29 聖なる騎士アーモンド・ウェンリーゼ
ご愛読ありがとうございます。
「未来のパラディンへ」、外伝「付与術士シローン」より一部抜粋しております。
1
「なんとかしなさいよー! アーモンドー!」
ディックは寝ぼけていた。再起動したばかりで、新たなマスターの声に反応した。
なんとかしなさいよ、の一言に。
ディックはラザアのことをよく知っている。もし、主であったボールマンになにかあればラザアを主とするであろうと思っていた。しかし、ラザアには既に弟であるユーズレスが付き添っていた。
『ビィィィィ、ビィィィィ、シャットダウン状態となります。ビィィィィ、ビィィィィ、シャットダウン状態となります』
信頼できる弟はスクラップになってしまった。ならば、その意思を継がなくてはいけない。
ユーズレスの代わりに、ボールマンの代わりに、モブ達の代わりに自分がラザアを守らなくてはいけない。
「ガラララ」
シーランドは重症だ。度重なる激戦で体力、精神力を相当削っている。今がチャンスだ。
ガシュッツ
ディックは杖からアンカーを射出して砂浜に食い込ませる。
『対象をロックして下さい。補助します』
衛星のトゥワィスがディックのサポートをする。
ディックは思考した。ディック自身、《月雷》の発現は機械厄災戦争以来の数千年振りである。ディックは数十年前にボールマンに仕えるために杖になってしまった。ディック自身、ボディの専用冷却ジェネレータを失ってからは、もうこの弩級魔法を放つ機会はないと思っていた。
「ガラララ」
ディックがシーランドを見る。
ディックは先の戦いで魔法の照準を外してしまった。トラウマである。
『ディック、どうしましたか、ディック』
トゥワィスがディックを呼びかけるがディックは戸惑っている。
(もう外せない)
(……怖い)
熱血漢のディックが初めてプレッシャーによる恐怖を感じた。
キャハハハハハハ
ディックが絶剣を見る。
『……《演算》』
ディックは深く、深く思考した。
ディックは思い出した。本機は何かを分け与えるために造られた機械であったことを……
2
「ホーリーナイト!」
「ニャース」
アーモンドが巣穴より跳躍した。
〖猫啼のブーツ〗
〖種類〗サイズ自動調節機能がついたアーモンド専用装備ブーツ。ボールマン・ウェンリーゼ作
〖効果とストーリー〗(三匹の猫が啼く)
西の姫君ホーリーナイトの涙と、時の女神の灯火の祝福により条件が解放され神格化したブーツ。
・母猫トラが啼く、半径十キロまで直線的な距離を走る速度が加速する。速度はアーモンドの魔力と体力により変化する。
・息子コトラが啼く、周囲十メートルまでの任意の距離を《転移》することができる。
・娘シロ(ホーリーナイト)が啼く、十メートルまで跳躍が可能、跳躍の高さはアーモンドの任意によって変更できる。
・【クールタイム】 は一日各一回
・発現詠唱「啼け猫啼、トラ・コトラ・シロ(ホーリーナイト)」を選択する。猫は「ニャース」と返答する。アーモンドのみ無詠唱、詠唱省略が可能。
アーモンドはハイケンに斬られた左腕からの出血多量である。その意識混濁の中で、「ホーリーナイト」と叫んだ。それが、聖なる騎士のことなのか、かつてのセカンドとセールのことなのか、西の姫君のことなのかは本人も知る由もなかった。
だが、ブーツの猫は反応した。猫啼のブーツの効果である跳躍により、ハイケンが垂直切りで掘った五メートルの穴から跳躍し海王神祭典の会場にアーモンドは舞い戻った。
「ガラララ」
シーランドが唸る。殺しても殺して、も湧いてくる死にぞこないに飽き飽きしている。さらに、竜の魔石を喰らったアーモンドの存在は嫌でも目に付く。本能的にシーランドはアーモンドが気にくわない。
シーランドは空中に跳躍中のアーモンドを視認する。
見るからに重症でボロボロである。
我が手を下すまでもない。
シーランドはラザアを見る。
ラザアがアーモンドを見ている。
シーランドはその刹那に湧き出た感情を抑えることが出来なかった。
こいつかと。
我の姫をかどわかした張本人はと。
シーランドは全身を青く発光させる。大気中よりこれ以上にないほどの魔力をチャージする。
「ガラララララララララ」
落下中のアーモンドに向かって渾身のブレスが放たれた。
