23 準備
1
カチャリ
剣帝が剣を抜いた。
刀身が美しくいて鈍い輝を放つ。素人がみても業物の剣であると分かる。剣帝が剣を構える。革鎧に身を包みもう一本の剣を腰に吊った剣帝がクリッドを見る。
「メェェェ」
クリッドが鳴いた。クリッドに剣帝の殺気のこもった視線が突き刺さる。しかし、そこに怯えはない。その叫びはなぜか悲しそうでもあった。クリッドも剣を構える。
その刹那に……夢剣がいつものように「キャハハハハハ」と笑った。
キィィィィン
それは、ほぼ同時に一閃が放たれた。部屋全体に重い一撃の金属音が鳴り響く。
両者に驚きはない。剣帝がつばぜり合いから一歩下がる。クリッドが体勢を前に崩すかと思われたが、神がかかった反応をみせて脚を踏み込み追撃の剣を振る。
以前のようなぬるい剣ではなく、その剣筋は鋭い。剣帝はその剣を躱しながら、こともあろうにくるりと反転しその反動で、片手で剣を水平に振る。
クリッドは首に冷ややかな気配を感じる。それは、本能だったのだろう。クリッドは首を下に向かって振り抜き、頭から突き出ている自慢の角で剣帝の肘を殴打した。
クリッドはそのまま体勢を低くして剣帝の脚を刈る。しかし、それは読まれていたようで剣帝は鎧の脛の部分をクリッドの手首に当てて剣戟を止める。
「《強奪》」
クリッドが独自魔法《強奪》を発現する。クリッドの左手が影に覆われて巨大になり、剣帝に向けて振るわれる。剣帝は素早く下がったが《強奪》が右脚を飲み込む。剣帝の右脚が失われたかと思われたが、脛あての部分が無くなっただけで脚に直接的な【ダメージ】はなかったようだ。
これは、本来であれば《強奪》により右脚ごと奪われていたであろうが、剣帝の防具の魔法耐性が異様に高かったことにより使用者を守ったといえる。クリッドが追撃は終わらない左手の五本の指が伸び、剣帝に襲いかかる。
キャハハハハハ
剣帝がもう一本の剣を抜いた。絶剣が笑いながら振るわれる。その一閃は笑いながら《強奪》を逆に飲み込んだ。
〖双子の騎士〗誰がそのように読んだかは分からない。しかし、一説には二刀流をつかい、騎士としての個人で戦局を変えるほどの戦力、二刀を持った騎士はその技量から等、所説ある。
そこからは、剣帝の【ターン】だった。
音のない神速の剣がクリッドに向けて振るわれる。一撃、一撃は一刀の時が重いが、左右の連撃の手数が多く。クリッドは防戦一方になった。
しかし、クリッドの目は死んでいない。それはまるで剣帝の太刀筋を獣が牙を光らせ虎視眈々と、理解しようとしているようだった。
藪のなかで、獲物を食い破る瞬間を待つかのように……その時、クリッドが不可解な行動をとった。
それは刹那の一秒に満たない時間であったが、タメを作ったのだ。これは、強者同士の戦いでは命取りになる。剣帝が「ふざけるな」とでもいうように剣を振る。剣帝の剣が燕尾服に触れる。その刹那に……
シュパッ
クリッドの一振りが音を置き去りにした。
剣帝の鎧の胸当ての部分が切り裂かれた。クリッドの一閃が当たる瞬間に辛うじて絶剣で防御したおかげだろう。でなければ、その斬撃は剣帝自身を傷つけていたであろう。
「メェェェ」
赤い山羊が深々と啼いた。
2
カタカタカタカタと笑っている。
クリッドの夢剣が笑っている。釣られて剣帝の絶剣が笑う。
クリッドは笑わない。クリッドは疲れていた。非常に疲れていた。身体的な【スペック】であれば、悪魔であるクリッドに影骨の魔獣と化している剣帝は遥かに下位の存在である。ユーズレスが記録して補助電脳ガードが分析した剣速はクリッドのほうが上である。しかし、剣帝の剣には数値にできない何かがある。技術的なものであったり、戦闘経験であったりなによりもクリッドが一番脅威に感じているのがその研ぎ澄まされた殺気である。
クリッドは感じていた。剣帝は明らかにクリッドを殺しにきている。昨日まで、焚き火を囲み、食物を分かち合い、言葉は発せずとも笑いあったクリッドを本気で殺そうとしている。この殺気はクリッドには出せない、なぜならクリッドはこのように命のやりとりをしたことがなかったのだ。
ハラリ
先ほどの剣帝の一撃であろう。クリッドの燕尾服に傷をつけた。集中していてさほど気にもしていなかったが、クリッドの左わき腹には燕尾服を貫通した衝撃があり、骨の一~二本ヒビが入っている。魔界大帝から贈られた特製の燕尾服でなければ切り裂かれていたであろう。クリッドは【トレーニング】でない、命のやり取りでの痛みを理解した。
ドクン、ドクン、ドクン
クリッドの全身の毛が逆立つ。心の蔵から全身に血が駆け巡る。
「奪われるな、奪え」「ごめんなさい坊や」
父と母の声が聴こえた気がした。
「ああ、理解しました」
クリッドの両目が深紅に染まった。
赤い山羊が牙を覗かせた。
本質を司る魔界大帝の血が騒いだ。
3
カゴン
剣帝が鎧を脱ぎ捨てた。
革鎧は金属製鎧よりも軽く、各所の関節の動きを最小限しか妨げない。それに、この鎧は恐らく〖暴炎竜バルドランド〗の素材を使っているであろう。物理耐性、魔法耐性が恐ろしく高い。でなければ先ほど《強奪》で剣帝は脚ごと持っていかれたであろう。
恐らく、当時であれば国一つが傾くほどの秘宝である。その最高の防具を剣帝は脱ぎ捨てた。
剣帝は、自分と同レベルの高速戦闘をするクリッドに対して、最小限しか可動域を妨げない防具すら、邪魔だと判断し外した。
そして、もう一本の剣を地に刺した。
これは、二刀流とは本来、剣帝が集団戦を想定して編み出した剣技である。機を呈した際以外では、一本の剣で相対するのが騎士たるものなのだ。一対一であれば一振が本来の自身の力を引き出せる。
更に、剣帝は準備詠唱をした。青い球体が剣帝を包み込む。
青い球体が影骨である剣帝に染み込んでいく。すると、影骨の骨が肉を帯ていき、首から上を形成していく。
脳から眼球、鼻、耳、口が形成され皮膚を作っていき最後にブロンドヘアのセミロングの髪が現れた。
青い瞳がクリッドを見据える。
剣帝は女性であった。
互いの準備は整った。
今日も読んで頂きありがとうございます。
作者の励みになりますので、いいね、ブックマーク、評価★★★★★頂けたら作者頑張れます。




