閑話 聖なる騎士アーモンド・グルドニア 完
閑話もラストです。
若干、残酷な描写あります。
1
パカパカパカパカパカパカ
「ふん、下賤なものが勝手に死にやがった。所詮その程度だ。私のアイアンボトムサウンドに勝とうなどと夢を見るからそうなるのだ」
第三王子バターが馬上から、アーモンドにいう。ちなみに、バターに悪気はない。良くも悪くもバターは王族なのである。
「ふん、しかも、落馬した馬を歩かせるとは見苦しすぎるな。観客にお涙頂戴か、無駄死にの犬死よのう。ああ、違った馬死にだったか。はっはっはっはっは」
「お前が……殺してやるー!」
リーセルスが初級魔術《石礫》を発現させる。尊敬する兄を侮辱されて、冷静沈着なリーセルスは激怒した。よく理解していたつもりだった。この世の中では、生まれながらの強者と弱者がいることを……ウサギは獅子が通り過ぎるのを黙って待つしかないことを、たとえ親兄弟が獅子に食われようが身をすくめているしかないことを……しかし、リーセルスは耐えられなかった。二人はボロボロになりながらも、恐らく自分の命を代償にすることも分かっていてゴールした。リーセルスには、アーモンドの誇り守った二人を侮辱したバターが王子ではなくこの世で一番汚いものに見えた。
バァァァァン
「……手が滑ったにしてはちょっと痛いのだ」
《石礫》はアーモンドの右腕の上腕部を貫通した。
プランプラン
アーモンドの右腕が取れかけている。
「ア……アーモンド……さま、あああああ、私は、私は」
リーセルスがかつてないほどに《混乱》している。
トコトコトコ
「すまなかったな。リーセルス。私の代わりに怒ってくれたのだな。ありがとう」
アーモンドはリーセルスを抱きしめた。そして、なぜか詫びと礼をいった。
「はっはっはっはっは! まともに魔術も発現できないガキが暴発したぞ。そこの下賤なるものよ。先の無礼は耳に届いた、王族襲撃未遂で私自ら罰してやろう。それとも、貴様の主に罰してもらおうか、王族の最底辺様になあー! 」
現場にいたピーナッツがバーゲンの代わりに怒気を発する。
スッ
だが、それを下まで降りてきたデニッシュが遮る。
アーモンドが後ろを振り返る。アーモンドは、プラプラと千切れそうな右腕を揺らしながら、バターが乗っているアイアンボトムサウンドに近付いた。
「なんだ、このガキ! 気でも狂ったか」
アーモンドがアイアンボトムサウンドの瞳を覗く。その優しい瞳にアーモンドは目で語りかけた。
「ヒィヒィィィン」
「なっ! どうした! アイアンボトムサウンド、うわぁぁぁぉあ」
急にアイアンボトムサウンドが暴れだした。馬上のバターはその勢いのままに落馬した。
「ありがとう、アイアンボトムサウンド。お主はいい子なのだ」
「ヒィヒィィィン」
アーモンドがアイアンボトムサウンドを撫でる。
アーモンドはそのままプラプラになった右腕を左腕で引きちぎった。
鮮血が落馬して尻もちをついているバターにかかる。
「ぐうぅぅぅぅ、はぁ、はぁ、はぁ、叔父上、私の右腕であるリーセルスが大変失礼致しました。それについては、どうか私の右腕を罰して下さい」
アーモンドが自分の引きちぎった右腕を差し出す。
「なっ……! お前、下賎なるものごときのために、王族が血を流すだと」
「リーセルスは私の右腕です。私は王族の最底辺なので、右腕であるリーセルスがいないと何も出来ないのです。左腕だったセールは残念ながら眠ってしまいました。これ以上、腕がなくなると私は聖なる騎士になれなくなってしまいます」
「聖なる騎士……貴様、何をわけのわからんことを」
アーモンドがバターを真っ直ぐに見る。
「それと叔父上、この件とは別に今の発言を許したら、私は聖なる騎士になれなくなってしまいます」
「あん……ぶぶっつ! 」
アーモンドが左腕を振り上げて右腕を剣の代わりに振った。その一撃がバターの顔面に炸裂した。バターは突然の出来事に面食らった。
「振る、振る、振る」
アーモンドの連撃が綺麗にバターの顔面に炸裂する。子供とはいえ、大人に近い体重のボンレスハムの腰の乗った一撃、一撃は大人の殴打に匹敵する。アーモンドのちぎれて武器になっている右腕の鮮血が舞う。
「きっさまー! 調子に乗るなよ! やれ! 親衛隊! 」
ダッ!
