プロローグ 後編
1
大陸を滅ぼした邪竜王シーランド
海の竜王たる海王神シーランドはウェンリーゼでの戦闘により劇的に進化した。女神の加護が強力になり、海だけでなく大気中の魔力も無尽蔵に集束可能となったウェンリーゼのもののふ達は敗北した。戦闘の余波により、五基あった人工魔石生成炉が暴発して、大陸中に過度な魔力が溢れた。それにより、大陸中の魔道具が誤作動を起こし各領地、特に王都では混乱が起きた。その混乱の最中、大陸中の迷宮で魔獣が外の魔力に惹かれて大規模な「魔獣大行進」によりさらに混乱した。それにより、各所の領主を始めとした軍隊や冒険者も多くの死傷者をだした。ひとえに、魔術師の魔術が大気中の魔力濃度が高すぎて魔術の発現が上手くできなかったことも要因にある。それにより各所の関所が突破されて被害は領民にも及んだ。討伐しきれない魔獣によって作物の生産や、街道での移動にも支障が発生した。王都を中心とした物流や連絡、情報の伝達が十分にできなかった。
皆は思いもしなかったのだ、厄災級の上位竜、海の竜王「海王神シーランド」が大陸を進撃し、濃密な大気中の魔力を十全に使用してグルドニア王国を蹂躙した。人種の味を知ったこの荒ぶる竜を止める手段は人種にはなかった。
海の王はかつて暴食の限りを尽くした「暴炎竜バルドランド」以上の竜として神々にこういわれた。
生ける邪神「邪竜王シーランド」
2
「私はその時、観戦できなかったのですが、相当激しい戦闘だったようですね。グルドニアの王子様で確か……アーモンド君でしたっけ? 彼は最後に、生命力を代償に竜化してシーランドに相当な深手を負わせたのですが、シーランドが途中で《治癒》を覚え形勢逆転してしまったのです。海と水の女神様の加護が強かったせいでしょうね。もともと二神の女神の涙をベースにした個体なので、癒しに対する適性はあったのですが竜種の本能でしょうかね。死に瀕してポテンシャルが一気に開花したのでしょう。それからは、アーモンド君は食われてしまいました。その存在の力を食して、シーランドはますます手に負えない暴食竜となり現在に至ります」
クリッドが【バッドエンド】を解説する。
(本機はどうだったのだ)
『ハーフヒューマンに進化できなかったのですか』
「残念ながら、ユフト君の原則がユーズ兄上を縛っていました。ユーズ兄上は再起動することできずに沈黙したままでした。そのおかげで、時間はかかりましたが数百年かけて魔力を集束して自動修復機能の効果で再起動できました。多分、あのままハーフヒューマンに進化していたら疑似痛覚の過剰な情報量により電脳がショートして完全に再生不可能なスクラップになっていたでしょう」
(本機は、人の役に立てなかったのだな)
「兄上は長い時を経て、多くのニンゲンの役に立ってきました。そろそろ、古代で言った還暦なる第二の人生を歩むにはいい機会ではありませんか。魔界に重要なポストをご用意しております。昔のように、私をどうかお導き下さい」
(……ガードはどう思う)
『クリッドのいうように十分すぎるほどにニンゲンに貢献してきました。テンスのかつてのグランドマスターであったユフト師も満足していると思われます』
ユーズレスは思考した。重要な分岐点である。
(よし、行くか! 魔界! )
「おお! 」
『よろしいのですか』
(新しいことにチャレンジすることが若さの秘訣と電子書籍アンチ―エイジングにも書いてあった。子育てもしたし、老後を魔界で冒険してもバチは当たらないだろう)
「兄上と一緒ならば、魔界のまだ未踏破の迷宮も攻略可能でしょう。さあ、参りましょう。失われし特製オイルもたくさん用意しました。きっとお気に召すと思われます」
クリッドが空間を歪めて魔界の道を作る。
ユーズレスが歩を進めようとした瞬間に……
ヒラリ
何処からかともなく東の風に吹かれて、ひとひらの青い花びらがユーズレスの視界に入った。こんな、枯れた大地に何処からやってきたのだろう。ユーズレスはその花びらをそっと掌に納めた。ユーズレスにはその花びらが、何故であろうか、泣いているラザアに見えた。
「いかが致しましたか兄上? 」
(……あのさ、本当に申し訳ないんだけど、魔界行くのちょっと延期でいい? )
「なにか御用でもありましたか」
(そのさあ、贅沢な悩みなんだけど、まだ、孫の御守り終わってないんだよね。その、ひ孫の顔も見てないんだよね)
