21 悪魔の跪拝
間章なのにいつまで続くのでしょう。作者も分かりません。
1
「ぐふう」
気絶したクリッドの頬に衝撃が走る。クリッドは剣帝に角を掴まれ、引きずられて部屋の中央で頬を叩かれて目を覚ました。
「メェェェ、メェェェ」
気絶していたクリッドには状況が追い付かない。
(クリッド! )
ユーズレスが〖クーリッシュの盾〗を前方に構えながら特攻を仕掛ける。
ヒュン、ヒュン
風のない迷宮に鋭い魔力の風が吹く。剣帝が無造作に剣を振った後には、魔力による斬撃が盾に当たりユーズレスの動きを止める。
『《器用》』
ユーズレスは【コマンド】を発動するが、斬撃の刃が盾の左右にあたり、衝撃をほぼ同時に受けたために受け流せずにその場で転倒する。補助電脳ガードは驚愕した。魔法の斬撃を放つ剣など、迷宮深層でドロップする貴重な〖迷宮具〗である。当たり前ではあるが、二十階層のボスが所有している品ではない。
その時、剣帝が奇妙な行動を取った。剣帝がクリッドの角を離して開放する。首のない剣帝が転倒したユーズレスを見る。不思議とそこに殺気がない。まるで、これから行うことを「大人しくみていてくれないか?」とでも言っているかのようだ。
剣帝がクリッドから五歩後ろに下がり、距離を取る。そして、剣を鞘に納めて両手を上げた。一瞬、降参のポーズにも見えたが、剣帝はクリッドに対して「丸腰だからかかってこい」と挑発している。実際に、左右の腰に剣は吊ってはいるのだが。
先ほどまで放心状態だったクリッドは立ち上がった。
クリッドは闘志を取り戻す。
クリッドには魔界ではいい思い出はない。
特殊な生い立ちのクリッドは「忌み子」として腫物のように扱われ、魔界での誹謗中傷の代名詞であった。暗い世界で誰も味方はいなかった。【真性陰キャ】のグリッドは見下されることには慣れていたが、この数日で、ユーズレスと補助電脳ガードとの出会いがクリッドを変えた。
新たな名をもらった。
本当に美味しいを教えてくれた。
焚き火はとても温かかった。
迷宮探索は辛くもあったが、本当に楽しかった。
この目の前の剣帝が行った行為はグリッドの尊厳をすべて否定しているようだった。クリッドは腸が煮えくり返る気持ちだった。
「後悔するメェェェ」
クリッドが剣帝に向けて剣を振るう。剣帝は最小限の体の捻りだけで躱す。クリッドが返しの剣を振る。剣帝が返しの剣を振ったクリッドの手首を右手で止める。クリッドが戸惑ったところに剣帝の左手の殴打が顎にあたる。
「がぶぅ」
クリッドはなんとか意識を保ち両の足で踏ん張った。クリッドは体勢が崩れながらも、苦し紛れの牽制の剣を振る。剣帝はクリッドに感心するが、余裕をもって後ろに躱す。
この一撃は、以前の美しい型を追求したクリッドには決して振れなかった剣だ。クリッドはこの四日間の迷宮探索で、非常に実戦的で粘りのある生き抜くための剣へと変化している。しかし、今回に限っては悪手だ。
相手が悪い。
剣帝はクリッドがぬるい剣を振りきった後に手首を蹴り上げた。
夢剣が宙に舞う。クリッドが無防備になったところに、剣帝が肉薄してみぞおちに一発。
下がった顔に膝蹴りを一発。
最後に足を払われて地に伏せられた。
クリッドの燕尾服は魔界の素材を使用した上級の防具であり、物理耐性も非常に高いが剣帝の拳は衝撃を貫通した。
クリッドは「メェェェ」と叫ぶ暇もなかった。
2
ここで予期せぬ事象が起こった。補助電脳ガードも予想だにしなかったことだ。
剣帝は懐から瓶に入った液体の回復薬を取り出す。おそらくユーズレスと同じ四次元のような機能がついているのだろう。剣帝はその回復薬を地に伏せた、クリッドにふりかける。
「メェェェ」
クリッドの痛みが引いていく。クリッドとユーズレス、補助電脳ガードが剣帝に困惑した視線を向ける。
