26 機械人形のみる夢は
1
「ガラララ」
シーランドの爪牙が振られる。その鋭さは先の比ではない。
「くっ! 」
サラサラサラサラ
ギンは爪牙を弾くが、先ほどまでと一味も二味も違う斬撃に苦戦する。ましてや、タイムリミットが近いその体には今のシーランドの一撃一撃が堪えるのだ。
(この斬撃はまるで、月の剣じゃないか)
「ガラララァァ」
シーランドが唸り笑う。その不敵な笑みはまるで、合格はもらえたかとでもいっているかのようだ。
海王神シーランド、全世界を見渡しても〖月の賢者の十二の月〗を受けきった生命体は希であろう。シーランドは、身をもって技を身に付けた。その爪牙に至る衝撃は腕の力だけではなく、永遠なる脊椎の各関節を意識して全身を使い斬撃に重みを乗せた。これは、技量の高いギンと魔力を吸い最高の硬度を誇る絶剣だからこそできる神業である。
「ガラララァァ」
シーランドが爪牙を振るう。二振り、三振りと連撃が波に乗る。
「くっ!」
ギンが体勢を崩し、シーランドの斬撃が振られた。
「ウォオオオン」
横から〖夜朔〗を咥えた一匹の狼がシーランドの斬撃を受け止める。
「ガララ、ガララ」
シーランドは、斬撃を防がれながら一度距離を取った。
シーランドは感じ取った。魔天狼となったヒョウから漂う神なる気を、かつて彼の地の最高神さえ飲み込んだとされるその種族を警戒した。さらに、ヒョウが咥えている大剣は先の戦いでシーランドの竜の血を浴び一角を切り落とした竜滅剣だ。厄介なのが邪魔しに来たとシーランドは唸る。
『ビィィィ、ビィィィ、《月雷》チャージまで残り二十秒です』
ユーズレスからは、長くて短い時間を告げるアナウンスが鳴り響く。
ギンとヒョウは目で合図をして頷く。二人のウェンリーゼの誇る強者は左右対称走りだした。シーランドが的を絞らせないようにすることが目的だ。二十秒、この長いような短いような時間を稼ぐ。
サラサラサラサラ
二人は最後にタンゴとサンバと踊るようだ。
2
『ビィィィ、ビィィィ、《月雷》チャージまで残り十五秒です』
『排熱が、もう追い付かない』
「しっかりしろ、ユーズ! 姿勢制御はこちらで支える! クロ、踏ん張るぞ」
「おう、兄貴」
シロとクロがユーズレスの両の脚の代わりに踏ん張っている。二人で、数百キロのユーズレスを支えるのは至難の業だ。
サラサラサラサラ
さらに二人の時間も既に限界で少しずつ砂が崩れていく。
『ビィィィィ、ビィィィィ、バイタル上昇、195、196、197、198、限界いっぱいです。残り十秒持ちこたえられません。機体が融解します』
『ぐうわぁぁぁ、とっ、溶ける』
ユーズレスは戦っている。限界いっぱいまで頑張っている。自身が動かずにただボディが熱で溶ける様を待つなど、地獄の業火にその身を焼かれているのと同義である。ましてこの機械人形は十数分前に痛みを知覚したのだ。いうなれば、痛みの耐性がない赤子が火に焼かれているような感覚である。
ドロドロドロドロ
ユーズレスのボディが溶けていく。
「ユーズ、姿勢制御は俺たちに任せろ。少しでも、機能を排熱に回すんだ。クロ! 気合いれろ! 」
「いわれなくてもビンビンだぜ。ユーズ、根性だ! 根性! 終わったらマリーダの酒場で機械ビール飲み放題だ」
『シャンパン……ファイトやって……みた……兄弟と……』
バァン
「「「ユーズ! 」」」
ユーズレスの瞳が煙をあげながらオーバーヒートした。メインカメラがやられた。まだ、補助カメラがあるが、電脳が本当にショート寸前である。
『ビィィィ、ビィィィ、あと七秒、限界です。プログラムに則った状態異常に判別されない強制シャットダウンを開始します』
ユーズレスの意識が切れかかりシャットダウン寸前になる。正規の手順からプログラムをいじっため魔界大帝の加護の隙間を通るようなかたちになった。
ユーズレスが崩れ落ちる。
ガシッ!