影となっていたバターの親衛隊がアーモンドに向かってショートソードを突き刺すように突進する。
「「「アーモンド様! 」」」
リーセルスとサンタとクロウが叫び。
「チッ! 」
「なっ……我は、練る、練る」
ピーナッツとバーゲンが一呼吸遅れた。
キャハハハハハハ
ガギィン
巡剣(夢剣)が声高らかな笑い声とともに、バターの親衛隊のショートソードが宙に舞う。
「いかんなぁ、せっかくの秋王杯を物騒にするでないて」
誰よりも速く、老体である賢王デニッシュがアーモンドを守った。
「お……おじいさま」
「父上……陛下」
アーモンドとバターが声を出し、バターの親衛隊は騎士団長のイヒトに瞬時に拘束される。
「バターよ。秋王杯は楽しめた。一着めでたいのう。このめでたい気持ちで、あまり甥を苛めるものではないぞ」
「しかし、こやつは尊き血を敬わない愚か者です。腐った果実はこのグルドニア王国を内から腐らせます。次期国王である私がいまから芽を摘むのは当然の義務です」
バターは血にまみれながら当然のように自分が次期国王にふさわしいとアピールする。
「バターよ。そなたの王国に対する愛国心はこれ以上にないほど嬉しい。しかしな。国を作るのは簡単だが、それがなにで成り立っておるのかを理解しないうちは国を治めること叶わぬぞ」
「帝王学の更に先を究めし私には理解しがたいですな」
「ふう、まあよい。この一件はワシが預かろう。よいな」
「……仰せのままに」
バターは父デニッシュの言葉を受け止めた。バターはまるっきりの馬鹿ではないようだ。
「アーモンドよ」
「……はい、陛下」
アーモンドはリーセルスとサンタ、クロウに支えられながら痛みに耐えていた。自ら腕を引きちぎるそのさまは、六歳の少年にはショック死してもおかしくない。
「おっと、ワシとしたことが早く傷を治さなくてはな」
デニッシュが神殿のものに目で命をする。
「私もよろしければお手伝いしましょう」
第一王妃のジュエルが言葉とともにアーモンドの千切れた右腕の接合部を《回復》する。ジュエルの付き人がアーモンドの接合部を消毒しジュエルの治療をサポートする。
「王妃……様、ご迷惑を、お掛けいたしま……す」
「あなた、とってもカッコよかったわよ。父親とは大違いね。痛いの我慢して、ファンになっちゃったわ」
アーモンドは気絶した。ジュエルが褒めた。
「「「アーモンド様!」」」
「ニャース」
「大丈夫よ、坊や達に白猫ちゃん。坊やたちのご主人様はちょっと眠っているだけよ。でも、だいぶ血を流したから神殿でしばらくは静養ね」
「すまんな。ジュエル」
「陛下のお心のままに」
ジュエルが礼をした。
「ところで、今回のアーモンドの従者によるバター襲撃未遂になるのか……一件だが従者の言動は主人の責任だ。アーモンドは容体が安定した後に、監獄へ一ヶ月としよう。よいな、バター、アイアンボトムサウンドの三冠に免じてここは折れろ。お前とて、そこの二人と正面切ってやりあいたくはなかろう」
ピーナッツとバーゲンは次は出遅れまいと、魔力を全身に纏い臨戦態勢をとっている。
「ヒィィィィン」
「「ヒィィィィン」」「「ヒィィィィン」」
様子を見守っていた他の馬たちが騒ぎ出す。
「ふん、今日の私は気分がいいのでしたな。なにより、陛下の命であれば従うのは当たり前でしょう。気高く強き者には従う。自然の摂理です」
バターは不満そうに去っていく。
キャハハハハハハ
「ふう、久しぶりに剣を振ったら疲れたのう」
巡剣が笑い。デニッシュが溜息をつく。
「よくいうぜ。親父殿。化け物みたいな間合いの詰め方して、まだまだ現役じゃねぇか」
ピーナッツが父親を化け物呼ばわりする。
「お……恐れながら陛下に申し上げたき義がございます」
リーセルスとサンタ、クロウがデニッシュの前に跪拝する。
「なっつ、お前ら何を」
「よい、イヒト。どうしたオリアの子倅の息子たちよ。アーモンドの禁錮が不満か」
「恐れながら、私はアーモンド様の右腕でございます。右腕がともに牢にいないのは理に沿いませぬ」
「ほう……そこの小さいのもそうか、腕は三本もいらぬが」
「僕、私は右脚でございます」
「私は左脚でございます」
「はっ、はっはっはっはっは。こりゃあ、一本取られたな。いや三本か」
「アーモンド様の左腕、我が、兄セールを入れて四本です」
「バーゲンよ。面白い倅たちよのう。そうだな。二本も三本も変わらんな、好きにせい」
「「「ありがたき幸せ」」」
「これでは、罰にならんのう。ほっほっほ」
リーセルスが提言してデニッシュが了承する。
バーゲンが気絶したアーモンドに向かって臣下の礼を取った。
アーモンドが気絶している間に新しく両手両足ができた。リーセルス達は兄のセールのように自分たちのチップを自由に使うと決めた。セールがいうように、パン屋の朝より少しばかり慌ただしい道を……
