閑話 聖なる騎士 アーモンド・グルドニア 捌
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1
グルドニア王国歴496年 人馬一体、秋王杯
その日、記録には残らなかった一つに伝説が生まれた。
その場に居合わせた皆は忘れないであろう。その白き閃光のように魂を燃やした聖なる騎士を……
ホーリーナイト・セカンドとセール・オリアというアーモンドの騎士の名を
2
セールは夢を見る。
「セール、焦っちゃだめよ」
「でも、早く捏ねないとパン生地が固まらないよ」
「そうね、でもその捏ね方じゃ美味しパンができないのよ。貸してみて」
母は手際よく、ベタベタの生地をセールのように手先だけを使うわけではなく、手のひら全体を使って体重をしっかりかけて捏ねる。
「母さん、上手いね」
「流石、母さん」
サンタとクロウが母を無邪気に援護射撃する。
「母さん、僕もベタベタ」
「あー、リーセルスもかぁ。ふふふ、リーセルスにも苦手なことがあったのね」
母が悪戯っぽく笑う。
「母さん凄いね」
「凄い」
双子の援護射撃は止まらない。
「ふふふ、セールとリーセルスはお父さんに似て、物を作るのが下手ね」
「「下手」」
「でもね、みんな、美味しいパンの作り方はね。焦らず、手のひらでギュッ、ギュッよ」
「「ギュッ、ギュッ」」
セールとリーセルスはベタベタの手をコネコネする。
「ねぇ、パン屋の朝は冒険より大変なのよ」
母は誇らしげに笑って見せた。
……
セールは競技中であったが白昼夢を見た。それほどに、混乱していたのだ。
スタートでは失敗し、アーモンドの助言通りにはならずにホーリーナイト・セカンドの滾る気持ちのままに、序盤から貴重な脚を使い先頭争いに興じてしまった。その上、並ぶのはアイアンボトムサウンドに跨るグルドニア王国第三王子バターには「この馬番ごときが」ととんでもない殺気を放たれる。また、その隣には獣国代表馬アギールに跨る獣王に「滾らせてくれるな。白いの」とこれまた気絶しそうな圧をかけられる。このような殺気などセールは一生無縁だと思っていたものだ。
ガクガクガクガク
セールは震えている。グルドニア王国を代表する「秋の人馬一体」の出場は、非常に名誉なことである。だがそれは、騎士の名誉である。
セールは、半年前はただのパン屋の息子なのだ。
しかも、年齢も十三歳になろうとする年頃の思春期な青年である。本人でさえ、なぜ今、代理とはいえ自分が馬上にいるのかすらも、よく分かっていない。そんな青年が強者の圧を浴びて気絶していないだけまだマシである。
(早く帰りたい)
(帰って、セカンドの世話をしなきゃ)
セールは混乱して思考が正常ではなくなっていた。
手綱からセールの混乱や不安がホーリーナイト・セカンドに伝わってくる。ホーリーナイト・セカンドは、賢い馬だ。自身が高揚しながら走っていたが本当にこのままでいいのかと不安になる。
ピュー
競技場の歓声に交じって聞き慣れた口笛の音が聴こえた。
「アーモンド……様」
「ブヒィン」
会場からほんの一瞬であるが、アーモンドと目が合う。その瞳は、セールとホーリーナイト・セカンドを責めるでもない。いつもと変わらない。いつものように何の迷いもない。ただ、まっすぐな目だ。アーモンドは疑っていない。従者であるセールと、ホーリーナイト・セカンドの勝利を……
「パンの生地を作るのが、得意なんだ」
「ブィン」
セカンドは賢い馬だ。ついに、セールの頭が限界を超えたかと思った。
「セカンド、私は所詮どこまでいってもパン屋の息子だ。このような場違いな場に、いるべきものではないことも分かっている」
「ブィン」
「だが、お前は違う。お前はロバなんかじゃない。アーモンド様の聖なる騎士よ! あのお方は、いつだって我々を分け隔てなく接してくださった。そして、今も私たちのことを信じてくれている」
