1
「思い当たる節があるみたいね。オスマン。ふふ、話は変わるけどラガーちゃん、そういえばお父様のピルスナー男爵はお元気かしらん」
ビクッ
ラガー少尉の心臓が跳ね上がる。正直、声を掛けないで欲しかった。だが、ピルスナー男爵家はサファイア家の寄り子である。ラガーとマゼンタは面識があった。
「はっ! 最近では魔獣の駆除に追われておりますが壮健です」
「大変よね。街道に大型魔獣の群れがいて、それが小型の魔獣を呼んで物流がだいぶ滞っているみたいじゃないの、田畑は荒らされて冬を越えられなかった領民も多いみたいね。私も胸が痛いわぁん」
「お……恐れ入ります」
「冒険者ギルドでも依頼を出してるけど、どこも人手不足でおまけに銀級冒険者でも二桁は必要な依頼みたいねぇん」
マゼンタが胸元から一枚のカードを取り出す。ラガー少尉の目は自然と釘付けになる。
「貸してあげようかしらん。サファイア騎士団、近衛騎士団とまではいかないけど、一小隊の権限をあなたに預けるわん。十分な戦力だと思うのだけど」
「ゴクリ」
ラガー少尉の喉がなる。
「サファイア卿いったいなにを! 」
「ピルスナー領地の温泉って美肌にいいっていうじゃない。私も貴方の寄り親として力になってあげたいのよん。いいかしらん。ラガーちゃん、魔導具の色は赤じゃない、黄色だった。そうよねえん」
ラガー少尉は目を瞑った。そんなことが許されるはずはない。それは軍人として、まして騎士として一生の傷を残すものだ。だが、ラガー少尉の瞼の裏に映ったのは、ピルスナー領民の悲痛な顔と、父のやつれた姿だった。
「……き……で、した……」
「ごめんなさいねぇん。ちょっぴり、聞こえなかったわ。ウェンリーゼからの発光は何色だったのかしらん」
「き……黄色でありました! 」
「そう、その場合はどうなるのかしらん。私、軍人じゃないから分かるようにいって頂戴ねん。お・お・き・な・声でねぇん」
魔女がウインクした。
「異常に備えて、次の発光があるまで待機であります! 」
ラガー少尉の顔からは、涙が溢れた。
「そう、よく分かったわ。次は定時連絡で三時間後ね。それまで、ゆっくりと何か食べてなさいな」
チャリン
マゼンタは白金貨の詰まった袋をラガー少尉に投げた。
ズシリ
「えっ! その、これは」
「ああ、足りないかしらん。はい」
室内にはいつの間にかマゼンタの従者がおり、約白金貨五十枚(約五百万)の袋さらにもう一袋追加した。
「次に有給休暇をとってピルスナー男爵に元気なお顔を見せておやりなさい。馬車にお土産もいっぱい積んでね。立派な孝行息子ねぇん」
「あっ……ありがとうございます」
「温泉楽しみにしてるわぁん。ピルスナー男爵には温泉楽しみにしてるわと、くれぐれもよろしくねぇん。古来から、働き方改革ってとっても大事みたいよぉん」
魔女の微笑みにラガー少尉はもう笑う他なかった。
2
「なんてことをしてくれたんだ……」
ラガー少尉が居なくなった部屋で、オスマンがマゼンタにいう。
「あら、お金のことなら気にしなくていいのよん。投資ってのはね。最初が肝心なのよ。相手が後で返したくても返せない恩を売るのが肝よ」
「そうじゃない。これでは、もう虚偽の報告を私が容認したようではないか! ひゃん! 」
「いい声で鳴くわね。こんなに物騒なナニもって、なにを小さなこといってるのかしら、先のラガー坊やのほうがまだ男らしかったわよん」
マゼンタがオスマンのナニを手で掴む。
「ぐう、はなせぇ。はぁはぁ、これではウェンリーゼが見殺しではないか」
