22 幸せなひとときは短い
1
二十階層に来て四日目になった。
肉弾戦での打撃、関節技、締め技、目つぶし等なんでもありだった。もっとも、首のない剣帝には目つぶしは出来なかった。クリッドはメエェェ、メエェェ騒いでいたが、辛うじて気絶しなかった。剣帝はシチューで忖度した訳ではなかった。
その日は、ユーズレスが電子書籍〖竈ウマッ〗を参考に、石を集めて不格好ながら竈を作った。日中はもはやクリッドの観察ではなく、仕込み? を一生懸命やっている。
夕げは、グラタンだった。加工肉と冷凍玉ねぎを細かくみじん切りにして、トマトを潰して煮た。感知センサーで、なかなか味が規定値にならなかったが、剣帝が無言で懐から調味料と赤ワインをくれた。お礼に、剣帝には【純正冷やしエール】を譲渡した。クリッドには【爆裂黒炭酸】、ユーズレスは【機械ビール】を乾杯して皆、意気揚々と一気に飲み干した。
剣帝がグラタンをハフハフいいながら食べているのは面白かった。首がないのにどうやって咀嚼しているかは、非常に謎であった。クリッドは「熱いメェェェ」「美味いメェェェ」と交互に叫びながら残さず食べた。剣帝が笑った気がした。
五日目になった。
クリッドが被弾しながらも、奇跡的に剣帝に一撃を加えた。補助電脳ガードが記録した映像をユーズレスが部屋の壁をスクリーン代わりにして映し出し、何度も見返した。「無我夢中だったから覚えてないメェェェ」とクリッドはいった。剣帝がクリッドの背中をバンと叩いた。その光景は、師匠が弟子に合格だとでもいっているようだった。
剣帝が剣を抜いた。
初日目と同じ型を披露した。何度も、何度も披露した。クリッドはまばたき一つせずにその舞を目に焼き付けているようだった。眼鏡が途中で曇った。
その日クリッドは残りの時間を、ただ目を瞑っていた。時折、夢剣を手に握りなにか対話でもしているようだった。ユーズレスは邪魔をしないように音を立てないようにしていた。剣帝はただ佇んでいた。その日は食事をとらずに終わった。
六日目になった。
半日ほど目を瞑ったままだったクリッドが突然目を開けた。「そうですね。ああ、理解しました」と夢剣に呟いた。
クリッドは夢剣を抜いて虚空を斬る。斬る、斬る、斬る。ユーズレスは記録した。その剣は以前を比較して力が増したようでもなく、剣速が増したわけでもない。あえて表現するなら、研ぎ澄まされていた。なにが変わったといわれれば、補助電脳ガードにすら明確な回答は得られないであろう。だが、分かるものには分かる。
剣帝は特に、なにをするわけでもなく。腕を組んでクリッドの剣をみていた。
ユーズレスもそれに倣った。
クリッドはその研ぎ澄まされた剣を振った。一閃、一閃が意味に意味があるように振った。気が付くとその日は終わっていた。
ユーズレスがバックパックの四次元から焚き火の薪を出した。補助電脳ガードが、薪はこれで最後ですと【アナウンス】した。
剣帝も呼ばなくても混ざるようになった。その日は、剣帝が冷凍の肉を提供してくれた。補助電脳ガードが鑑定したら〖暴炎竜バルドランド〗の肉だった。
伝説は本当だったのですねとクリッドが聞いたら、剣帝は口があるであろう位置に指を立てて内緒のポーズをした。
ユーズレスはバックパックの四次元から鉄板と料理用のコテを取りだしてバルドランドの肉を焼いた。焼くときには剣帝がウヰスキーというアルコール度数が高い酒で少し炙るようにと【ジェスチャー】した。
補助電脳ガードが《演算》で補助して肉は最高の火加減と【タイミング】で焼きあがった。クリッドはいつのよりも大げさに「ウメエェェェ」を連発した。剣帝は残りのウヰスキーをそのままあおりながら、肉を食した。とても満足そうだった。
ユーズレスはその様子を記録して、「ニンゲンっていいな」と思考した。補助電脳ガードが『悪魔と魔獣ですが』と突っ込もうとしたが、ムードを尊重してやめた。
2
二十一階層から三十階層は〖無限階層〗といわれ魔獣自体の脅威度は高くはないが、厄介なのは殲滅するのに個体ごとに蘇りがあることだ。個体により蘇りは十~百回で与えるダメージの威力に関係なく、一定のダメージをその蘇りの回数ごとに与えないと死なないのだ。
この階層ではこの魔獣の特性を理解していないと、永遠とその作業を、無意味さを経験させられることになる。並みの精神力の持ち主であれば、疲労がピークに達しパーティーでの仲たがいや集中力が低下すると全滅もあり得る。基本的には、予備の武器やアイテム等を消耗して進み、魔獣から得る魔石以外の実入りの少ない階層である。