誰かがシャットダウンした機械を支えた。
「ユーズ」
『ラザ……ア』
ラザアが全身に《回復》をかけながらユーズレスを支える。手は焼けては再生を繰り返している。
「大丈夫よ、ユーズ、私がいるから、彼氏のことは私が守ってあげるから!」
ラザアが手を燃やしながらユーズレスを助けた。
『ビィィィ、ビィィィ、《月雷》チャージまで残り三秒です』
ラザアの青い花の髪飾りが補助カメラに映る。
機械人形は夢を見る。
3
……
ユーズレスがラザアの彼氏になった日(ラザア幼少期)
唄が聴こえた。
「どう、上手でしょ。私の唄」
『……』
ユーズレスはエメラルド色の瞳を一回点滅させた。
「じゃあ、次はおままごとしましょう」
『……』
ユーズレスはエメラルド色の瞳を一回点滅させた。
「いいわね。遊びじゃないのよ! 本気のおままごとなんだからね」
『……』
ユーズレスはエメラルド色の瞳を何度も点滅させた。
「それじゃあ、貴方、ユーズは私の恋人役にしてあげるわ。彼氏ね。私みたいな美人の彼氏になれるんだから、光栄に思いなさい」
『……』
ユーズレスは、エメラルド色の瞳を何度も点滅させながらお辞儀をした。
「いい! ユーズ! 私はね、大きくなったらお父様みたいにウェンリーゼの一番偉い人になるのよ。ユーズは私の彼氏なんだから、ちゃんと私のことを助けなさいよ」
『……』
ユーズレスはエメラルド色の瞳を点滅させながら胸を張る。
「私の目標はね。お母様みたいに、綺麗な踊りと唄の唄える巫女をしながら、お父様みたいに優しくて強い魔導技師になるのよ。正直、領地の経営は難しいから彼氏をいっぱい作って、みんなに手伝ってもらうの」
『ビィィィィ、ビィィィィ』
『……』
ユーズレスとガードは限りなく焦った。ラザアはまだ六歳なのになんて、ハレンチなことをぶっこんでくるのだろう。意味わかってるのかと……
「ああ、これはジョーおじ様の受け売りよ。愛があればすべてを愛して、何人を愛しても神は許してくださるそうよ」
『ビィィィィ、ビィィィィ』
ユーズレスとガードはジョーにあらんばかりの殺意が湧いた。ユーズレスは赤い色の瞳を一回点滅させた。
「そして、私はお父様を越える歴代最高の当主になって、王国のどこよりもみんなに優しい領地を作るのよ。それが私の野ブタとオリーブオイルよ」
ラザアが胸を張る。
『……』
ユーズレスとガードは思考した。野ブタとオリーブオイルがいっぱいの領地をラザアは作りたいのかと……
「野ブタとオリーブオイル、知ってるかしら高貴なるものの務めよ。アルパインおじ様がいってたわ」
『……』
(ノブレス・オブリージュのことか)
ユーズレスは電脳内で突っ込んだ。アルパインよ、ラザアは危うく豚とオリーブが豊かな産地を作るところだったぞとユーズレスは思考した。
「あっ、今、笑ったわね! 人が真剣に話してるのに! あんたの苦手なミルク飲ますわよ」
『……』
ユーズレスは逃げた。ラザアが追いかける。かくも、本気のおままごとは本気の鬼ごっこになった。彼氏を追う小さな鬼は、次の日、油断したユーズレスにミルクを飲ませた。ユーズレスは、久しぶりに強制シャットダウンしそうだったが、「メエェェエエ」と身に覚えのない加護で状態異常無効になった。金属の錆が助長された。ラザアは魔導技師のベンと父のボールマンに怒られた。
「彼氏が優しくないから、意地悪したのよ。乙女心はウェンリーゼの海より深いんだから」
とラザアがいった。皆が笑い。「こいつは将来大物になるぞ」とクロが皆を連れてマリーダの酒場で宴会になった。ユーズレスの飲み物がなかったが、ボールマンが気を利かせて機械ビールと持ってきた。ラザアが物凄くはしゃいで、いつも間にかシャンパンファイトになった。
クロとスイがはしゃぎまくり、シロとレツが押さえつけ、ジョーは女吟遊人をナンパして、ベンは樽のまま酒を飲み、ヒョウは酔ってグラスを割りまくり、アルパインが下手くそな唄を唄う。ギンとランベルトがハイケンと王都の混合政体について議論するなかで、ボールマンがユーズレスに「彼氏殿、まあまあにラザアをお頼み申します」と軽く乾杯をした。
……
『シャットダウンしました』
ユーズレスの電源が切れた。
『……まあまあに……眠れない』
魔光炉が黄金に光る。ラザアの彼氏が踏ん張った。
機械が世界の理に抗った。ハーフヒューマンは心を対価にした。
『信じられない現象が確かにシャットダウン状態だったのに、ビィィィィ、ビィィィィ、《月雷》チャージ完了しました』
バキン、ボキン、ブシュ―
機械の四肢がバラバラになり蒸気を上げて崩れ落ちた。
バチバチバチ
月の光を浴びた魔法の杖をその右腕に掴んで……
機械は本気のオママゴトと、ノブタトオリーブオイルを果たした。
『ビィィィィ、ビィィィィ、ラザア・ウェンリーゼがグランドマスターとして登録されました』
今ここに、神々公認のもと機械の誓いは守られた。
『ビィィィィ、本機はシャットダウンします。ビィィィィ、本機はシャットダウンします』
ユーズレスの意思のない【アナウンス】が何度も鳴り響いた。
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