17 耳障りのいい音
1
そのあとに、十八階層では六回の戦闘があった。
いずれも、影骨は五体であった。先ほどの三体の個体よりは速度も連携もとれていなかった。おそらく、この階層では個体数が少ないほど一体ごとに強くなるのであろうと補助電脳ガードは推察した。五体の群れが一番討伐しやすく、個体数が少なくなるにつれて討伐が難しかった。
二回目の戦闘時では、四体の影骨が出現した。いつものように速攻でクリッドが一体を屠ったあとに二体目もその流れで首を刎ねた。さきほどよりも、多少動きがこなれてきた。
三体目は三撃目で仕留めたが、その隙に四体目に《告解》を発現された。夢剣がキャハハハハハと笑い、クリッドに干渉したのだろう。「メェェェ」と叫んではいたが羊にはならなかった。クリッドの《強奪》も暴走しなかった。
四体目と五体目はユーズレスが《敏捷》で接近して素手で倒した。ドロップは全部魔石だった。
三回目の戦闘でもクリッドは《告解》をくらった。動きは大幅に鈍ったが自分の意思で戦闘を継続した。ユーズレスと補助電脳ガードは戦闘態勢のままクリッドを見守った。クリッドがそのまま四体目の影骨を屠った。五体目はユーズレスが〖クーリッシュの盾〗で押しつぶした。クリッドは何かを掴みかけているようだった。
知らず知らずのうちに迷宮に突入して三日が経過していた。
補助電脳ガードが休憩を提言したが、クリッドが断った。その目は中二の坊やの目でなかった。何かを決意した強い目だったので「本機が付き合う」とユーズレスが味方になってくれた。
『この階層を抜けたら休みは譲れません。社長としての業務命令です』
補助電脳ガードが虎の子のワードを発現した。
ユーズレスがブルーの瞳を一回点滅させて、クリッドが胸に手を当てて礼をした。
2
四回目戦闘で【ハプニング】が起きた。
三体目の装備持ちの影骨を相手した際に、一体のバトルハンマー持ちが接近きたので、ユーズレスが〖クーリッシュの盾〗で防御した。受け流そうとして体勢を崩した。魔力を節約しようとして【コマンド】、《器用》を発動しなかったのが仇になった。後衛の杖持ちの発現した《火球》がユーズレスを襲う。機械人形ユーズレスの外装甲には魔力耐性も非常に高いのでこの階層レベルの《火球》ではダメージにはならないのだが、その状況が舎弟であるクリッドの殻を破った。
「兄上! 」
後方にいたクリッドが《火球》を神速の一撃で切り裂いた。夢剣が「そうだ」とでもいうようにキャハハハハハと笑った。クリッドがそのままスルリと体勢を変えながらバトルハンマーの影骨を屠った。そこからはクリッドは何かを掴んだのだろう。まるで、川の流れのようにその道筋をたどるようにして、後衛の杖持ちと《告解》の詠唱を終えた二体の首を刎ねた。いずれも一撃だった。影すら踏まれなかった。
「ハアハア、私は一体……」
(クリッド助かった)
『戦闘データーを解析しました。クリッド、素晴らしい戦闘でした。いままで一番の切れのある動きでした』
「いや、あのその、無我夢中で、自分でもよく覚えていないのです。この夢剣にまるで導かれているようなそんな感覚でした」
クリッドが愛剣を眺める。夢剣はいつものようにキャハハハハハと笑っている。
(クリッドの努力が実ったのだよ)
「努力ですか、私はいままで努力などしたことがありませんでしたが」
(クリッドの剣技は初めて見たときから綺麗だった。きっと、いっぱい、いっぱいその剣を振ったはずだ)
「まあその、他にやることも……なかったので、喋ってくれるのもお恥ずかしながら、その、この夢剣三日月しかいませんでしたから」
『私の達の生みの親であるユフト師は機械の虫でした』
「虫ですか……」
『基本的に機械のことにしか興味がなくて、幼少期は人付き合いのカケラもない。古来の言葉ではコミュ障でした』
「凝り症ですか……噂の人種に見られる半永続的な肩コリの呪いでしょうか」
『正直、機械を愛しすぎて嫌になってしまうこともありました。きっとあなたも、同じことを繰り返したりしてそんな瞬間もあったでしょう』
「何回も飽きたときは、あったメェェェ」
『それでも、一つのことをやり続けた。剣を捨てなかった。それは紛れもない努力です』
「メェェェ」
『グリッドあなたは、逃げずに努力が出来る悪魔です。そんなあなたを私は尊敬します』
(お前は凄いやつだクリッド)
「尊敬……」
クリッドが自身の手と握られた夢剣を見る。
クリッドは思い出した。
魔界の王族幽閉塔「裂塔」で魔力を遮断されて幾万の時をその監獄で過ごした。誰とも話をせずに、与えられたものは「夢剣三日月」の笑い声と母から「シルクハット」に送られてくるご褒美を楽しみに、暇つぶしに剣を振るだけだった。特に剣が好きな訳ではなかった。魔法の制御が出来ない忌み子は、誰にも望まれない、闇の世界ですらいらない存在だった。
「う……嬉しいメェェェ、本当に嬉しいメェェェ。努力、私の、僕の本当に敬愛する言葉だメェェェ」
クリッドは地上に来て本当に良かったと初めて父に感謝した。
でも、ユーズレスの父であるユフト師のように、肩コリの酷い虫になるのは嫌だなと思った。パンドラの迷宮を突破して「秘密の部屋」でユフト師に会えたら、自身が魔法も制御できるようになったら、虫の変化と肩コリの呪いを《強奪》で解呪してあげたいなと思った。
残りの二回の戦闘は、クリッドの独壇場だった。十八階層と十九階層の間の階段でその日は野営した。ユーズレスはお祝いにバックパックの四次元から、貴重な加工肉とパンを挟んだところに、焚き火で炙ったトロトロチーズとトロトロトマトソースを挟んだ。手作りの総菜パンと超貴重な【爆裂黒炭酸】を出した。機械ビールの前科もあるため、クリッドは黒いシュワシュワした液体に戸惑ったが「ウメエェェェ、マリアージュだメェェェ、この世の終わりだメェェェ」とこの世の終わりといわれた魔界からきた悪魔が叫んでいた。
興奮して寝付けないクリッドに電子書籍から〖剣帝、双子の騎士〗を読み聞かせした。ユーズレスがスリープモードで休眠してからも、クリッドはしばらく剣を振っていた。読み聞かせは逆効果だった。夢剣がキャハハハハハと笑っていた。不思議と夢剣の笑いは騒音に分類されずに、耳障りが良かったと機械人形ユーズレスは記録した。
今日も読んで頂きありがとうございます。
作者の励みになりますので、いいね、ブックマーク、評価★★★★★頂けたら作者頑張れます。