「ブィン、ヒィン」
「セカンド、すまなかった。私がしっかりしていないせいで、アーモンド様の言いつけを守れなかった」
セールがセカンドの耳元に寄り添い。手のひらで優しくそして力強く首筋を撫でるように押す。
「だが、まだ終わらない。セカンド、アーモンド様の聖なる騎士よ! 我らの主は申された! お前は最高で最強だ! 世界で一番の馬だ! 」
「ブィン」
「だったら、我々やることは一つだけだ。あの栄光のゴールは誰のものでもない! アーモンド様のものだ! 」
「ヒィィィィン」
セールの迷いが消えた。ホーリーナイト・セカンドは手綱からセールの並々ならぬ覇気を感じた。
「ああ、そうだな。終わったら王都で、いや、世界で一番美しいパンをご馳走するぞ」
「ヒィィィィン」
人馬一体、それは乗り手と馬が心を通わせて初めてなる競技といわれている。
コネコネコネコネコネ
セールはパン生地をこねるように、二つの心を捏ねた。
人と馬の二つのココロが重なった。
2
ゴールまで残り900メートル
「よし、いい子だ。ミックスナッツ」
「ブィン」
息継ぎの為に最後尾まで下がったミックスナッツは、先頭集団と違い余裕を見せる。
ナッツは思考した。
おおよそ目論見通りだと。警戒していたアイアンボトムサウンド、アギール、グランシャリオは先頭争いでかかってしまい、序盤から脚を使い過ぎたためゴール手前でへばるだろう。
春夏は雨で重い馬場だったため、軍馬で巨躯なアイアンボトムサウンドの独壇場だった。戦略もなにも、関係なく体力の続くままに先頭を走れば良かった。
だが、今回は違う。
湿度もなく綺麗な芝は高速馬場だ。アイアンボトムサウンドは確かにいい馬だ。だが、それはあくまで軍馬で長期の行軍で力を発揮する長い距離を走ることができる馬だ。短距離から中距離の瞬発力を旨とする2000メートルの秋王杯には向いていない。
コーナー手前のラスト500~600メートルで追い込みをかければミックスナッツも十分に勝ち筋が見えるだろう。
なにより、ホーリーナイト・セカンドが予想外にいい仕事をしてくれた。人気最下位馬が序盤より脚を使って先頭集団を刺激してくれたおかげで、先頭から中団にかけて馬が興奮してかかっている。意図せずとも、早い展開に持ち込んでくれたおかげで、自然と後方で息を入れやすくなった。追い込み有利な展開だ。
春夏は馬場のコンディションから故障を嫌って流して走った。父であるピーナッツが主催する政で息子としてその存在を表すことが出来なかった。
ナッツは長男として悔しかった。
結果が欲しいそうすれば、王室としてももっと我々兄弟を重要視してくれるだろう。賢王が存命のうちは平和であろう。
だがそれは永遠ではない。
虎や大蛇が巣食う王室で生き残ること、ナッツは食い物になるつもりはない。弱肉強食、王宮は戦争である常に最善手を打つだけで勝てるわけではない。ましてや、弟たちを守ることができるのは自分だけなのだとナッツは思っていた。
「ブィン」
「大丈夫だ。ミックスナッツ。私に油断はない」
ナッツは周りを見渡す。
ミックスナッツの二馬身さきにはウェンリーゼのハイサクセスとギンがいる。馬の名産地で人馬一体発祥の地といわれるだけあって乗り方を知っている。
「我慢比べといこうか、ミックスナッツ」
ナッツがハイサクセスの騎手ギンとの駆け引きをしている最中で、ホーリーナイト・セカンドがゆっくりと後方へと下がった。ギンとナッツは、沈んだ馬など興味ないとでも一瞥し、最後尾をホーリーナイト・セカンドに譲った。
栄光のゴールまで残り700メートル
ギンとナッツは知る由もなかった。後門の狼が馬たちを食い破る様を。
眠っていれば肉になりかけた白いロバが、伝説の神獣馬帝フィールアの末裔が目覚めたことを。
チャリン
何処の神がホーリーナイト・セカンドにチップを賭けた気がした。
ストックなくなりました。
コツコツ書いてきます。