三十一層からは〖幻影階層〗といわれている。詳細は補助電脳ガードも不明である。なぜなら、三十階層より下の階層はいまだに踏破されていないからである。
3
『以上が以下の階層の報告になります。最下層の主部屋はなんどもいいますが、鉄骨竜が守護しております。戦闘力はユーズレスシリーズに匹敵するとでもいっておきます』
補助電脳ガードがパンドラの迷宮のあらましを説明する。
「その鉄骨竜はそのお強いのでしょう」
(本機もよく分からない。そうなんだガード)
『鉄骨竜はいうなれば、コンセプトだけいえばテンスと一緒です』
「ユーズ兄上のように全身が黄色いのですか」
(色のことはどうでも……)
『色は白銀です。外装甲の強度は、その名の通り鉄のように硬く、魔法耐性も非常に高いです。回数限定ですが《反射》でここぞという場面で、こちらの魔術・魔法を反射してきます。もちろん、鋭い爪や牙、尾の攻撃の衝撃は巨人種のバトルハンマークラスです。竜種特有のブレスは無属性ですがこちらの魔法防御を貫通する特性があります』
補助電脳ガードはぶった切った。
剣帝も感心するほどの切れ味であろう。剣帝は焚き火の前で体育座りをしながらチビチビとウヰスキーを嗜んでいる。
(本機と一緒とはいったい)
『鉄骨竜は元々、竜種討伐を目的としたもので、オールラウンダーで非常にバランスのいい凡庸性に富んだ機体とした設計だったのです』
「それは、凄いですが。失礼ですが器用貧乏では」
『いえ、すべての特性を極限まで上げきった尖った機体なのですよ。ギミックとして変形機構も組み込まれて、その時々で予備パーツを換装すれば状況にあった最適解な戦闘を行います』
(予備パーツに換装機構なんてカッコいいじゃないか。いいなぁ)
『ですが、問題がありました。すべての特性を当時の限界値まで上げた結果、電脳の制御が利かなくなって常時暴走状態なのです』
「それは、それは、考えただけでも恐ろしいです。」
『ユフト師は鉄骨竜の反省を踏まえて、始まりの機械人形以外のユーズレスシリーズは、それぞれの特性を生かした。《演算》、《物理攻撃》、《防御》、《敏捷》、《魔法抵抗》、《器用》、《道具》、《魔法》の兄弟機を作りました。テンス、始まりの機械人形と同じ《統合》を司りし育成型の機械人形が誕生したのです』
(どうだ、本機はオニイサン、オネイサンの力をつけ継いだできる弟なのだよ)
「流石、ユーズ兄上です。兄上がいれば鉄骨竜もおそるるに足りず」
(その弟のクリッドはもっと凄い)
「私が……ですか」
(クリッドは、文句の一つもいわずに毎日ボロボロになりながらトレーニングしている。誰にもできることじゃあない)
「……楽しいのです。その、夢剣以外に……誰かに何かを教わるのは初めてなもので」
クリッドが、ウヰスキーをチビチビ飲んでいる首のない剣帝をみる。剣帝が、ウヰスキーの酒瓶をクリッドに渡した。取りあえず飲めとでもいっているかのようだ。
「あ……ありがとうございます……その、師匠」
クリッドが顔を赤くして恥ずかしそうにいう。そして、照れ隠しのつもりで、ウヰスキーを一気にあおった。「喉が焼けるメェェェ」クリッドは気絶した。ユーズレスと補助電脳ガード、剣帝が肩を震わせて笑った。
4
七日目になった。
クリッドが昨日と同じように虚空を斬る。おもむろに剣帝がユーズレスにエールをねだった。こんなことは初めてだ。ユーズレスは星の家紋がついた小瓶のエールと、干し肉と乾燥ブドウにチーズの盛り合わせにハチミツをつけて渡した。剣帝が、ゆっくりと甘美で塩味のある味を噛みしめながら、エールで首のない喉を鳴らしながらクリッドの剣を眺めていた。
剣帝が食器をユーズレスに返却した。
剣帝はユーズレスに騎士の礼をとった。ユーズレスもペコリとお辞儀をした。
コツ、コツ、コツ
剣帝がわざと足音を立てながら部屋の中央にいく。
ゾクッ
『ビィィィィ、ビィィィィ』
部屋全体を包む水面のような静かな圧を感じる。思わず補助電脳ガードが警告音を鳴らす。
ユーズレスが咄嗟にクーリッシュの盾を出す。
クリッドが剣を止める。
剣帝である双子の騎士が剣を抜く。
今日も読んで頂きありがとうございます。
出来そうだったら本日あと一話更新します。