28 銀狼のみる夢は
次で終わりです。
1
「ぐうぅぅぅぅ」
銀狼が砂の穴で左腕を切られた痛みと、心の空虚に意識がまどろむ。
アーモンドは物心ついた時から一人ではなかった。病弱な母がいて、ホーリーナイトがいて、リーセスたちがいた。
だが、アーモンドの大切な人たちは順にいなくなっていた。振り返れば、一体自分が越えてきたものの先には、多くを犠牲にしてきた。セールとセカンドから始まり、ホーリーナイトが連れ去られ、母の病気は治ることはなく、父は王となりアーモンド個人を見ていなかった。
アーモンドは、自身が何か悪いものを呼び寄せていたのではないかと自覚はあった。一見、欲しいものを無意識に手に入れてきたものには、誰かの涙があった。
己に向き合う。ただ、この銀狼は牙と爪しかない。
聖なる騎士になる。
それに一体なんの意味があるのだろう。
先に、ハイケンを犠牲にして安らぎを得ようとした自身は最早、騎士ですらない。
知らず知らずに隠していた本音はなんだったのだろう。
アーモンドは気づいた。
この銀狼は独りだったのだ。
愛に飢えていた。いくらでも、食べても食べても煌めいては消えていった愛を欲していた。
怖かったのだ。
愛を失うのが、だが、ラザアは……
ラザアのことが愛しい。
自分の少し欠けている心を、不器用な不甲斐ない自分を満たしてくれる朝日によく似た月は、獣の心をほどいていった。
誓った誓いは守られなかった。
パン(ボールマン)は海蛇に喰われてしまった。
もう、女神にパンを捧げることは叶わなくなった。騎士の誓いは、破れた。狼は巣穴に戻る足が重かった。
狼は何一つ女神との約束を果たしてはいないのだ。聖なる騎士とは、一体なんだ。
「何とかしてよー! アーモンドー! 」
ドクン
その声を聞いたときに、心の臓が跳ね上がった。全身に汲まなく無限のエネルギーが供給される。海王神祭典、ファンタジーは、天は、彼の女神は、手ブラの狼をお許しになさるだろう。
「ガララ」
ならば、せめて獲物を持ち帰ろう。パンの代わりになれば良いのだが。
ニヤリ
何より銀狼は、とっても腹が空いたようだ。
視えない声は狼を何処までも歩かせる。
2
「ガラララァァ」
シーランドが叫ぶ。左右からくる金髪の剣士と摩天狼の攻撃に手を焼く。
「元つ月」
ギン神速の一閃が振り放たれる。
シーランドは、前肢の爪牙で弾く。
「ウォオオオン」
その間隙を縫って、ヒョウが咥えた夜朔の斬撃が頚を狙う。
シーランドは、ノーモーションで《水球》を二桁放ち勢いを削ぐ。
左からは、おそらく大陸一の剣の使い手であろうギンが。
右からは、獣王すら凌ぐ神獣となりし摩天狼ヒョウが。
大迷宮最下層ボスですら、単独討伐しうる厄災級の怪物が同時に攻めてくるのである。
さらに、いうなればこの二人は時間稼ぎのつもりはない。シーランドが隙あらば、その生命を刈り取りに来ている。
シーランドは現に手傷を負い《回復》と必殺のブレスを発現する余裕がない。
シーランドの左目の死角から、ヒョウの竜滅剣夜朔が迫る。その背に隠れたギンが、シーランドの腹部を切りつける。
「ガラララァァ」
この息の合った攻撃にシーランドは、二人を同時に相手取るというより、一つの意識ある生命体が二人を操っているような錯覚を覚える。
アイコンタクト、 阿吽の呼吸。
個であるシーランドには理解知り得ない強さだ。
「ギン! ヒョウ! 」
そしてもう一人、アイコンタクトで会話ができるシロがギンにメッセージを送る。
地に伏したラザアと、スクラップになったユーズレスと砂になりかけているシロを見て理解する。
時間稼ぎをしている場合ではない。ボールマン亡き今、義弟であるギンが海王神祭典のフィナーレにピリオドを打つ。
ギンはヒョウに目で頼む。隙を作って欲しいと。
「ウオォォン」
ヒョウは、シーランドのトドメをギンに譲る。
ヒョウが首をしならせ、咥えている夜朔をシーランドに向かって投擲する。
シーランドは、その投擲された大剣を寸前でかわす。
「ウオォォン(枷)」
ヒョウの体がグレイプニイル(鎖)となり、シーランドの全身の動きを封じる。
「ガララ」
シーランドは、僅か数秒程度であろうが動きが制限される。
ギンが一歩下がり絶剣を鞘の位置で抜刀の構えをする。
「《知覚・極》」
ピチャン
水面のような静かな【プレッシャー】が広大な海を包む。
ギンはおもいっきり息を吸った後に、ゆっくりと息を吐く。
息を吸う、吐く。兄の優しさを吸う、自分の弱虫を吐く、皆の想いを吸う、皆の痛みを吐き出す。
(父上、兄上、私が……終わらせます)
絶剣がキャハハハハハハとギンの代わりに、泣く。
「四極」
四季の終わりを告げる一振から、四つの風刃がウェンリーゼの夜空を切り裂き、シーランドに迫る。
「ガララララララ」
シーランドは、前脚と腹部に斬撃を受けて体勢がくの字に曲がり首を差し出すような姿勢となる。
サラサラサラサラ
ギンの身体が限界である。おそらくこれが最後の一振りであろう。
ドン、ドン、
絶剣の効果である空中で三歩移動することができる特殊効果が発現する。
「十六夜」
満月の先の終わりから始まりを告げる月の奥義は、最高のタイミングで振られる。その剣筋は鱗の剥がされた後頚部に吸い込まれるように軌跡を描く。
「ガラララ」
シーランドが走馬灯の中で想いを叫ぶ。
決まった。
シロ、ラザア、衛星のトゥワィス、神々も勝利を確信した。
サラサラサラサラ
砂時計が砂を落とし。
キャハハハハハハ
絶剣が泣き。
ギンが砂になった。
絶剣は奇跡を描くことが出来なかった。
「何とかしてよー! アーモンドー!」
ラザアが叫んだ。
サラサラサラサラ
ヒョウの鎖も砂となった。
ザアァァァァ
潮の流れが変わってしまった。
「ホーリーナイトー!」
「「「ニャース」」」
巣穴から未完のパラディンと猫たちの声が聴こえた。
ヒョウの鎖は外伝より一部抜粋しております。
今日もお読み頂いてありがとうございます。
明日の更新で海王神祭典は終わります。