「「「ニャース」」」
ブーツの猫たちは未だに意識が混濁しているアーモンドを起こす。シーランドのブレス以前に落下の着地すらままならない。
「ウォオオオン《干渉》」
猫が鳴くなら犬も鳴く。
ヒィィィィン
犬が鳴くなら馬も鳴く。ウェンリーゼ夜空に白馬の咆哮が鳴り響く。
アーモンドは本当に動物に好かれているようだ。
奇跡的に条件が整っていた。
冥界の門は今、開いている。アーモンドの中にある二つの魂が宿っていた。アーモンドは「ホーリーナイト」と自分の騎士たちを呼んでいた。
なにより、アーモンドに宿りし二つ魂は主を助けたくて仕方がない。たとえ、どのような代償を払おうとも……
落下するアーモンドを受け止めたのは、砂の馬に跨った少年のゴーレムだった。
気絶していたリーセルスが、かつて聞いたことのある馬の鳴き声に反応して目覚めた。
迫りくるブレスを、アーモンドを乗せた馬のゴーレムが躱す。少年のゴーレムは馬上でアーモンドが落ちないように支える。
「ガラララララララララ」
「ヒィィィィン」
馬のゴーレムはシーランドを威嚇しながら、歓喜の声を上げる。生前どんなことをしても、乗せること叶わなかった主に跨ってもらっている。これ以上の喜びはない。
「ガラララララララララ」
シーランドが呆れるように初級魔術《水球》を三桁発現する。《水球》の嵐がボロボロアーモンド目掛けて放たれる。
「セカンド、すべて躱せ、主に優しくな」
馬上の少年はアーモンドを支えながらホーリーナイト・セカンドにオーダーを告げる。
「ヒィィィィン」
砂の馬が、アーモンドの騎士が、ウェンリーゼの砂浜を駆ける。軽やかで力強いその剛脚は砂を切り裂きながらステップする。シーランドの嵐のような《水球》はその一滴すらかすりもしない。
「……セール、セカンド……」
アーモンドは混濁した意識の中で騎士たちの名を呼ぶ。
馬上のセールがニコリと笑った。
セールが馬上からリーセルスに視線を送る。その先には、絶剣が砂浜でキャハハハハハハと泣いている。
「……うぉおお」
リーセルスは気合を入れた。リーセルスはその視線で蘇った。そして、セールからのメッセージを受信した。「なんとかしろ! 天才」と……
リーセルスは夜森の杖を構える。魔力欠乏症で意識消失していたリーセルスは身体の芯から魔力をかき集める。
「我は、練る、練る、剣を引き寄せる、あるべきもののもとへ《移動》」
今のリーセルスの残り僅かな魔力では《移動》発現できなかった。だが、夜森の杖にはほんの少しだけランベルトの魔力が残っていた。
ガシッ
片腕となったアーモンドの元に絶剣が吸い寄せられた。
いつの日か来るべき災いを切り裂くべく、剣をあるべきものの元へ。
七十年前に聖女がそんなことをいっていた。
キャハハハハハハ
絶剣が笑った。
3
アーモンドは夢を見る。
……
学園での特別授業 講師 金級冒険者
「いい加減決めてくれるんだろうな」
アーモンドは剣を振る。
「キサマ! ふざけてるのか、この王族の面汚しが」
アーモンドは剣を振る。
「なんだそれは! お絵描きか子供でも、もっとマシな絵を描くぞ」
アーモンドは剣を振る。
「そこの蝶々が止まりたがっているぞ、お花畑は頭の中だけにしろ」
アーモンドは、剣を振る
先ほどまで、いつものようにアーモンドを馬鹿にしていた騎士科の皆も同情の目を向ける。
リーセルスだけは、かなり遅れながらだがかろうじて修練に食らい付いてくる。
「諸君! 今のうちに謝っておこう……今日は徹夜だ」
アーモンドは、振る、振る、振る。
「もっとだ、速度を落とすな」
教官がアーモンドを殴る。
「もっと、もっと、まだまだ上がるぞ」
教官がアーモンドの足を蹴る。
「落とすな、落とすな、落とすな」
アーモンドの耳元で盾を打ち付け威嚇する。
「集中だ、集中だ、集中だ」
バケツの水も掛けてきた。
「目をつぶるな! 速度を落とすなと何回言えば分かるんだ、このバカが! 」
水で濡れた泥を目にぶつける。
「そんなんじゃ、好いた女の一人も守れんぞ! それとも一生【チェリー】坊やか」
振る、振る、振るう。
視界が、ボヤけようが痛みがあろうが、何を言われようがアーモンドは、剣振るう。
ビュン
それはいつかの幼き風ではない
アーモンドは、来日も来日も一つの誓いを胸に剣を振るう。