「ひ孫で、ございますか」
(うん……)
『テンス……』
「失礼いたします《鑑定》。アッ、なるほど、これはとんだ失礼をしました。データーのみ転生されてきたのですね。実体はまだ、パーティー会場でしたか。いやはや、こちらの早とちりでした。お詫び申し上げます」
『これが《予測演算》が示したシミュレーションの未来だと分かるのですか』
「シャチョウ、それは少し違います。機械神二名の力を合わせた《演算》で未来を覗くことは、もはや、神なる領域の魔法です。いまは、まだデーターだけですが、あまり長居すると事象に引っ張られてデーターが転生し、実体を持ってしまいます。この予測演算は今後、機械神のバックアップなしでの単独《演算》で行うことを推奨致します」
(これは、シミュレーションではなく本当に起こりうる未来なんだな)
『説明不能な事象ですが、クリッドのいうことが事実なら』
(クリッド、まだまだ定年はできそうにない。最近のトレンドは延長雇用契約でアディショナルタイムがあるらしい)
『働き方改革ですね。解釈を間違えば、社畜とも訳せますが』
(失礼だな! ガード、本機は仕事を愛しているのだよ)
「(『ハハハハハッ』)」
「そういえば、加護は外しておきましょうか。戦いでは逆に足を引っ張ってしまったようですね。大体のシチュエーションでは、優位な加護なのですが、まさか女神の祝福を弾くとはご迷惑をお掛け致しました」
『身に覚えのない加護でしたので、何かの呪いかと勘違いしていました。クリッドは見えないところでテンスのことをずっと守っていてくれたのですね』
(外さなくてもいいぞ。きっとご利益があるはずだ。それに……)
「それに? 」
(貰えるものは、消しゴムのカスでも貰っとかないとな。何に役立つか分からないぞ)
ユーズレスがエメラルド色の瞳を不敵に点滅させた。
「フッ、ハハハハハッ! 数千年振りにお聞きしました。メモリーを封印されても、おっしゃることは変わらないのですね。よろしければこちらを」
クリッドが一枚のカードを渡す。
『これは? 』
「お二人が私にかつてプレゼントして下さった名刺なるものです。魔界では、少々、地上と違う使い方をしましたが。こう見えても、数千年かけて各所に顔が利くようになったので、消しゴムのカスよりはお役に立つかと」
(ありがとう。クリッド、お前も立派になったんだな)
『女神の祝福を弾くほどの加護の力ですから、クリッドは相当に頑張ったのですね。力もココロも』
「お二方にはまだまだ及びませんよ。メエェェ、メエェェ、二人にガチ褒めされるとテレるだメエェェ」
クリッドは一生懸命に紳士ぶっていたが身体をクネクネさせている。
(キモッだな)
『キモッですね』
「肝ですか? 疲れた時は栄養になり、元気になりそうですね。次にお会いする時には御用意いたします」
クリッドが色々と間違っている。クリッドは相変わらず通常運転だ。
その時、ユーズレスの身体が透けてきた。《演算》の時間はどうやら終了のようだ。
(お別れみたいだな)
「厳しい道になりますよ」
(それが魔道だろう。お前が教えてくれたんだぞ。借帝、いや……剣帝クリムゾンレッド)
「始めて、真名で呼んで頂きましたね。悪魔の名付け親であり、魔の道を選びし、魔道機械人形ユーズレス、補助電脳ガードに幸あらんことを」
ユーズレスが消えそうになる。
(そういえば、パンドラの迷宮踏破したのか)
『鉄骨竜には勝てたのですか』
ニヤリ
「嫌ですね。お二方、ネタバレはお嫌いでしょう。それはまた、別のお話です」
クリッドは人差し指を立てて、口元で内緒のポーズをした。
《高速演算》
始まりの機械人形であるマザー・インテグラのバックアップを受けたユーズレスと補助電脳ガードによる。複合魔術は、機械達の予想を超えて、理の外なる神に近しき魔法となった。
その事象が引き起こしたシミュレーションが、電脳による予想された未来だったのか、もうひとつの現実だったのかは、神々や機械でも解析不能であった。
魔道機械人形ユーズレスと補助電脳ガードは、海王神祭典へ機械転生した。
スローライフはまだまだ先かなぁ。
何処かのいつかの時代の機械人形が囁いた。
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