19 神様の砂遊び
1
「詰んだね」
「キャン、キャン」
木人が苦い顔をしながらホクトにいう。
「ああ、シーランドのほうじゃないさ。あのゴーレムのほうさね」
「キャン? 」
ホクトは良く分からないと顔を傾げる。
「《月雷》は発現するまでに時間をくうんだよ。しかも、ゴーレムの《月雷》は純粋な魔法じゃなくて、衛星からの高出力エネルギーをディックの変換機構で発現する人工魔法だからね。今の、ディクは杖だけだから、高エネルギーの排熱や受信をユーズが行わなくちゃいけない。ユーズは、ディックのように機体自体が魔法特化じゃないね、下手したらあの子スクラップになるよ」
「キャン、キャン」
「《月雷》は、本来、パーティー組んで準備までの時間稼ぎをしてくれる前衛職が必要だかたね。実に魔法使いらしい魔法で、ソロ向きの魔法じゃないのさ」
「キャウーン」
ホクトがうなだれる。
「はぁー、私が行くしかないかね」
「キャン、キャン」
ホクトが戦えないんじゃないのかいと問う。
「そうさね。きっと血の誓いを破れば、私は代償として業火に焼かれるだろうね。さしの私も灰になるさね」
「キャン」
「死ねない魔女が、焼かれて灰になるなんて洒落がきいてて結構じゃないかい」
「キャン」
ホクトが、全然洒落がきいてないと悲しく鳴く。
「ああ、心配してくれるのかい。ありがとね。あんたとも、よくよく思えば長い付き合いだね……あと五年か十年もしたら、巣穴に坊やがやってくる。そのときは頼めるかい」
「キャウーン」
木人が何かを託しホクトが鳴く。
「土が煙か、誰かの糧になれるなら……長生きしすぎた私には幸せなことだよ」
永遠に近い時間を稼働した木人はこれまで、この世の果てを、終わりを、再生を何度も見てきた。まるで、寄せては返す波のように、神様の砂遊びのように……
「生きてるってことは丸儲けっていうけど、生きてるうちにツケは払わなきゃねぇ」
「キャン、キャン」
ホクトが鳴く。力を使い果たしたホクトは泣くことしかできない。
「大丈夫さ。死ぬまでは、しっかり生きてるからねぇ」
ニコリ
木人がほほ笑み、ホクトが鳴いたその刹那。
何処からか風に乗ってメロディーが流れる。唄が聞こえる。
ウェンリーゼの民なら誰もが知っている馬車引きの唄だ。木人とホクトの目の前を黄金色の砂が流れる。
「おやおや、これはぶったまげたね! 本当の魔法じゃないかい! 」
木人が黄金色の砂を眺める。馬車引きの唄が木人の耳を楽しませる。
「はっはっはっはっは、ババアがババを引かずに済んじまったね」
「キャウーン」
ホクトが安心したように唸る。
「こんな枯れた木にもまだ、役目があるようだね。今は見守ろうじゃないかい、この時代の坊やたちの海王神祭典をねぇ」
木人がローブの四次元から六級酒の〖樹液の残りカス〗を取り出した
「東の姫巫女の勇敢なる騎士たちに幸あれ」
木人が瓶の中身をウェンリーゼの空に撒いた。それは、黄金の砂に水気を飾り、キラキラと一層輝く。
万華鏡みたいね、と美の女神と時の女神が呟く。
木人が瓶の底に余った、一番美味い残りカスを満足そうに飲み干した。
「キャン、キャン」
ホクトが嬉しそうに鳴いた。
カタカタカタカタ
波打ち際で絶剣が笑った。
 
2
『《月雷》の起動シークエンスに入ります。衛星からの高エネルギーを照射します。ビィィィ、ビィィィ、目標はディックです。テンス、衝撃に備えて下さい』
トゥワィスがユーズレスに警告する。
『了解した』
ユーズレスが了承する。
『四、三、二、一、高エネルギー! ツキアカリノミチシルベ来ます! 』
二つ月の一つから、一筋の光が夜空の雲を越え、ユーズレスの持つディックの杖の先端に注がれる。
『ぐうぅぅぅ』
エネルギーの衝撃がユーズレスを襲い両脚部の足部が砂浜に埋まる。
ユーズレスは即座に《演算》を使った。このエネルギーを全て受け止めるのは、ディックの杖だけでは不可能である。本来なら、ディックは杖でなく、ボディ持った機械人形だ。大技を放つ際には内蔵アンカーでしっかりと固定をして、全身に配置された冷却ジェネレーターをフル稼働していた。
しかし、ディックの杖はいうなればパージされたディックの右腕である。今のディックの杖に排熱機構はない。そのため、今までは弩級魔法《月雷》は条件が揃わなかったために発現出来なかった。
『バイタル180を超えました。排熱追い付きません』
トゥワィスが警告するが、上空からの重力にも似た衝撃と、ボディの内部から溢れ出す夏でユーズレスは稼働するだけで精一杯である。
実際のところ、《月雷》発現の魔力をユーズレスが【ブラックボックス】から供給することもできなくはなかったが、即座にトゥワィスと主電脳が却下した。その場合は確実にユーズレスのコアである【ブラックボックス】が停止するからだ。
ユーズレスは、本日限定で無制限に魔力を供給できる。だが、その蛇口から一度に出せる魔力の量は決まっている。長時間の猶予があれば別であるが、一度に蛇口が壊れるほどの魔力量を捻りだすことは叶わない。
 
「ガラララァァ」
何より一番の問題は目の前にいるシーランドである。今は《月雷》の準備によるエネルギーの余波で警戒し、一時的に様子を観察しているがこの竜は甘くはない。
「ガララ、ガララ」
シーランドが様子見の《水球》三発を放つ。
脚部が砂にはまっているユーズレスは動くことができない。何より、ツキアカリノミチシルベを受信している間は、ディックの杖を一定のポイントに固定しなくてはならない。待機時間が邪魔をしている。
バシュ、バシュ、バシュ
シーランドの《水球》は《月雷》の魔力チャージの余波と周囲の高濃度に圧縮された魔力粒子によって狙いが逸れた。まだまだ、運はユーズレスにある。
 
「ガララララァァァ」
シーランドの背びれが発光する。その魔力操作は度重なる戦闘で洗礼され、練られた魔力が滑らかに口腔内に運ばれる。シーランドのブレスが発現された。収束された水流のブレスは、大気中の高濃度の魔力粒子を突き破りユーズレスに襲いかかる。
ユーズレスは動けない。
『ラ……ザア』
唄が聴こえた。黄金に輝く砂がエメラルド色の瞳の前を通り過ぎる。
ギィィィィィイイイイ
重厚な扉が開く音がする。
キャハハハハハハハハハハハハ
絶剣七色に輝きだしながら、嬉しそうに笑う。
バッシャァァァァァァン
ブレスが着弾した。
 
「なんじゃい、ワシのションベンのほうが勢いが、あるぞい」
砂の人形が〖拳骨〗を構えて立っていた。
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