18 おやっさんと海
おやっさん、クロ、シロ、ジョー、スイ、レツ、ヒョウ、ギンのそれぞれがシーランドにやられた後のお話です。
外伝に投稿予定だったのですが、【完結】すると投稿出来ないようなので、箸休めにどうぞ。
内容としては跳ばして頂いても大丈夫です。
1
バシャッバシャッバシャッバシャッバシャッ
一人の老人がウェンリーゼの海を泳ぐ。沖からはずいぶんと離れた場所だ。老人は木の破片にしがみつきながら、顔が半分失くなっている目付きの悪そうな男を担いでいる。既に仏となっているだろうにベンはクロを担ぎ泳ぐ。
意地悪な神々がいった。まったくバカなやつだ。あれでは沖まで辿り着かないぞと。途中で溺れるのが関の山だと。
ベンに神々の声など気にせずに事切れたクロを見てとても大事そうに笑った。
2
バシャッバシャッバシャッバシャッバシャッ
ベンの目の前に誰かの手が浮かんでいる。その手は真っ白であるが血の臭いがベッタリと匂う。持っているだけで死を運ぶ、まるで白い死神の手だ。
神々はいった。無視しろ、持つな! 神々は少しベンに興味を持った。
ベンはシロの手を自分の手より大事そうに懐に縛った。
3
バシャッバシャッバシャッバシャッ
ベンの泳ぐ【スピード】が落ちてきた。無理もない。いくら浜っ子のベンでも既に後期高齢者なのだ。
ベンは海に浮かんだ狩人の杖を見つけた。昔、魔導技士のベンが可愛い甥に送った魔法の杖だ。
神々はいった。そんなオンボロノ杖など役に立たないから捨て置けと。ベンはジョーの杖を懐かしそうに手元に戻した。
神々はイライラしてきた。
賭けでも致しましょうか。亜神クリムゾンレッド(借帝)が退屈していた神々に提案した。
誰もベンには賭けなかった。ディーラー以外は……
4
バシャッバシャッバシャッ
ハアハアハアハア
ベンの息切れが聞こえる。とても苦しそうだ。意地悪な神々は、よし、あきらめろ。無駄だ無駄だとヤジを跳ばした。老人のベンには何も聞こえない。ベンはただただ前に泳いだ。神は味方しなかったが、ウェンリーゼの波と風が味方してくれた。
ベンの身体に人魚の鱗がくっついた。スイがおやっさんを心配そうに見守った。
5
バシャッバシャッ
ハアハアハアハアハアハアハアハアハアハア
もはや泳ぐより、息切れのほうが激しい。ベンはとても苦しそうだ。
いつからだろうに、意地悪な神々が手に汗握りベンを見つめる。ただただ仲間を息子達をウェンリーゼの大地へ運んでやりたいと願う純粋な老人の気概と心根に、ヤジなどとうに失くなった。
ヒラリ、ヒラリと七色の羽がベンの頬に触れた。鍛冶屋レツの熱い魂がベンの熱を上げた。
陸地が見えてきた。
6
バシャッ
ハアハアハアハアハアハアハアハアハアハア
老人は浮かんでいた。もう息をするだけで精一杯だ。いつ溺れてもおかしくない。
波に紛れて、エールが聴こえる。
神々からの声援だ。ベンに賭けていない意地悪な神々からも喉が枯れそうなくらいのエールが聴こえる。
人種に神なる声が届くはずないが、ベンはまたほんの少し進んだ。
海底に沈んだ夜朔(ヒョウの魂)が黄金に輝き波を後押しした。
ディーラーが意地悪な神々にいった。
そんなに応援したら勝負になりませんよ。皆様が損をしてしてしまいますがと。
意地悪な神々はいった。金ならいくらでもくれてやる。あの老人を救う権利を売ってくれと。
ディーラーはいった。そんなものがあれば、私が買いたいくらいですと。
機械のオイルにまみれた老人が、綺麗過ぎて忘れられないような絵画に見えた。
世界の神々ですらこの老人を救う権利を欲しがるのに
7
ハアハアハアハアハアハアハアハアハアハア
ベンの後ろでは世界中の神々が息を吹き掛けたり、手で扇いだりと、ベンを救いたいと躍起になっている。しかし、全く《干渉》出来ていない。
陸地までもう少しというところで、動きが止まる。老人であるベンには悲しいことに体力はいくばくも残されてはいない。
ブクブクブクブクブクブクブクブク
ベンが溺れそうになったその時に。
「随分と無茶したなベン」
ギンがベンの腕をつかみ陸地へあげる。
「「「おやっさん」」」
モブ達全員がベンを迎える。
「ハアハアハアハアハアハア、なんじゃお前らここは、お前らの遺品を集めとったのに何でお前らここにいるんじゃ」
ベンはモブ達を見渡しながら問う。
「なんだじゃないですよ! おやっさん! おやっさんこそ、ラザアを助けた何年も前に死んでたそうじゃないですか」
クロが呆れながらいう。
「………」
ベンは訳が分からない。
「伯父貴、認知症で自分が死んだのも気付かなかったようだよ。一緒に住んでた俺やクロ、シロもあんまりにも普通にしてたからな。ただ認知症が進んだだけかと思ってたら、これだもんな」
ジョーは呆れた。
「なんじゃ、ワシはまだ海蛇倒しとらんかったのか。てっきり宴会前の水浴びかと思っとったぞ」