2
「お疲れですね。デニッシュ様、ピーナツ様」
ギンがハイサクセスより降りて二人の前に礼を取る。
「おおう、ギン、久しいのう。二着とは大健闘だのう」
「ギン師匠」
「ホーリーナイト・セカンド、たら、れば、は好きではありませんが美味しいところはすべて持っていかれました」
「良き馬だったのう。民衆は三冠馬アイアンボトムサウンドのことは忘れようとも、ホーリーナイト・セカンドのことは生涯忘れまいて」
「セール殿も最後までご立派でした。彼の姿に私は人馬一体の本質を垣間見た気がします」
「うちの従者の息子は気合が違うのさ」
「ギン殿、勿体なきお言葉です」
ピーナッツが軽口を叩き、バーゲンが感謝を告げる。
「ピーナッツ様のご子息も随分気合が入っていましたね。幼少でありながらあの胆力、アートレイの血は末恐ろしいですね」
「そうよのう。ピーナッツ、まさかアーモンドがあそこまで豪胆とは思わなかったぞ。あれは、育て方を間違えればお前以上の悪童になるな」
「陛下、それでは我が息子たちの身が持ちませぬ」
「それも、そうよのう」
「「「はっはっはっはっは」」」
「師匠よ。一つ頼みがある」
「なんでしょうか。ピーナッツ様」
「いつでもいい、いずれなにか機会があれば、あのボンレスハムを鍛えてやってくれ」
「珍しいですね。ピーナッツ様が私にそのようなことを、月の剣の才能がありそうですか」
ギンがピーナッツに聞く。デニッシュが面白そうに様子を伺う。
「いや、全くない。絶望的に剣の才能がない」
「ピーナッツ様よりですか」
「ああ、俺が可哀そうになるくらいだ」
どうやら、アーモンドはピーナッツのお眼鏡に叶わなかったようだ。
「だが、うちのハムは、予想の斜め上の更に先の向こう側を引き寄せる才能があるようだ。奴ならもしかしたら、十二の月の先の十六夜を見せてくれるかもしれん」
「ほう」
デニッシュが興味深そうにした。
「案外、ああいう奴が見せてくれるのかもしれねぇ、俺が習得できなかった月の剣をな」
「分かりました。楽しみに待っていましょう。それが、師であるデニッシュ様への恩返しであり、きっとウェンリーゼにも理があるでしょうから」
「師匠殿、奴の面倒は俺以上に大変だぜ。どうやら、うちのボンレスハムは将来……聖なる騎士になるらしいからな」
「ほう」
「ふっ」
「サイコーに、イカしてるだろう」
ピーナッツが久方ぶりに笑った。デニッシュがシワのある顔を爆発させ笑い。ギンが「将来、海王神シーランドの討伐を依頼しましょう」といった。
3
アーモンドの腕は元通りになった。傷が新鮮だったことに加えて、適切な処置に神殿直轄だったジュエル王妃の《回復》が上級だったことが幸いした。
セールとホーリーナイト・セカンドの葬儀は厳かに行われた。その日、人馬一体の会場には民衆から多くの花束が供えられたそうだ。不思議なことにその日は、天から三本角の大きな馬が駆けたという目撃情報が多数あった。それが、馬帝フィールアかどうかは分からない。
リーセルス達は久しぶりにパンを焼いた。生地はしっかりまとまった。アーモンドがセールとホーリーナイト・セカンドの分も食べると結局、皆の分も食べた。アーモンドは通常運転に戻った。
葬儀が済んでから、アーモンド達は王城の地下牢に一ヶ月入った。子供が四人もいればもはやピクニックだった。デニッシュがいったように罰にはならなかった。時折、デニッシュが、腹が空いたろうとお菓子を差し入れした。〖すべてはアートレイのお心のままに〗この法は絶対のようだ。アーモンドは目を宝石のように輝かせた。いつの間にかホーリーナイトが「ニャース」とやってきた。ホーリーナイトにとって王城の警備はザルらしい。許可をもらって、ピスタチオが嫌味をいいにきたが、牢のなかがあまりに楽しそうなので「我も仲間にいれろ」といっていた。ナッツに全力で止められた。
リーセルス達は夢を見た。
アーモンドがいて、自分たちがいて、遥か高みへ昇ってしまったセールにホーリーナイト・セカンドがいて、皆で意地悪な竜を討伐する夢をみた。目が覚めたリーセルス達は泣いた。その叶わぬ夢となった兄と白馬の想いを抱いて。横ではアーモンドが寝言を高らかに宣言した。
「我は聖なる騎士アーモンド・グルドニアなり。意地悪な竜め、オヤツ返せ」
リーセルス、サンタ、クロウは「何処までもお供します」と牢の中で誓った。
ヒィィィィン
何処かで気高き白馬の高らかな鳴き声が聴こえた。
閑話 聖なる騎士アーモンド・グルドニア 完
アーモンドさんは痛いけど頑張っています。
人馬一体お楽しみ頂けたでしょうか。作者のリフレッシュに付き合って頂きありがとうございます。
競馬については作者当たらないので内容などはご容赦を……
作者の励みになりますので、いいね、ブックマーク、評価★★★★★頂けたら作者頑張れます。