24 お別れと奉納
1
『《月雷》のチャージ終了まで残り五十秒です』
『ベン! くっそう』
ユーズレスは無力だった。自身のワガママにベンを付き合わせてしまった。たとえそれが、仮初の命であるゴーレムだとしてもベンが大切な友であったことに変わりはない。だが、ユーズレスはその時間を譲った。だって、皆はウェンリーゼの姫君に別れを告げるためにやってきたのだから。
サラサラサラサラ
フシュ―、フシュ―
砂時計と機械の熱は止まらない。
「順番にお別れみたいだな。先に砂風呂から抜けさせてもらうぜ。熱いのは苦手なんだ」
スイが皆にいう。
「スイ」
ラザアがスイを撫でる。高温の砂のボディは熱いであろうに、ラザアは構わずにスイを撫でる。スイは喉を鳴らしながら気持ちよさそうにしている。
「ラザアとメイド長の子が大きくなったら、俺の故郷を訪ねてくれ母が歓迎してくれる」
「一緒に……行こうよ」
ラザアは無理だと分かっている。それでもいう。ウェンリーゼの姫はワガママなのだ。
「お前は本当に……昔から……可愛いほどに……ワガママだな」
ゴーレムと生者は話すことは禁じられている。魔法が解ける。砂時計の限られた時間をスイは有意義に使った。
チャポン
狼と人魚の血を引く末裔が鱗を残して砂に還った。ラザアの雫石が砂を濡らした。
『《月雷》のチャージ終了まで残り四十秒です』
「悪いが、俺もそろそろ限界らしい」
レツの砂も崩れてきた。
「俺もだ。ユーズには悪いが、男を支えるのは気合が入らん」
ハンサムのジョーも同様だ。
『本機に性別はないのだが』
ユーズレスは一応断っておく。
「そんな顔するな。ラザア、工房にお前のへんてこな注文の品は置いてある」
「へんてこって何よ。世紀の大発明よ」
「ふん、職人泣かせのお前の注文、やりがいが……あった……ぞ」
サラサラサラサラサラサラサラサラ
最高の鍛冶職の羽が舞った。砂が崩れた。
「ラザア、子は大事にしろよ」
「そこら中に、子供のいるジョーおじ様がそれいう」
「俺の愛は、深すぎてな。困ったものだ。このハンサムは罪だな」
「女の敵! 奥さん二十人なんて、どこの貴族様よ」
「残念、バレてないので二十五人だ。それに俺とベンの叔父貴は、元は伯爵家の生まれだ」
「えっ!」
「安心しろ、お前の旦那はそこまで器用そうじゃない」
「それって、ディスってない」
サラサラサラサラ
時間は残酷である。
「お前に王子さまは一人で十分だ。ラザア、愛だ。愛なんだ。どんな辛い時も愛なんだ。じゃあな、俺たちの愛しの……お姫様」
ウェンリーゼの薬神といわれた東の狩人が逝った。
『《月雷》のチャージ終了まで残り三十秒です。バイタルが再び上昇傾向にあります』
2
「ガラララララララララ」
キャハハハッハハハ
シーランドの怒声に呼応するようにギンの代わりに絶剣が笑う。
ギンと絶剣は非常に満足していた。
〖絶剣満天・銀〗この魔力が大好きな大喰らいの相棒は、持ち主の力量によってナマクラにも神刀にも成りえるが、使用する際の魔力消費が多く燃費が悪い。
金級冒険者であるギンは普段、迷宮探索で得た業物の剣を使っている。しかし、どれも消耗品扱いあり、ギンの本気を引き出すことはできなかった。父が残し、レツが鍛え、師匠デニッシュに返されなければならなかった双子の騎士の二振り、建国王アートレイの剣は巡り巡って、今この手によく馴染む。
キャハハハハハハ
今となっては、この耳障りな笑い声からも感情を読み取ることができるまでになった。
世界で唯一無二の愛剣だ。
また、当の絶剣も自分を本当に笑わせることが出来るのは世界中探してもギン以外にはいないであろうことを理解している。この【バディ】は悪くいえば共依存、良くいえば最高の二人親友だ…短期決戦に至ってはであるが。
しかし、今は非常に良い条件下で絶剣を振るっている。ユーズレスの弩級魔法《月雷》の漏れた魔力と、シーランドの度重なる皆の戦闘に加えて、人工魔石作成炉から漏れた魔力により、ウェンリーゼの砂浜の魔力粒子濃度は非常に高い。絶剣に自身の魔力を供給せずともいいのだ。ギンは本当の意味で剣技だけに集中することができる。生身の時は、絶剣を振るたびに魔力を消費して無意識に技をセーブしていたのだ。ギンと絶剣は羽が生えたように、舞った。一振り、一振り振るたびにその剣速は増していった。ギンの内に秘めたる枷が解放されていく。
ギンは踊った。絶剣は笑った。絶剣は思い出していた。〖暴炎竜バルドランド〗、〖賢き竜ライドレー〗と戯れ屠ったこと二人の愛しい人を……
サラサラサラサラ
そして、絶剣も分かっていた。この愛しい人との別れが近いことを……
キャハハハハハハ
それでも、絶剣は笑う。歓喜の声を叫ぶ。
ギンも笑う。皮肉にも、生前では発揮できなかったすべての力を解放し、ゴーレムの僅かな時間で更なる高みへ昇った。
(父上、デニッシュ様、剣とは……こんなにも自由なものだったのですね)
「ガラララララララララ」
シーランドも笑った。
シーランドは本能的に理解した。このパラディンの時間が幾ばくも無いことを、ならば応えよう。砂の剣士よと、その剣技で五十年前と今日この日に、我に恐怖を植え付けた。心躍る好敵手に……
「ガラララララララララァアアアアアア」
シーランドはノーモーションで《水球》を放つ。その数は、三桁に届きうる水の球の嵐である。シーランドはブレスを発現しない。タメのあるブレスはそれこそ、この剣士にとって弱点を攻めてくれと言っているようなものである。
「元つ月(一月)」
高速の一閃……ゆらりとしたステップからブルースは始まる。
「気更月(二月)」
一閃から返しの二閃……ステップと剣筋はマンボのように少し速さを増していく。
「弥生(三月)」
三日月の軌跡を描くような月の振り……型は美しさを増し、スクエアルンバに。
「卯ノ花月(四月)」
三日月より力強く踏み込まれた剛の太刀筋……その踏み込みは力強くもジルバように軽やかに次の動作を加速させる。
「水の月(六月)」
水面をなぞるような美しい水平の軌跡…温まった身体は、ワルツはから、チャチャチャ、パソドブレ、クイックステップへ。
「ハハハハハ、踊るぞ! 絶剣! シーランド! 」
「ガラララ」
一人と一刀と一頭は笑い、踊る。
どちらも逃げない、下がらない、前しか進まない。
海王神祭典
この異なる狂言者たちは、神々にその死線をなぞるような舞を、泣き疲れた姫君の代わりに奉納した。
サラサラサラサラ
神とてもう、砂時計を返すことは出来なかった。
キャハハハハハハ、キャハハハッハハハ
絶剣が神々の代わりに泣いた。