死にかけた海の旅は、入浴代わりだったようだ。とっくに死んではいるのだが。
「「「………」」」
「「「ハハハ、さすが、おやっさんだぜ」」」
皆が笑う。海王神シーランドとまさに死闘を繰り広げた皆はまだ成仏できていないのだろうか。まるで生きているかのように振る舞っている。
「ガララララララ」
遠くでは怒声が聞こえる。まだ戦いは終わっていないのだろう。
「ちぃ、しぶといやつだ。もうそろそろ薬が効いてもいい頃合いだが」
シロが怒声の鳴るほうを睨む。自身を食物にした毒の効果はまだのようだ。
「残念だが、ボールとランも逝っちまらしい」
クロが嘆く。
「アーモンドにユーズ……頼みか」
レツが呟く。
「勝算はあるのか」
ベンがギンに問う。
「アーモンドはまだ未知数だが、期待が出来る。ピーナッツもそうだったがアートレイの血は闘いで常に覚醒する。恐ろしいものさ、後ろからいきなり怪物が目覚めるのだからな」
ギンが弟子に期待する。
「ユーズとハイケンがどうなるかだな。ユーズは現在の魔力濃度では本来の力を発揮出来ないからな。何よりボールが逝っちまったらそれこそポンコツになるぞ」
ベンが悩むように予測する。おやっさんの霞がかかっていた脳に【エンジン】がかかってきた。何度も繰り返すが皆とっくに死んでるのだが。
「後は絶剣が導いてくれるさ。元々は王家から借り受けていた剣だからな」
ギンが相棒に託すように呟く。
「建国王の二振りにして双子の騎士なる剣、災いを切り裂きし者の元へか……災いを切り裂きし者はお前じゃなかったのかギン」
シロがギンに問う。
「私は《津波》を切り裂いただけさ。ウェンリーゼの災いはまだ生きている。絶剣は意識の集合体でもあって持ち主を自身で選ぶ。私はアーモンドには十分に資質があると感じた」
「ほう、お前がそんなにアーモンドをかってたとわな。確かに奴からは鉄に好かれそうな匂いがしたな」
レツがギンに意外そうに聞く。
「ラザアが選んだ兄上の後継者だ。シーランド位、倒さないと兄上の後釜は務まらん」
「大分、ハードルが高いな」
漁師のスイがいう。
「それに、似ているのさ。デニッシュ様にな。あの世界を自分を信じて突き進む、止まることを知らないところがな」
ギンが師匠であった剣王デニッシュにアーモンドがよく似てると宣言する。
「デニッシュか、懐かしいな。私も戦争の時は随分と煮え湯を飲まされたな」
大工のヒョウが懐かしそうに昔を語る。
「後は若いもんに任せて、ワシらは見物させて貰おうじゃねぇか。おい、誰か酒もってないか」
ベンはマイペースだ。
その時に何処からか唄が聴こえる。風がメロディーを運んできた。これは馬車引きの唄だろうか。皆が騎士たちを呼んでいる。
「ベン、残念だが宴会はお預けみたいだな」
ギンがベンを諭す。
「なんじゃい、やっと老後っちゅうもんを、酒を浴びながら過ごそうと思っとったのに」
「その割にはおやっさん嬉しそうですね。イテッ」
クロがベンの拳骨を食らう。いつものご愛敬だ。
「ラザアが呼んでる。あいつ気は強いけど人一倍寂しがり屋だからな」
ラザアにいつものじゃれていたスイがいう。
「女を待たせるわけにはいかないぜ。伯父貴」
ジョーがウインクする。
ヒィヒィヒィィィィン
高貴なる鳴き声が聴こえた。
「先生持ってきやした」
「この馬車なら全員乗れますぜ」
左利きと職なしが大層立派な神馬(馬帝フィールア)に馬車を引かせてやって来た。
「どうしたんだ。この馬、明らかに神なる力を感じるのだが」
ヒョウが問う。
「さっきそこで、山羊の顔した紅い燕尾服の方に馬のたてがみを貰ったら、なんか来たんですよ」
「これなら、皆さんのお姫様のところまで行けますよ。兄弟に宜しくといってました」
二人はなんかよく分からないけど宝くじ貰ったみたいな感じだ。
「ついでに、冷えたエールも樽で頂きましたぜ。山羊の人がおやっさんに儲けさせて頂いたお礼だそうです」
左利きが泡立ったエールを飲み干した。
「せっかくのご厚意だ。甘えるとしようぜ」
クロとスイが飛び乗る。
「なんじゃか分からんが、気が利く山羊もいるもんだな」
ベンも子供のように飛び乗り皆も続く。
そのままにエールの入った杯を持つ。
「ギン、お前がやれ」
最年長のベンがギンに乾杯を譲る。
この八人と二人の命は、海王神シーランドの前では古来からある線香花火のように儚かった。
だが、彼らの火はまだ消えてはいないようだ。
冥界の門を開くのは骨が折れたろう。死神がディーラーである亜神クリムゾンレッドにいう。
独り勝ちでは妬みを買いますからと亜神クリムゾンレッドは素直ではない。
それに私のオニイサンのお友達ですからと、亜神クリムゾンレッドが懐かしいように機械人形を見ながら素直にいった。
カタカタ
絶剣に老人の無骨な色が加わった。
絶剣に全てのモブ達の魂が宿った。
オッサンたちによる海王神祭典の二次会が始まる。
今日も読んで頂きありがとうございます。