オスマンは誘惑をはね除けた。
「先もいったでしょう。あそこは匂いがヤバいのよ。このままだと、単独での独立国家ができるわん。それこそ、今、ウェンリーゼが独立なんてしたら、このグルドニア王国の台所は立ち行かないわよ」
「それこそ、貴殿の妄想ではないか」
「金級冒険者ギン、曲者ランベルト、百器兵装アルパイン、薬神の申し子ジョー、稀代の天才魔導技師ベンジャミン、白い死神シローン、豪勇クロアカ、あと偽名使ってるけど元獣国三獣士の氷帝ヒノエ、炎帝ヒノト、水帝ゼオ、獣国戦争の英雄よ。年は取ってるけど次代にはどんな隠し玉がいるか分からないわよん」
「貴殿どこで、その情報を……」
「筆は剣より強しよん。それと貴方のお母様のほうが確か、ウェンリーゼと遠縁だったわね」
「良く調べているな。遠戚といっても何代も前だぞ」
「貴方にウェンリーゼの血が流れてることには間違いないわぁん。私の愛しいオスマァァン」
マゼンタがオスマンに抱き着く。
「クッ! 冗談は大概にしろ」
「あらん、つれないわぇん。私の気持ちを弄んでぇ。そういうじれったいところも好きよおん。いずれも、海王神シーランドにここは掃除してもらいましょう。剣帝アーモンドまで加わったウェンリーゼはちょっと過剰勢力よ。お掃除してもらったところを頂きましょう。私と貴方でねん」
「馬鹿な、六大侯爵家の貴殿と私がだと」
「オスマァァン、私は知ってるわよん。貴方、今の地位持て余してるでしょう」
「なにをそんなことは……」
「貴方の能力うんぬんを疑ってる訳じゃないわぁ、むしろ実直なその仕事ぶりは評価できるわよ。ちょっとつまんないけど」
「悪かったな、つまらん男で」
「そうじゃないわ、私は貴方のそういうところが愛しいのだだからぁん。今の六家はガタガタよ。かび臭い。一番いい匂いがするのは間違いなく、ウェンリーゼよ。それに貴方がやりたかったことって、お家の後処理じゃなくて冒険よねぇ」
「……私はルビー公爵家の務めを」
「しっ! オスマン、人生は一度っきりよ。貴方が本当にしたいことはなに? 」
マゼンタがオスマンの唇にスラっと長い人差し指を添えながらいう。オスマンにはマゼンタの瞳は家名のように麗しいサファイアに見えた。
「私が、連れて行ってあげるわん。貴方を大冒険のある夢の世界に」
オスマンがサファイアの瞳に吸い込まれる。
オスマンの唇にマゼンタの祝福が注がれた。魔女との契約は成った。
3
その後に二時間後にジャンクランドから「ワレ、ウェンリーゼ、カセイスル」の信号と、玉座の間のけたたましい警報音に加えて、その一時間後にウェンリーゼより「ウミヘビ、トウバツ」の黄色信号が受信された。
オスマンは頭を抱えて、マゼンタは「とーってもいい匂いがするわん。キュンキュンするわぁん。大冒険の始まりよ」と舌なめずりをしていた。
真夜中に東の風に乗って、ウェンリーゼより大量の高濃度の魔力粒子が王都に流れた。王都中の魔導具が誤作動を起こして混乱した。王都中の貴族と軍がその処理に追われた。後にこの事件を人工魔石炉の暴走、通称マナバーンといわれている。
マゼンタはベッドの中でオスマンをあやしながら「ほらねぇ、果報は寝て待てっていうじゃない」と耳元で囁いた。
寝室には、煙管から出る煙の甘い香りがしばらく残った。
エピローグがプロローグみたくなってしまいました。
「機械と悪魔 中編」準備中です。グリッド君頑張ってます。
その後は第四部「新なる海王神祭典」予定です。
予定は未定ですが。