剣帝はそのまま再度部屋の中央部に戻ると剣を鞘から抜いた。
クリッドとユーズレスが身構えて補助電脳ガードが戦闘に継続にむけて《高速演算》を行う。
ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン
剣帝が何もない空間に剣を振った。クリッドは無防備にもその剣技に見惚れた。
剣帝が虚空を斬る。それは、ただの素振りではない。まるで、水面を撫でるかのように柔らかいようで鋭く、そして静かであった。周りの時間が止まり、剣帝の一閃、一閃は生命の息吹を浴び、生きているような剣筋を放つ。
真なる悪魔クリムゾンレッドは、自然とその場で跪拝した。
3
二十階層の主部屋に入ってから数日が経過した。
初日目に剣帝に魅入られた。クリッドはその後、剣を使わずに徒手による肉弾戦の手ほどきを受けた。十回意識消失しては、頬をぶたれてボロボロになりながらも動けなくなったら剣帝から回復薬を振りかけられた。見方によっては永遠なる生殺しの地獄である。ユーズレスと補助電脳ガードは見守りながら記録した。ボロ雑巾のようになったクリッドはそのまま寝た。その日は部屋の中で野営をした。首のない剣帝は満足そうに部屋の中央に腕を組んで立っていた。
二日目も肉弾戦の手ほどきを受けた。朝はご飯はいりませんといわれ、ユーズレスはちょっと残念そうであった。悪魔は基本的に食事の摂取は必要ないとのことだった。その日もボロボロにされた。不思議なことに燕尾服だけは綺麗だった。クリッドは回復薬の使い過ぎで、身体が二日酔いのような状態だった。グリッドは「二日酔いってなんだメェェェ」とボヤくだけの元気はあった。剣帝は今日も腕を組んで満足そうに立っていた。
三日目も肉弾戦だった。クリッドは相変わらず防戦一方であるが、剣帝の攻撃を防御したり躱したりできることもしばしばあった。殴られながらもクリッドは嬉しそうだった。その姿が剣帝には「調子に乗るなよ」と癇に障ったらしく、打撃のほかに、関節技や締め技の【バリエーション】が増えた。数回腕が折れて、剣帝が上級回復薬を使った。非常に価値のあるものだ。締め技が綺麗に決まり過ぎてクリッドが泡を吹いた。ユーズレスが補助電脳ガードの指示のもと、心肺蘇生法と《演算》により導き出された微弱の《感電》によりクリッドは黄泉の国より舞い戻った。剣帝がなぜか、ユーズレスに頭を下げた。クリッドが「御爺様が鎌を振り上げてました」と放心状態だった。
その日は、そのまま焚き火で休憩となった。久しぶりにユーズレスは調理をした。本日は〖冒険者の野営レシピ〗から、ごっちゃり石焼シチューを作った。バックパックの四次元から数種類の冷凍野菜と加工肉を使って焼いた石を入れて煮込んだ。
ユーズレスがクリッドにいって、剣帝を誘った。初めは部屋の中央から動かなかった剣帝だったが、『冒険者協会の規定にそった迷宮の中での報酬です』いう補助電脳ガードの言葉に思おうところがあったのか、クリッドに手を掴まれて皆で焚き火を囲んだ。食べれるか分からなかったが、剣帝にシチューを出したら、顔があるであろう位置に匙を持っていくと咀嚼する音が聞こえた。補助電脳ガードですら解析不可能な現象だった。
クリッドがいつものように、ウメエェェェと叫んでいた。クリッド以外は、言葉数は少ない夕げであったが、とても穏やかな夕げであった。
この三人は知っていた。始まりがあれば終わりがあることに……
ただ、ほんのわずかな瞬間でもこの悪魔と機械と哀れな騎士に安らぎをと、神に見捨てられた地で亜神ユフトは祈った。
今日も読んで頂きありがとうございます。
明日から実家に帰省するので、しばらく更新止まります。
いつも底辺作家の文章を読んでくださる読者の皆様にはご迷惑おかけします。