いなくなること、約束を違えること、それが究極の悲劇だということを彼は知っている。
【ボンレスハム】は骨なし等といった意味もあるようだが、心配しなくでも大丈夫だ。
この【ボンレスハム】は、母親譲りの芯の強さと、父親譲りの才・能・があるのだから……
この吹き荒れる暴風のなかであろうと、未来のパラディンは何があろうと挫折しない。
4
グルドニア王国歴509年 海王神祭典
海王神シーランドは、この僅か二時間程度の時間で激動を繰り広げた。
五十年前の先代当主代行キーリライトニングの後頚部の部位破壊に始まり。
今回の海王神祭典でモブ達との戦闘により、シーランドは左眼を失い、背びれ・一角の破損により、《散水》、《水月》の発現が困難となった。また、口腔内の火傷と内臓の損傷により《水球》、竜の息吹の威力が低下した。
ボールマンとユーズレスの猛攻により大幅に体力を消耗させた。
厄災級ボンドが喜劇回しをした。
間接的に木人が関与した。
ホクトが一生懸命に奇跡を促した。
ユーズレスが数千年ぶりに兄弟たちと心を通わせた。
ラザアが転移してきた。
モブ達が死してもなお、ラザアに別れを告げに来た。
誰一人欠けても、この事象は成立しなかった。
バチバチバチバチバチバチ
ディックが《月雷》の照準を絶剣満天に合わせた。
バアアアアアアアアン
神の雷が轟き《月雷》が絶剣に付与された。
ウキャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
絶剣が歓喜の声を上げる。十分に腹が膨れたようだ。
「ガラララララララララ」
シーランドがその光に恐れおののく。
「ガガガラ……」
その刹那に、シーランドが硬直した。
砂になりかけていたシロがニヤリと笑いながら逝った。一時間前に自身で劇薬を飲み、シーランドの餌となったシロの毒が、僅かばかりの時をシーランドから奪った。
「ヒィィィィン」
ホーリーナイト・セカンドが跳躍し天を駆ける。
アーモンドは意識が混濁している中で、本能のままに絶剣を握りしめた。アーモンドは片腕で、かつてないほどの【バッドコンディション】である。しかし、才能なきアーモンドはその分誰よりも、幼き日よりどんな状況でも泥臭く剣を振るように修練を積んできた。
さらに、絶剣にはまだギンの魔力残滓が残っている。
ギンはアーモンドのために下書きをしていてくれた。
「見る、構える」
アーモンドは海王神シーランドを見た。そして、絶剣に……ギンに導かれるように月の剣、十六夜の振りを構えた。セールがアーモンドを支え、ホーリーナイト・セカンドはアーモンドの意のままの位置取りをする。
「振る」
満月の先の終わりから始まりを告げる月の奥義に力はいらなかった。絶剣は、最高のタイミングで振られる。その剣筋は鱗の剥がされた後頚部に吸い込まれるように軌跡を描く。
「コルルゥゥゥ(おかあさん)」
シーランドが最後に母への愛を叫んだ。
「「「ダメ―!」」」
海と水の女神に……ラザアが叫んだ。
スパッ、バチバチバチバチバチバチ
ウェンリーゼの夜空に雷光を帯びた線が描かれた。
『ビィィィィ、本機はシャットダウン状態となります。ビィィィィ、本機はシャットダウン状態となります』
機械人形は壊れたエメラルド色の瞳で記録したその先には……
首を斬られたシーランドと、竜の血により穢れを払ったアーモンドが映った。
グルドニア王国歴509年
建国王アートレイ・グルドニアが国をつくってから、五百年ぶりに竜殺しの聖なる騎士アーモンド・ウェンリーゼが誕生した。
災いは切り裂かれ、幼き日の誓いは果たされた。
第三部 災いを切り裂きしもの 完
今日までお読み頂いてありがとうございます。
シーランド討伐するのに半年かかりました。物語では一、二時間程度ですが(笑)
とりあえず、当初の予定まで書くことができたので作者も感無量です。
連休でエピローグ数話書いたら、1ヶ月位プラモデル休養して「機械と悪魔 中編」やる予定です。
その後は未来の自分に期待します。一応、第五部まではプロットあるので気力があったらやります。
素人の文面にお付き合い頂きいつもありがとうございました。
作者の励みになりますので、いいね、ブックマーク、評価★★★★★頂けたら次章も作者頑張れます。